プログラムについて駄弁るレインと撫子



 外に出られないで鬱屈とした空気を纏っているのにレイン自身が気が付いたからか、現在避けぎみの鷹斗からの命令によるものかは分からなかったけれど、ここのところレインは撫子の部屋に入り浸っていた。自身にもここよりも上等な部屋が設えてあるはずあのに――それでもレインがここにいることで気が紛れるというのは事実だ。
「おやおやー、これが気になりますか?」
 ぼんやりと宙を見ていたが、不意にレインと視線がぶつかる。出会ったときと同じように、レインはベッドを背もたれにして、十年前では考えられないような機械を弄っていた。その光景に微量の既視感を覚える。
 レインは床に座り、撫子はベッドの上に。部屋にはきちんとした椅子があるのにも関わらず、そこが撫子の部屋におけるレインの定位置と言えた。
 レインが手にしているのは不思議な機械だった。データや資料が立体で表示され、タッチすればそれを様々な角度から見ることができるそれは、レインにとってはなくてはならないものらしい。通信機としての機能の一部を組み込んでいるためか、時折音をたてて、レインを呼び出す声が聞こえたりする。その度に雑というか、はぐらかすというか、なあなあの返事をして部下を困らせているのを何度も見たことがある。
 時代は進んだものだ、と撫子は思う。レインの手元をじっと見ていたら、その視線に気がついたようで声をかけられた。もう一度、『気になりますか、』と問われた。
「そうね、ちょっと面白そうなことやってるなって。今は何をしてるの?」
「プログラム書いてるんですー。次の案件の下準備ってところですかね」
 CLOCK ZERO政府は政治に経済と、国としての役割を一挙に引き受けている。建物の中は管理されているが、一歩外に出てしまえばがらりと風景が変わる。今だ整備という名の管理はあまりされていない。まだまだすべきことは沢山あるのだ――と円が言っていた。
「プログラムって、それ?」
「はいー、そうですー」
 レインは画面を傾けて、撫子は覗き込んだ。
 画面には英数字と記号が羅列しており、他から見れば暗号のようにしか見えないそれも、書き手からしてみれば、全て意味のある言語になるのだろう。
「……何がなんだか。日本語な訳じゃないのね。さっぱりよ」
 プログラムと言われて思い浮かべるのは数字だけで構成されたものだったが、分からないという点においてはどちらも同じだ。
「まぁ、プログラムの殆どは英語ですねー。とは言っても、ボクにとっては母語なんですけど」
 流暢に日本語を操っているから忘れてしまいそうになるが、レインは外国人だ。英語混じりのプログラムを当たり前のように扱うレインを見て、今更ながら認識する。
「いえー、撫子くんも理系でしたっけ? きっと少し勉強すればすぐに分かるようになりますよー。これにもちゃんとルールがあって、それに則って書かれたものですから」
 自他共に認める理数系ではあるけれど、それとはまた別の話だ……と思う。
「とりあえず凄いってことは分かったわ」
「っていってもこれ、ビショップが書いたのに手を入れてるだけですけどー」
「手を入れるってどこかにミスでもあるの?」
「そうですねー、ミスって言うか詰めが甘いって感じですけど」
 ほら、と言ってディスプレイの一部を指さす。
 しかし、部外者の自分が大切なプログラム(と思われるもの)を見ても良いのだろうか。それでも、作った人が見ても良いと言っているのだから、恐らく大丈夫なのだろう。まずもってどんな内容が書かれているのかは分からないし、厳密に言えば、自分は決して部外者ではないのだし。
「ここ、命令文の後ろにセミコロンが付いてないんですよー」
 しばらく画面をスクロールしていれば、もう一ヶ所ミスを見つけたらしく、レインは『ほら、ここは括弧が抜けているでしょう?』と言った。ここが抜けるとちゃんとしたプログラムとして成立しないらしい。
「円も案外抜けているところがあるのね」
「そうですねー。でも、一般的に見れば、彼も非常に優れた技術者です。だからこそ、ビショップな訳ですしー」
「そうなの……」
 普段の円は無表情で、何を考えているのかが分からないのがデフォルトだ。どうしてだか、円は自分に対する当たりも強い。ここにいて、それなり(と思われる)役職についているのだから仕事は出来るのだろうと予想はしていた。
 だからこそ自分の知る小学生の頃とはかけ離れ、別人のような錯覚を覚えるのだ。
 それは円だけでなく、鷹斗もだ。けれど、レインの口から聞く彼らは、撫子の知る彼らに親しいところにいる。まだ未完成で、弱いところがみえる姿。
 だから、少し安心する。
 レインはニヤリと笑って、もう一度ディスプレイを見せた。
「これ、どう思います?」
「どうって、やっぱり凄いわ」
「これ、実はさっきのと全く同じプログラムなんです」
「そうなの?」
 けれど、長さが違う。プログラムの量がひどく少ないのだ。スクロールすることもほとんどなく、すぐに『END』という文字に行きつく。
「プログラムって言っても、詰まるところひとつの表現方法であり、言語の一つなんです。これ、キングが書いたものですよー」
「鷹斗が……?」
「はい、キングの専門は違いますけど。ま、それを言うならボクもですけど、今は置いておいて」
 レインも、役職としてはルークだし、円の直属の上司だ。
「キングの……鷹斗くんの凄いところは、専門はでもない分野なのに出来ることではなく、プログラムを効率的に回し、それを実践しているところです。同じプログラムなら、短い方が良いですから」
 うさぎのレインの中身として出会い、本当は実体のある科学者だと知ってもなお、撫子はレインはレインなのだと肯定した。
(認めたくないと思った鷹斗や円と違って)
 それは何故なのだろう、と理由を考えてみて、思い当たることがいくつもある。小学生の時にあまり深く関わりを持たなかったからとか。実体ではなかったからとか。
(いや、違う。そんなことはない)
――彼のことは相棒呼べるくらい親しく思っていたではないか。
 理由が浮かんでも、すぐにそうではないと否定する。条件としてはやっぱり鷹斗や円と同じ。だからこそ、混乱する。
「彼は、天才なんですよ」
 そう言うレインは少し、嬉しそうに見えた。
「さっきのは円が書いた物で、鷹斗が書いたプログラムもみたけれど。レインが書いたのは?」
「ボクですかー? ボクはキングみたいな真似はできませんから。ビショップみたいなプログラムしか書けません」
「って言っても、ミスは少ないのでしょう?」
「そりゃ、まあ。一応これでもルークですし、なにより年季が違いますからー」
 そういえば、そうだった。彼はこんな(と言ったら失礼だが)見た目でも、随分と長生きしているのだとこういうときに改めて思うのだ。





 ビショはちょっとミスがあるけど、基本的に基礎に忠実。鷹斗はとんでもなく優れたもの。レインは綺麗なプログラム書いてたら萌えるなって呟いた妄想の産物
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