ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
その先の世界がために[1/1]
「おはよう」「こんにちは」「久しぶり」「元気だった?」そんな何気ない普段のやりとりがここへ来てからは当たり前じゃなくなって、かけがえの無いものに変わった。それに気づけたこと自体はきっと幸福なことなのだろうと思う。

「こんばんは」
また一つ、大好きな声の大好きな言葉が私の中に落ちてくる。何の変哲のない夜の挨拶も今の私には貴重な言の葉なのだ。慌てて重い身体を起こし、声が弾まないよう息を整えてから私も口を開く。

「…退くん。こんばんは」
「起きてたんだね」
声のする方向に目を向けるとあの優しげな笑顔が脳裏に浮かび、私も自然と笑顔になった。それを見た退くんもきっとさっきよりももっと笑っているに違いないし、だから瞬く間に狭い病室が幸福な空間に変わるのだ。これは紛れもない幸せ。

「だって約束だもの」
毎年互いの誕生日は二人で過ごそう。そう初めて約束したのは今から六年も前のことで、だがそれを継続して実現できるようになったのはここ最近のことだった。

『ごめん…張り込み行ってて』
『副長がどうしてもって』
『テロが…』
振り返ると結局ちゃんと当日にお祝いが出来たのはたったの一度きりだった。最初のうちは独り侘しさに泣くことも多く、けれどそのぶん別の日に改めてお祝いをするのが心から嬉しかった。だから「約束」とはいっても口だけのもの、せめて言葉だけでも普通の恋人同士のようでありたかっただけ。

寂しくてもときに孤独でも、他のものはなんだってそこに存在していたあの頃。机上の空論でしかなかった「約束」を手に入れた代わりに沢山のものを失った今。…そのどちらがより幸福なのか、私にはわからない。

「…おーい、なまえ?」
「あっ、…ごめん、なんでもないの」
「本当?具合悪いなら看護師さんに」
「大丈夫。本当になんでもないから。…ところで退くん、もしかして飲んでる?」
「えっ…匂う?」
「ふふ、そんなことないよ」
だが結局、ただ手を伸ばせばすぐそこ、届く距離に退くんがいるならなんだっていいのかもしれない。四六時中じゃなくていい、忘れかけた頃にひょっこり顔を出して、多分申し訳なさそうに眉を下げた退くんの「なまえ元気だった?」という声を聞ければ私は幸せだった。


「で?今回はどんな理由で宴会だったの」
「いやー土方さんがなんだかご機嫌でさ。実はこの間…」
真選組の頃から彼等は何かと理由をつけては酒を飲む。理由には思わずなにそれと呆れてしまうようなものも少なくないが、殆どが聞いてるこちらも楽しくなるようなものばかりなので聞かずにはいられなかった。
だから今日も思った通り退くんが機嫌良く話し始めるのを黙って耳を傾ける。私はこの時間がとても好きだった。


その日の話の内容は、万事屋の旦那を訪ねてやってきた珍宝という人についてが殆どだった。退くん曰く彼は旦那にとてもよく似ているらしい(ただし中身のみ。なぜか濁されてしまったが容姿は全くの別物でそれはそれはインパクトのある外見なのだとか)。そのせいか土方さんも皆も昔を思い出しているみたいだと、自身もそれはもう楽しそうに笑っているのを退くんは気づいてなさそうだ。

「ん?どしたの急に笑って」
「羨ましいのかなって。インパクトある外見?」
「なっ!?ひどいなーもう」
口ではそう言いながらも、やっぱり今日の退くんはいつもより楽しそうで。私は殆ど顔を合わせたことがなくよく知らないのだが元真選組にとっても、それに桂一派にとっても坂田銀時という男がどれほど大きな存在だったかがわかる。

「近藤さんも桂も戻ってきたし、もう毎日理由をつけては飲みまくりでさ」
「いつもでしょう?」
「いやそうだけど!そんでね昨日、日付が変わってだいぶ経ってから原田が俺の誕生日を思い出してもう盛り上がっちゃって」
「ふふ、じゃあ今日も飲めるじゃない」
「えー?だめだよ今日はなまえと過ごすの!約束でしょ」
第一年齢が年齢だから肉体的に無理!と自虐的に笑う退くん。そんな彼を見ていると私も楽しい、はずなのに。
そう在りたいと思う反面、私の心はどうしても曇ってしまう。

「たまにはそれもいいと思わない?」
皆で過ごすのもまた違って楽しいでしょう。そう笑顔で言い切れたはずだ。
退くんは人の心の変化にすごく敏感な人だから、目を合わせないよう、少し俯いていればきっとバレない。…バレてほしくない。

「なんでさ?約束したじゃん一緒にいようって」
「だって約束約束、って束縛してるみたいで…なんか悪いなって」
「そんなことないって」
「じゃー決めた!来年は…来年は皆にお祝いしてもらうこと。ね?そうしようよ」
「……なんで…なんでそういう事言うの?」
やっぱり退くんのほうが一枚も二枚も上手だ。思ってもいないことを平然と言って、本気で理解できないようなふりをする。私には到底無理だ。

