どうやって紡ぎましょうか レイ撫(企画)



 今日という日はきっと、後から思い出したら少しだけ特別に思えるんだろう。こんなふうに、日常の欠片に触れる行為は。
 私と彼との関係は、言葉にすればほどけてしまうほど脆いくせに、なかったことにしようとして糸を切ろうにも絡まってしまっていて解くには面倒な関係だと思う。けれど不思議とその危うい距離感が好きで、離れがたいのだ。
「撫子君いますよねー」
「いるわよ」
 前に、何も声をかけずに入るのはやめて欲しい。せめて一言かけてからドアを開けてくれと頼んだのもあってか、それ以来少しだけ配慮してくれるようになった。
「あら、どうしたの。検査じゃない、わよね」
「理由がなくちゃここに来ちゃいけませんかー?」
 この言葉を言った人がレインじゃなければ、これは理由がなくても会いに来て良いのかという問いの裏返しなのかなと思ってしまいそうにもなるけれど、いかんせんレインは。
 このにこりと笑っている仮面の下に素顔があるのだと知っているから、言葉通りの意味ではないと思う。
「……本心はなに?」
「おやおや本心はなに、だなんてまるで僕が本心を言っていないみたいじゃないですか」
「実際その通りじゃない。……今回は何やらかして逃げてきたの」
「失礼なこと言いますねー、撫子くんも」
 そんなこと言ったって、私にそう思わせるほどあなたの過去の行いが悪いんじゃないの。こんなふうにして私の部屋に来るのは何度目だと思っているのだろうか。
「いやー、ちょっと渡さなきゃいけない書類を渡しそびれてしまいましてー。キング、もう会議始まっちゃったらしくてですね」
「もう身動きが取れないのに書類が手元にない、と。で、鷹斗がお怒りってことなのね。……普段のレインなら円にこういうこと、押し付けそうなのに珍しいわね」
「後輩くんは今外に出てるんですよー」
「……自業自得よ」
 思わずため息をひとつ。やっぱり円に押し付ける気だったらしい。円もああ見えて苦労するなとふいに思う。まあだからこそ、あの性格なのだろう。とりあえずレインがここに居座るのは鷹斗の会議が終わるまでなはず。
 しかし聞けば彼らがこの世界を牛耳っている政府の根幹を成す人物達らしい。きっと本気を出せば凄いのだろう。目の前にいるこのやる気のなさそうに見える自称しがないサラリーマンも。
「えー、撫子くんもそういうこと言うんですかー。冷たいですよー」
 この期に及んでまだ足掻くのか、彼は。はいはい、とおざなりな返事をすればやや不満そうな顔をした。
「……なんか最近撫子くん、僕に対する扱いが雑になってませんー?」
「雑なんじゃないわ。元からこうだけど、慣れたから砕けてきただけ。あと冷めてるのも元からだから」
「順応性が高いってのもなかなか面白味に欠けますねー。あのときは可愛かったじゃないですかー」
 あのとき、とは。はて一瞬なんのことだ、と考えたが、その考えがひとつに集約する前にレインは言う。
 雷が落ちそうなときとか、寝る前に寂しかったり、怖かったりとかしたときに僕に縋り付いてきてたのに。
 そうレインが続けたものだから恥ずかしくて思わず手で口を塞ぐ。兎に角この音源を封じてしまわないと。
 事実だったけど、確かに寂しいからとぬいぐるみのレインに話しかけたことはあったけれど、それだってただの人工知能だと思って接していたのだ。だからここでその話をするのはずるい。これは多分鷹斗ですら知らないことだって言うのに。そもそも、あの中身が人工知能じゃなくて人がいるのだと知っていれば、あんなことは言わなかった。後悔してももう遅い。
「ちょ、ちょっとレイン……!」
 やめて、と音の源を抑えれば、振動にも似た声が掌に触れる。とりあえず口は塞いだからもう聞かないですむ、と妙な達成感を感じつつ視線を下ろせば、微動だにしないレインがいた。呼吸することすら忘れたようにも見える。いや、実際呼吸は止まっていたのかも知れない。掌で彼の吐息を感じなかったのだから。
「なでしこ、くん……?」
 レインの何かを絞り出すような、ちぎれてしまいそうな声を捉えて自分は何をしているのだろうかと我に還る。レインの子どもみたいな温度がやけに緩やかに溶けたのが印象的で。えもいわれぬ不思議な感覚にとらわれる。
 慌てて掌を離そうとしたときだった。
「撫子、レイン来てない?」
 その場を断ち切るような声が響く。嘘でしょ、と思いながら音の方に視線を合わせるとばっちり鷹斗と目が合う。あ、鷹斗の目が笑ってない。笑えてないのはレインだけど。
 この後レインの仕事は普段の三割増しになるだろうな、なんて思うけれど。私はご愁傷様としか言うことができない。これに懲りたら避難の為に私の部屋に来るのはやめればいいのだ。
 それでも、きっとこの人は何かにつけてここに来るのだろうと思う。どこから湧いてくるのか分からないけど、どうしようもない自信があった。
 知人と呼ぶには余りにも親しくて、友人かと言われれば違う気がする。名前が付けられないからこそ、この糸を解くのが怖いのだ。



120814
レイ撫企画、Never Ever様に提出させて頂きました!
「今日という日はきっと、後から思い出したら少しだけ特別に思えるんだろう。」という書き出しを統一してお話を書きました。



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