君に触れる度に僕の何かが崩れていく レイ撫



 彼女と一緒にしあわせになる方法はあるのだろうかと考えたときに、その確率は極めて低いことが分かった。
 この生きにくいであろう世界で、せめて肩の力を抜いて生きられたらいいと思うのだ。不条理に不条理を重ね、思惑を抱いて裏から利用している自覚はある。直接的でないとは言え、それを強いているのはボク自身で、そんなことを言うのは理不尽だとも分かってはいるけれど。
 それでも、考えてしまうのだ。他の術はなかったのかと。
 そもそも率先して彼女のしあわせを無碍にしようとしている訳ではない。結果的に鳥籠に閉じ込められたことは、純粋に可哀想だとも思う。
 ただ、成そうとする望みのラインの上に彼女がいただけで。仕方ないといえども、彼女は被害者で、ボクは加害者で。どうしようもなく、一片の歪みもなく、それは真実だ。

 彼ならこういうときどうするのだろう、とレインが考えてすぐに浮かんだのは円のことだった。
 彼は被害者だが、加害者であることも自覚している。けれど、円だってレインが関わらなければ一生こちら側にくることはなかったに違いない。彼女のしあわせと、円の心に眠る暖かいものを天秤にかけても、彼女のしあわせをとることの出来る人物だと思う。
 それを言うなら鷹斗もだ。
 あんなにも執着しているくせに、世界を壊す覚悟もあるくせに。きっと最後の最後で彼女のしあわせを願ってしまえるんだろう。
(そういうところは決定的にボクとは違って)
 今更ちょこっとだけ彼女のしあわせについて考えるなんて。馬鹿なことだ、と分かっていつつも願わずにはいられない。
 なんて、どうでもいいことを漫然と考えていれば、声がかかる。
「レイン、」
「はいはいーなんですかー?」
「……さっきから呼んでるのに気がつかないんだけど。寝不足なの?」
「それは……わりといつものことですねー」
 誰かさんのせいで、と言えば撫子は苦笑した。
「寝た方がいいわよ、あなた。特に今日のあなたはボーッとしてるから。少し心配よ」
 ボーッとしてるから、なんて思考を読まれたのかと少し驚くが、彼女もここに来てからしばらくがたつ。望む望まないにかかわらず、ここで生活し、さらに、治療という名目で少なからず関わりを持っているのだ。「普段のボク」を知る程度には近しい距離にいる。
 そんな彼女から向けられる真っ直ぐな思いやりが、少しだけ痛い。その名前の付かぬ感情は確実に胸を抉っている。
「ええ、ちょっと考え事をですねー」
 そもそも心配なんて、長いスパンで見れば本当に心配しなければならないのは彼女の方なのだ。
(ボクを心配するのはお門違いですよ)
 自分のことに無頓着だから私が言ってあげないと駄目なのよ、といつだったか撫子に言われたことがある。そのときにそっくりそのまま言い返したいと思ったが、今も変わらない。
「そんなに悩んでるのって研究のこと?」
「当たらずとも遠からず、まあそんなとこでしょうかねー」
 レインにとって、撫子はあくまでも研究(というよりは観察)の対象だから彼女のことを称して、こう言うのは決して間違いではない。間違いではないが、どうにも素直にそうだと頷くことはできなかった。
 それはなぜだろうかと考えたときに、すぐに答えは出ない。いや、出したくなかったのかも知れない。答えを出してしまえば、それが真実のような気がして。
 この感情を、抱いている気持ちを否定しなければいけないのだと思ったのだ。
 そうしないと、この世界を許容している気持ちが消え失せそうになる。
「……今日のレインはいつにも増して分かりにくいのね」
「そうですかー? 自分ではよく分からないんですけどねー」
「あら、あなたって、意外と分かるわよ。勿論、円や鷹斗に比べたら難しいけれど」
「鷹斗君はああ見えてそんなには分からないと思いますよー。ボクも彼の全ては分かりませんから。っていうか、そんなに分かるのは撫子君絡みのことがほとんどですし、残りはどうせろくでもないことを考えてるときですー」
 料理をしようとしてるときとか、という言葉は飲み込んだ。
「まぁ……鷹斗はそうかもしれないわね」
 撫子の中でもまっとうに仕事をしている鷹斗の姿か、教師をしていた頃の鷹斗――神賀旭の姿が浮かんだのか、その言葉に同意した。
「でも、それを言うなら円も分かりやすいわよ」
「そうですねー。ビショップ君も顔には出ないけど態度には出ますから」
 いつだって不機嫌そうな顔をしているが、実際そうではないことも多い。
「レインは態度でも、顔でもないわね。何かしら、雰囲気?」
「さあ、どうですかね? そんなこと言うの、ここじゃ君くらいですよー」
「むしろ円とか鷹斗がレインにそう言うような仲だったらちょっと怖いわよ」
「ごもっともですー」
 そういう関わり方はしていない、はずだ。そうしていたつもりだ。
 それなのに、この子は。
「カエル君を持たないで目を伏せてると何か考え事してるの。そういうときは、一応歳相応に見えるのよね、レインって」
 こうやって隙間を見つければ懐に入ってこようとするところとか、落ち込んでたらかまってしまいたくなるところとか、円や鷹斗に絡まれていたら助けてあげてもいいかなと思ってしまうところとか。そして何より、彼女から向けられる好意を本気で拒否しようと思えない自分とか。
 やっぱり、彼女は似ている。だからこうも警戒できなくなってしまうのだ。
 まずいかもしれない、と思ったときには既に遅くて。
 最大の誤算は彼女に情を寄せてしまったことだ。同情かと言われれば否定はしないが、今抱いているこの気持ちの全てが同情ということはない。
 この想い、言葉にすることも出来ないというのだ。形にするには障害があるなんてもんじゃない。
「いやはや困ったものですねー」
 彼女のしあわせをほんの少しだけ望んであげるとして。
 こうしてレインと撫子が出会ったのは、「撫子を失った時間軸の鷹斗」が成長し、撫子を甦らそうとして世界を壊して。さらに生存している別の時間軸の撫子を連れてこようとして神賀旭が干渉したからで。つまり、こうして撫子とレインが深く関わりを持つことそれ自体が、極めて低い可能性の中での話。
 その上、レインが撫子に抱いている感情はこの世界ではゆるされない。
「困った……? そんなに研究が上手くいかなくて困ってるなら一回寝ちゃえばいいのよ。寝不足だと頭が働かなくなるのよ」
 ほら、というと撫子は強引にボクの頭を自らの膝に押し付けた。
「他のがのがいいって言っても、今はとりあえずこれで我慢することね」
「……全くもって、君には敵いませんね」
 彼女は、ボクの考えていることなんて欠片も知らないだろう。それなのに、こうやって扱われることに嬉しさを感じている自分がいる。
 涙は出ない。けれど、無性に泣きたい気分だったから、代わりに深く息をついた。息は、振るえていた。




121013
title by Aコース様

ついったで仲良くさせていただいているなつめちゃんとコラボしたものです!
お互いに台詞をリクエストして、書いてみました
わく→なつめちゃん 「あなたはずるいひとです」/円撫
なつめちゃん→わく 「……君には敵いませんねー」/レイ撫
でした!




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