少し前まで調子のいい日ならぼんやりと見えていた目ももう全く見えていない。きっと二度とこの目には何も映すことができないのだろう。退くんのことも、自分自身さえも。それがどういうことかくらいはもちろんわかっていて、だから来年の退くんがどんな気持ちでこの日を過ごすかと思うと―…。

「退くんが私のために無理したり我慢したり、…そういうの、一番嫌なの」
「…なまえ?」
「お誕生日なんだから、楽しんで?ね、楽しまなきゃだめ。毎年この日は退くんが主役なんだもの。…あっそうそう」
一年なんてあっという間だと思ってた私はもういない。来年のこの日は私にとって遠すぎるのだ。辿り着くのはおそらく無理だろう。なのに彼のこれからをも「約束」で縛るのはあまりにも酷ではないだろうかと、昨日までずっとそのことについて考えていた。

どうせだったら来年からのこの日も退くんにとって楽しい一日にしてほしい。たくさんの愛する人達に囲まれて、一年で一番幸せな日であってほしい。それだけが私の願いだ。
だからその日のためにほんの少しだけ、今の私でもできることをしたいという一心で。

「じゃーん。肩たたき券、愚痴聞きます券、パシられます券。あとの空白の券は何でも好きなことを書いてお使いください」
「…なんか、懐かしいな。こういうの」
「ふふ、おかしいよね、この年になって」
おかしいな、いつもの退くんじゃないみたいだ。二日酔いが辛いのかな、なんて。…涙混じりの声になってしまうなんて、そんな詰めの甘い人じゃなかったはずなのに。誕生日くらい笑っていてほしいのに、人間なかなか思う通りにはいかないものだ。
ぎゅっと私を抱きしめる退くんの指先が震えていて、私も少しだけ涙が出そうになる。…けどそれは駄目だ、二人で過ごす「最後の誕生日」は互いに笑顔でなければならない。そうずっと決めていた。
だから私は笑う。

「本当はもう少しマシなものを用意したかったんだけどね」
「十分だよ。…ありがとう」
病院の外では取り残された人達の一部による白詛狩りなるものが横行していて、私みたいなのはあまり外を自由に歩くことが出来ない。もちろんこの病が空気感染することはあり得ないのだが、いつ自分が「そっち側」になるか―…そんな彼等なりの恐怖の紛らわしかただと思えば腹も立たなかった。
ただそうなると誕生日には必要不可欠なプレゼントの入手には苦労させられることになった。それで唯一思いついたのがこれくらいで、退くんが呆れていないといいが。…優しい人だからきっとそんなことはないだろう。

「字が汚くてごめんなさい」
「そんなことない。俺なまえの字好きだよ」
「ありがとう」
「そうだ、早速なんか書いてもいい?」
「もちろん。ちょっと待ってね今ペンを…」
手探りでなんとか探し当てたペンを手渡すと室内の空気がやや和らいだ。「何にしようかな」という退くんの声にも、さっきのような悲しみの色は含まれていない。…これで、いい。

「あっそうだ。実はね、ケーキがあるの」
「え?そうな…、」
「看護師さんにお願いして、…って、え?」
「っ、なまえ、よく聞いて」
「退…くん?」
突如一変する雰囲気、切羽詰まったような退くんの声。なにがなんだか現状に全くついていけない私の手を、退くんが痛いくらいに握りしめる。

「俺からも一つだけお願い。これをずっと持っていて。いいね?」
「…これ?」
「そう。…必ずだよ」
退くんがそういって半ば無理矢理私に握らせた紙切れ、多分私の渡した券だろう。親指でそっとなぞるとやや凹凸があるから退くんが何か書いたみたいだ。

「それじゃあね」
「えっ?退くん、ちょっと…」
ドアの開閉音一つなく、盲目の私では何が起こったかわからないまま退くんは「消えて」しまった。訳もわからず何度も彼の名を呼んだが返事はない。
その後、十分ほど経った頃だろうか。点滴の交換の為一人の看護師が私のもとを訪ねた。

「あの、退くんはもう帰りましたよね」
「え?…そういえば見てませんね。帰るときは必ずナースステーションの前を通るはずなのに」
たまたま席を外したときかなぁ、と不思議そうに彼女は言うが、私はもっと腑に落ちない。けどそれを彼女に言っても仕方がないので、もう一つのほうをお願いすることにした。

「すみませんがこれを読んでもらえますか」
「えぇ…あ、この前作ってた券ですね。渡せて良かった。えーっとどれどれ…」
まだこの目が機能していた頃に見た、近眼の彼女が眼鏡をずらして目をこらす姿が脳裏に浮かぶ。彼女の目のピントが合うまでの数秒間がとてつもなく長く感じた。
だがやがて聞こえてきたその答え、彼女の声は私の予想に反して随分素っ頓狂なもので、「どういうことかしら」なんてなんとも間の抜けたものだった。

「未来で待ってて、ですって」


(彼の残したその言葉の意味を、「この」彼女が知ることは永遠にない。だがそれは決して不幸なことではないのだ。)

fin.20170202 くらげ
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