ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
水母の風向かい[1/1]
「私の好きな人が私を好きだったらいいのに」

放課後、教室の窓から校門を見下ろせば手を繋ぎ帰っていく恋人たちの何と多いことか。

「あ、れ?なまえって好きな人いるんだっけ?」

誰もいないと思っていたから呟いた一言に返ってきた言葉にビクンと肩を竦め振り返る。

「…聞いてたの?」

恥ずかしさのあまり眉間に皺を寄せて怒ってるようにボソリと呟くと。

「聞こえちゃった、っていうか、えっと。割りと大きな声で呟いてたよ?」

ハハハッと悪びれずに笑う彼に私はため息をついた。

鈍感ってこういう人のことを言うんだろうな。

誰もいないのをその一瞬前に確認してたはずなのに、どこに潜んでいたのだろうか。

退はいつも気付けばそこにいるのだ、まるで忍者のよう。

いや私のストーカーか?

まさかね、まあそうだったら両手を広げて大歓迎なんだけれども。

「何かさ、卒業間近になってにわかカップル増えたよね」

退の最初の質問はスルーしたまんまで窓の桟に肘をついてため息混じりにまたカップルたちを見下ろす。

「あー…土方くんだ、とうとうくっついたんだ、いいなァ、羨ましいなァ、ミツバちゃん」

「え?!なまえの好きな人ってまさか土方くん?!」

「んなわけないじゃん、私ああいう目つき悪いの苦手だし」

いちいち人の独り言に突っ込んで来ないで欲しい。

「近藤くんはァ、あーまだ振られてるな、妙ちゃんもいい加減一回ぐらいデートしてあげたらいいのに。さっちゃんもまだか、銀ちゃん先生難攻不落だな、」

沖田と神楽はいつも通りケンカしてるし、ここいら辺りは誰もくっつかないんだろう。

「ああ、タマちゃん!!また告られてる!!」

「え?!そうなの?!」

それまで興味無さそうだった退がグイッと私の隣に入ってきて。

桜の木の下で告白されてるタマちゃんをじっと見つめている。

「ねえ、ここで見てるよりとっとと行って阻止してくれば?」

「何で?」

何で、って。

私見たよ?一年の時にタマちゃんに振られている退を。

好きなんでしょ?

今もまだこうして気になるくらい。

「一回振られたぐらいで引き退るなよ、名前が退だけに」

「え…?全然面白くないんだけど?」

隣という至近距離でこっちを見た退の顔は不機嫌だった。

「ねえ、なまえの好きな人って誰?」

「…さァ?」

誤魔化すようにテヘペロッと舌を出して笑ってみた。

言えるわけないじゃん、あの日あの時。

告白しようと退の後を追ったの。

好きだったの、退にとっては私なんかただの幼馴染だろうけど。

高校に入って背なんかどんどん伸びて段々かっこよくなっていっちゃう退が、ね。

小さい頃はずっと私の後ばっかついて回ってたくせに、置いていかれてしまったようで。

私だけに向けられてたはずの笑顔が他の娘にも、と思ったら嫉妬してた。

ああ、私ずっと退のこと好きだったんだ、って。

誰にも退のこと取られたくないなって。

気付いて告白しようとしたその日だよね、退が振られるの見ちゃった瞬間。

その瞬間に私の恋ももう終わった、というのに今更言えません。

「退の好きなのはタマちゃん、でしょ?」

「…ねえ、一年の時の古傷抉るのやめてくんない?」

ムスッとして唇尖らしてるけど同じようにあなたは私の古傷をも抉ってるのよ?

「もうすぐ卒業だし、好きな人ともお別れだし、私は大学でまた違う好きな人を見つけるんだ」

「…じゃあ今好きな人のことはどうするつもり?」

「忘れるつもり」

さ、帰るか、と笑いながらサラッとね。

退への決別宣言。

好きだった人、にするための。

「なまえの好きな人が誰だかわかんないままだったけどさ」

帰ろうとする私の背後で突然大声を出した退に驚いて振り向くと。

「オ、オレはなまえが好きだったよ」

…………。

「…タマちゃん、だよね?」

「だからそれ一年の時、っていうか、その時は多分ほんのちょっと間違ってた、っていうか」

「…間違いの意味がわかんないんだけど」

「そ、そりゃタマさん可愛かったし、優しくされたら好きかもって。だってそれまで好きだった子は高校入ったら急に余所余所しくなっちゃってさ」

…それまで好きだった子?

首を傾げた私に。

「だからね!!いくらオレがなまえのこと好きでも、なまえにとっちゃオレなんかどうせ幼馴染以上に見れないんだろなってわかってたしさ、避けられてるみたいだったし!!だから、ふっとね優しくしてくれたタマさんに一瞬傾いちゃったのは確かなんだけれど」

…いくらオレがなまえのこと好きでも?

「…それはない!!絶対ない、嘘に決まってる!!そんなわけないっ!!」

だって退はタマちゃんが好きだったから、あの日あの光景を見た後一人そっと泣きじゃくった。

私は自分の気持ちに遅すぎて退に告白することすらできずに諦めて。

そう、諦めたから。

「嘘なんかじゃないよ!!あの日タマさんに振られてから。なまえはまた以前みたいにオレに話し掛けてくれて、いつも側にいてくれてそれが楽しくて仕方なくて。ああ、そうだった、こうして一緒にずっといれてくれたのはなまえだったんだなって。大好きだって、再認識して…、一瞬でも他の人のこと好きになった自分がバカだなって…」

、バカなのは知ってる。

言いながら涙目になってる退に近づいて。

「私は好きな人がいるの」

と退の手を握る。

「…、わかってる、ゴメン、いきなりこんなこと言って」

今にも泣き出しそうな顔で唇噛み締めてる退を見上げた。

「退は一瞬タマちゃんに浮気しちゃったかもしんないけどさ、私なんか多分今思えば退以外好きになったことないみたいだよ?」

背伸びしてそっと退の頬にキスした。

「なまえ…?」

呆然と私を見下ろした退に。

「好きな人が私を好きだったなんて奇跡だね」

「うん、そうだね」

バカみたいに空回りしてお互いにじたばたしてみて。

こんなにすぐ側にお互いの気持ちがあったっていうのに。

バカだね、わたしたち。

泣き笑いしながらお互いに微笑んで。

それからゆっくりと抱きしめあった。


(まりも様より20170309ご寄稿いただきました。ありがとうございました!)

*水母の風向かい【くらげのかぜむかい】
水面にふわふわ浮かんでいる水母が風上に向かって進んで行こうとしても無理なことから、強敵や運命に逆らってじたばたしてみても無駄なことのたとえ。
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