私と小鳥と 鷹撫



 何してるの、と出かかった言葉は喉の辺りで止まった。いや、正確に言えば無理矢理押し戻したのかも知れないけれど。何にせよ彼のその行動を咎めるような言葉を、撫子は紡ぐことが出来なかった。
「たか、と……?」
 それでも口をついて出た言葉は疑問形をとりながらも、どことなく非難めいた響きを纏っていたのは仕方のないことだろう。実際、撫子は鷹斗のその行動を非難していたのだから。
「どうしたの? 撫子がここに来るのは珍しいね」
 撫子の存在に気がついた鷹斗は撫子の姿を捉えるといつものような笑みを浮かべた。
「部屋でじっとしてるのが嫌で何となく来たの、それだけよ」
「そっか。ねぇ、ちょっとお茶でもしない? もう少ししたら俺一段落するし」
 鷹斗と話せば情報を得られるだろう。その情報がどの程度撫子にとって有益なものかは分からない。
 しかし、終わりの見えない世界で鷹斗に閉じ込められた自分には時間は沢山あるのだ。部屋で過ごすのも、ここで鷹斗と話して情報を得るのも同じ時間を過ごすのなら、後者の方が遥かに良いと、そう思ったのだ。
「……いいわよ」
「ん、じゃあそこのベンチに腰かけて待ってて」
 いくらプライバシーを守れる部屋があったって、毎日毎日同じ景色を見ていれば気分は鬱々とするのだ。もっとも、ここは鷹斗が用意させた部屋なのだから、厳密に言えばプライバシーなんてあって無いようなものだったが。
 何となく来てしまっただけ、と撫子は言ったが、これだったらまだ部屋にいた方がまだましだったかも知れないと今更ながら部屋を出てしまったことを後悔する。

*

 鷹斗の手に握られていたのは鋏と、一羽の小鳥だった。足元に散っているのは明らかにその小鳥の羽根で、こうしている今この瞬間も、小鳥の鳴き声が、いや、泣き声と鋏の軽やかな音とともに聞こえてくる。
 そこから導き出される鷹斗の行動は一つしかなくて、それでもできればそうでないといいと思いながら、撫子が出来ることは鷹斗を見ていることだけだった。
 やがて鷹斗は撫子の視線に気がついたのか、慈愛に満ちた眼を小鳥に捧げながら撫子に言う。
「今、風切り羽を切ってるんだよ。この小鳥、そんなに大きくないから大人になってきっとすぐなんだよ。綺麗だよね」
 パチンという何かを切断する音と、一際大きな小鳥の悲鳴が一瞬聞こえてきて。それから美しい羽根が一枚、ふわりと舞い下りた。はい終わり、と鷹斗は鳥籠の扉を開いてその中に小鳥を押し込める。それからしっかりと鍵をかけた。
 きちんと鍵がかかったのかチェックもする姿に、ぞわりと鳥肌がたった。言葉にすることの出来ない猛烈な嫌悪感に襲われる。
「その小鳥達は、……いつも、そんなふうにされてるの?」
「そうだよ。だって、外は危険だから。何があるか分からないから、こうしてた方が安全だろう?」
 何も言うつもりはなかったのに、つい、口をついて言葉がこぼれ落ちた。
「ひど、い……」
 言ってからしまったと撫子は思ったが、一度口を出てしまったものはもう無かったことなんて出来ない。音量が音量がだったので、せめて鷹斗に聞こえてないと良い、と思ったがそんなに甘くはないらしい。
「それじゃあ、撫子は失うかもしれない恐怖を受け入れながら自由に羽ばたくことの出来る権利を与えるの?」
「ええ。だって、飛べない鳥は鳥じゃないわ。……そもそも鷹斗はこれが正しいと思ってるの?」
「勿論思ってるよ。だからこうやって実行してる。こうしていれば、彼らは大きな怪我をすることはまず無い」
 自信を持って、自分が正しいのだと鷹斗は思ってる。
 これで鷹斗が少しでも痛みを感じてくれていたら良かったのだろうか。そうしたら、私は鷹斗を赦せたのだろうか。もし、なんて存在しないから、最終的にどうするのか分からないけれど。
 だけど、その優しさを纏う目だからこそ、ぞっとした。せずにはいられなかった。
「私と小鳥と鈴と、なんて詩があったわね」
 私と小鳥と鈴と。
 自由に羽ばたく力を失い、鍵のかかった鳥籠に閉じ込められ。仮に鳥籠の外に出られたところでそこに広がるのは人工的に作られ、囲われた世界。
 自分だって、一歩間違えればこうなるのだと感じれば、目の前の光景が現実的に映る。
 そして鷹斗はどこか異常なのだと、そう思わずにはいられなかった。



120703



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