雨が、降っている。

 人々が傘を持ち忙しなく歩いていくなか、傘を持たない私は濡れるのも気にせずに立ち止まって空を見上げた。
 肩が湿ってくるのが分かった。薄いスカイブルーのワンピースの色がだんだんと濃くなっていく。

 私は視線をワンピースに向けると何故だか涙が溢れてきた。白い頬を伝った涙は雨と同じように私を濡らしていく。
 少しお洒落をしたつもりで着たそれは彼の好きな色だった。そう、彼の。もう「彼氏」ではない彼の好きな色だったのだ。


 彼とは付き合い初めて今日で半年だった。いわゆる記念日というやつで、私は彼好みの服を着て、お化粧をして、彼にあげるプレゼントを持って家を出た。まだ空は晴れていて、彼は喜んでくれるかとちょっとだけドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。そう、そこまでは良かったのだ。待ち合わせに遅れて来た彼が、別れを切り出す前までは。


 すっかりワンピースは色を変えてしまったようだった。張り付いたそれは不愉快だけど少しだけ愛しく感じる。

 嗚咽が漏れる。唇を噛みしめ堪えようとするけど、止まらない。「愛しい」だなんて。やっぱり彼が好きなの。でも諦めないと。そう思うからダメなのだろう。涙も未だに止まってはくれないないようだった。




「今日の雨は綺麗だね」

 え? 突然雨が止んだことに驚き上を見上げると男の人が優しい笑みを浮かべ私を見下ろしていた。その上には空ではなくビニール傘が見える。

「でも、だからってこんなに濡れていると風邪ひいちゃうよ」綺麗な雨だから、気持ちは分からないこともないけどね。

 そう微笑み、私の手をとると傘の柄を握らせる。

 突然の事に声がでない。酸素を求める魚のように口をパクパクさせる私を尻目に、じゃあね、と傘と私から手を話した男の人は雨のなかをゆっくりと歩いていった。

 涙はいつの間にか止まっていた。ただ、さっきまで無かった傘の柄の暖かさだけが私の手に残った。





 しとしと、しとしと。
 そんな擬音が似合う春の雨は春雨というらしい。なんて優しい響きなのだろう。


スプリングレイン






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