世界はいつだって君だけに優しい 小学生オールキャラ



 いつものごとく寅之助が不在の中、『それではこのゲームをしてみましょう』という神賀の言葉と共に撫子達が目にしたのは今や懐かしの人生ゲームであった。
 一筋縄ではいかないというか、よく分からないというか。最近の課題の方向性が、単純に協調性を向上させるためのものではなくなっている気がする。「秘密基地を探す」なんてものはそれの最たる例だろう。
 確かにその課題をこなせば協調性を養えるが、必ずしも課題をクリアするために協調性が必要かどうかと問われれば微妙なところである。
 しかし落ち着いて考えてみれば、最初の課題からして、本当に協調性が必要だったと言えるのだろうか。協力すれば楽に、かつ簡単に課題をこなすことが出来るだけであって、本当はきっと一人でも出来るのだ。
 しかしこればっかりは一人でするわけにもいくまい。仮にできたとしても、何が楽しくて一人でボードゲームをしなければならないのか。
 皆でボードゲームをするというのは、久方ぶりの『協調性を養う』ことを目的としているまっとうな課題であった。しかしそれだけに、すっきりとしない気持ちになり、どこかに神賀の思惑を感じるのは間違いではないだろう。
「これは……一体……」
「ふむ、人生ゲームのボードゲーム版、であるな。人生ゲームというのはスタートからゴールまでの道のりを人の一生に見立て、るーれっとを回して進むコマ、即ち人生を辿ってゆく、というゲームのことだ」
「……終夜、説明してくれたところありがたいけれど、理一郎が言ったのは多分そう言う意味じゃないわ」
「ほう、ではどのようなことだ」
「どうして今ここで人生ゲームをやらなくちゃいけないのか、ってことだと思うよ」
 撫子は鷹斗の言葉に同意した。
 それでも課題なのだと神賀に言われてしまえば、撫子達は拒否することが出来ない。いや、正確には出来るのだろうが、これを拒否して保護者に何かしらの連絡が行った場合のことを考えるとそれは大変面倒なことになる。
 神賀はやると言ったら本当にやる人だ。儚げな笑みを浮かべていて、信頼できる先生のはずなのだが、時折見せる苦しそうな笑顔が、どういうことだかそれをぎりぎりのところで思いとどまらせる。
「みなさんにも、人生について考えてもらおうかと思います。先生は職員室にいますね。後日、簡単に今日のテストをしますから」
「……」
 そんな言葉をかけ、教室を後にした神賀を撫子達は黙って見送ることとなった。


「やらなければ帰れないなら、やるより他に手はないだろうな。……面倒だが」
 全くもってその通りだと鷹斗は言う。
「みんなは人生ゲームってやったことがある? あるなら説明をしなくてすむから早いけど……とか思ったけど、説明もなにもないかな」
 ボクは円とやったことがあるよー!と答えたのは央で、円も央の言うことだからか、素直に頷く。
「銀行は……この人数なら必要ないかしら」
「じゃあ各自、コマを選んでスタート地点に置いてね」
 最初のマスに、六個の車の形をしたコマが並び、それぞれ人の形をしたピンを刺す。青いピンが並ぶ中、ひとつだけピンク色が混じり、今更ながらここに女子は自分しかいないのだと感じた。『なんだっけ、生命保険?入っておこうかしら』という撫子の言葉に肯定の意を示したのは意外にも円と終夜だけだった。
「他の人は入らないでも良いの?」
「ゲームくらいはこういうの考えないでやりたいなって思うから」
 確かにそうなのかも知れない。せっかくのゲームだ。ここでは現実世界の細かいことなんてなかったことにして純粋にゲームを楽しんだ方が良いのだろうが、何かあった場合に生命保険に入っていれば困らずにすむ場合もある。
 だからここで保険に入っておくと言う撫子をはじめとして円や終夜は堅実なのだろう。面白味に欠けるとも言えるだろうが。
「分かったわ。じゃ、始めるわね」
 ルーレットを回したときに鳴るカタカタという音は、妙に軽く聞こえ、まるで時計の歯車のようだった。



