名前をつけるのならば、憧れ 黄黒



 黒子っちは憧れのプレイヤーとかいるんすか、と聞かれたからいると思いますかと問いかけた。質問を質問で返すのはルール違反なのは知っているけれど、彼ならばさして気にしないだろうと思ったからだ。
 んーいないと思いますねーと間延びしたふうに帰って来たのは予想の範疇で、寧ろ黄瀬君はいるんですか、と聞き返すとにこりと笑って何も言わなかった。
 それがどういうことなのかわからなかったけれど、何でも割りきっている彼にしては珍しい反応だなと、それしか思わなかった。

 体育館にはボクと黄瀬君の二人だけ、それ以外の他人なんて視界に入らない文字通り二人だけの世界だった。
 ただひたすらにシュートの練習をする黄瀬君は、きっと格好いいんだろうと思うけれど、ボクは苦手だった。
 だってそうだろう。バスケではレギュラーになってしまうくらい才能もあるし、体格はいい。聞けばモデルもしていると言う。こんな話題の種に尽きない人物を女の子達が放っておく筈もない。
 そんな彼が、ボクは苦手だ。あんなにも沢山の人と関わりを持っている。近寄りがたい、という方が正確かも知れないけれど。そんな彼は、ボクが一方的に向けている冷えきった感情を知ってか知らずか、いたく気に入ったらしい。
 一体どこが、と思ったけれど、彼はよく分からない人だから仕方ない。
「俺、黒子っちに興味があるっス」
 そんな一方的な言葉は、ボクにとっては身体をじわりじわりと侵食する毒のようだった。
 宣言を受けてから、彼は何かにつけてボクに必要以上に接して来るようになった。
例えば練習中。例えば学校内ですれ違ったとき。
 ボクを見つけると、餌を見つけた犬のように走ってくる。その大きな身体で声をあげながら一直線に来るものだから目立つというのに、人の視線の重みなんか知ったこっちゃないとでも言うように平気な顔をしている。
 どうして、君は、そんなに。

 黒子っち黒子っちとなんとかのひとつ覚えのようにまとわりついてくる彼は、尻尾がついていたら面白いんだろうなぁなんて思ったけれど、どうして彼はここまで他人のことに自分の心を動かすことが出きるのだろうとも思った。
 彼とボクは、どうあがいたって同じフィールドに立つことはおろか、同じ次元にも存在することができないだろう。だから、彼はボクが気になるのだろうか。本当のことはきっといつまでたっても分からない。
「黒子っち黒子っち」
 何度やってもそこそこなシュート率をなんとかしたいと零してからこうしていつも練習に付き合ってくれる彼は、ボクと一緒にいるからか、バスケに関することをしているからか、兎に角楽しそうだった。
「黒子っちってば」
「……なんですか」
 最近黒子っち見てて思ったんすけどね、と言いながら身を屈め、勢いよく伸びる。
手首のスナップを利かせて指先で理想の軌道に近づくための後押し。
 彼の手から放れたそれは綺麗な放物線を描く。
 そしてきゅっというシューズが床と擦れる音。
「さっきは何も言わなかったけど、俺の憧れは黒子っちっス。黒子っちって、自分が世界で一番不幸だ、とか可哀想だ、とか思ってるでしょ」
 彼がそう言った直後、見えない何かに引き寄せられているかのようにボールがリングに触れずに通り抜けた。青峰君とは違うけれど、相変わらず綺麗なフォームだ。
「まぁ実際、バスケでも、人間的にも幸福だって言える訳じゃないと思うっスけど。体格に恵まれてる訳でも、才能がある訳でもない。それなのに、自分の居場所を探そうとしてて。そうやって、内面にどろどろしたもの、大好きっス」
 普段の言動は直球なようでいて、案外緩やかなことを言うのに、こんなにも明確な悪意を向けられたのは始めてで、驚きの前に不快感が先行する。その後に抱いたのは、苛立ち。
「あなたにボクの何が分かるっていうんですか。ボクのことを勝手に決めつけてるみたいですけど」
 体育館に思ったよりも大きな声が響く。けれど、苛立つボクとは対照的に涼しそうな顔をしているものだから、更に頭にくる。
「でも、不幸だ、とか可哀想、とかは思ってるっスよね」
 思ってない、訳ではないかも知れない。咄嗟に言い返せない自分がいる。
「別に何も分からないっスよ。俺、黒子っちじゃないんで。寧ろ分かったらビックリっスよ」
「ボク言ってるのはそういうことじゃありません。ごまかさないで下さい」
「別にごまかしてるつもりもないけど。なんとなく、っス。黒子っちの弱いトコつついてみたくなったんス。黒子っちの隠してる、やわっこいトコ、つついたらどうなるのかなって」
「君はそれだけで、そういうことをする人間なんですね」
「そうっス」
 黒子っちは知らないと思うけど、俺、性格悪いんスよ。そう言って意地悪そうに笑った彼の笑顔は、雑誌でみたことのあるどの顔よりも美しくて、目が奪われた。それは目蓋の裏に焼き付く。
「……ボクは君が苦手です」
「俺は別にそれでもいいっス。今まで通り、黒子っちに構うだけだし」
「そうやって、押し付けがましいところとか。弱いところをつつくところとか」
「ほんと自分勝手っスよ、俺。でも女の子達が考えてる程良い奴じゃないけど、黒子っちが考えてる程嫌な奴でもないはずっス。黒子っちも悔しかったら俺のこと沢山観察してして弱いとこ、見つけたら良いっスよ。観察するの、得意っスよね」
「五月蝿いです」
 リングめがけて適当に放ったボールは、ボクにしては珍しくネットを揺らした。いつもは入らない癖に。

 ほの暗くて湿っぽいものを、彼も抱えているのだ。明るくて、爽やかなだけじゃない。確かに嫌な奴ではあるし、苦手だけれど。でも、嫌いじゃない。
 どろどろしたものがずっと胸の辺りに居座り続けている。好奇心と呼ぶには汚くて、興味なんてことばよりもっと粘っこい。そのくせして、彼自身はきらりとしていて、時折不安定に揺らめく。その差が妙に気になる。
 この胸を焦がせる感情は、なんだろうか。






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