「で、なんで鷹斗は革命しちゃったりしてるのよ……!」
 ゲームももう終盤にさしかかってからのことである。
「うーん、なんでだろう。なんかルーレットの回し方が悪いのかなぁ。そういうマスに止まっちゃうんだよね」
 ゴール付近に央のコマ、少し離れて終夜と円。その後には同じマスに止まっている撫子と鷹斗、そして二人のマスからかなり離れたところに理一郎のコマがあった。
「鷹斗がルーレットを回すと、必ずと言って良いほど回りの奴にも影響が出るのはなんでなんだよ……」
 実際鷹斗が止まるのは『火災発生。前後五マス以内の人は家を失う』だとか、『不景気になる。持株が暴落』からの、『不景気の煽りを受けて全員無職になる』だとか、狙いすましたようなものばかりだ。その度に央や終夜辺りが偶然景気を回復させるマスに止まったりするのだが、それだって毎回毎回上手くいくはずもない。
「だけど、この中だったら私が一番鷹斗のとばっちりを受けてるって自信を持って言えるわ。生命保険に入ってなかったらどうなってたことやら」
 撫子が鷹斗の止まるマスの傍にいることが多いから、必然的にそうなってしまうのだろう。『えー僕はそんなに困らなかったよー?』と央が言えるのは、ルーレットのひきが異常なまでに良く、鷹斗から離れたところにいるからである。理一郎もさほど鷹斗の被害を被ってはいないが、いかんせん進んでいない。
「央って、良い数字ばっかり引くのね。でもって、理一郎は逆に大きな数が出せない」
「別に俺だって望んでその数を出してる訳じゃない」
「それは私だってそうよ」
 鷹斗に巻き込まれる撫子が言うと重みがあるというものだ。それでも、回りを巻き込む鷹斗も、悪気があってそのマスに止まっている訳ではない。
「でもって終夜はここでもモデルをやっているのね」
「勇者王の職業カードがないのだから仕方がないのだ」
 終夜は残念そうだが、人生ゲームで勇者王なんて職業、今まで一度も見たことがないし、これからも見ないに違いない。
「円は……サラリーマン、ね」
 真面目な円がサラリーマンというのは分からないでもないが、撫子のイメージとは少し違うのだ。
「でもなんでかしら。一度も職を手放していないのに、どういうことか社長にはなれないのね」
 部長止まり、つまるところ中間管理職なのである。
「そういう撫子ちゃんはアイドルなんだね!」
「ええ、そうね」
 アイドルなんかより、私は大人になりたい。そう思っている時点で子どもなのは分かってはいるけれど。それでも思うことを止められないのだから全くもって性質が悪いと言うべきか、深く根の張った願望というか。どちらにせよ、どうしようもないのだ。
「はーい!ゴールしたよっ!」
「央は本当に早いわね」
「……確かゴールしても精算とかなかったか?」
「【せいさん】……過去を洗い流すということか」
「近いけど、ちょっと違うかな?」
 人生ゲームの面白いところは、ゴールした順番ではなく、清算し終えたときに持っている金額で決まる。つまり、一番でゴールした央が必ずしも一位になるのではないのである。
「精算のときの金額って、確か表にあったよね」
「えっと……あっちにある奴かな?」
 続けてるわね、という撫子がルーレットをまわそうと手をかけたときだった。
「わあっ!」
 声のした方を見れば、見事に足元にあった何かにつまずき、バランスを崩す央がいた。数秒後には机に倒れ込む。
「あ、」
「……盤が見事に吹っ飛んだな」
「そうね……」
 央が倒れ込んだため自動車に乗る人の形をしたピンは外れ、銀行と手持ちの紙幣が混ざる。自分のいたマスは覚えていたとしても手持ちの紙幣の枚数まで細かく覚えている訳もない。
 央だからしょうがない。そんな言葉が全員の頭をよぎった結果、嘆息を吐き出した。
「あ、これ僕が躓いたんだけど、これって撫子ちゃんのだよね?」
 この惨状の原因を作った央がこうなってしまった原因を作ってしまったのは、いつも撫子がポケットに入れているはずのうさぎのぬいぐるみ。そう、レインだった。
「知らない間に落ちちゃってたのね……ありがとう」
 きっと座ったときにぽろりとポケットから落ちてしまったのだろう。普段は座っても落ちることはないのだが、そういう時もたまにはあるのだろう。撫子はもう一度ポケットの奥にしまい込んだ。
「……ところでこれ、どうするんだ?」
 理一郎の声で机を改めて見直したが、どう考えてもこれではゲームの続行は不可能だった。最初からやり直すしかない。
「……もう一度人生を謳歌するのも一興ではなかろうか」
「そうだね、もう一回やってもいいと思うよ」
 そう言う鷹斗が意外に思えたのは、きっと撫子の中で鷹斗は諦めが良いと思っていたからだ。理一郎はそれなりに付き合いがあるから負けず嫌いというのを知っている。
 しかし鷹斗は。常に物事を俯瞰から見て、全てを分かっているように思えるから、こんな――言ってしまえばただのゲームにもう一度、と思える訳がないと思っていた。
「俺、こう見えて意外と諦め悪いんだよ」
「ならばもう一度始めよう」
「終夜、この後仕事があるって言ってなかったかしら」
「……」
 そうだったかも知れぬと言う終夜の表情は、残念そうなようにもそれで良かったと安堵を浮かべるようにも見えた。
 まあいっか、と談話室に漂うなんとも言えぬ空気を断ち切ったのは鷹斗だ。
「じゃあこれで帰っちゃおうか? 一応、このゲームを皆でやって、先生曰く人生を考えることが課題だったから、ゲームを終わらせなくてもクリアにはなると思うし」
「僕もゴールできたことだしね!だからもう帰ってもいいと思うんだよね」
「央は今日もアニメ?」
「そうそう!先週はすっごくいいところで終わっちゃったんだよ」
「央がそう言うのでしたら、今すぐにゲームはやめるべきだと思います」
 床に散ってしまったものを集め、もとあった箱に詰め直す。
 本当に、いつも通りだった。央と円の漫才みたいな掛け合いも、頭は良いのに訳の分からないことを言う終夜も、無機質であろうとする理一郎も、それを楽しそうに見ている鷹斗も、最終的に楽しんでいる自分自身も。
 ゲームをきちんと終えられることは出来なかったけれど、撫子の胸のうちにあるそれは、恐らく充実感だった。
「ええ、そうね。それじゃあまた明日、ね」
「じゃあまた明日!」

 このゲームの結果が何をもたらし、何を暗示するものなのか――。今はまだ、誰も知らない。そう、知りえるとしたら神賀ただ一人だ。その神賀でさえ、不在なのだから誰も知ることが出来ない、はずなのだが。
 撫子のポケットに入っているウサギのぬいぐるみは何者かの意思を持つかのように、くすりと笑うのだった。





121007

title by 水葬様
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