ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
優しいお隣さんへ[1/1]
隣に住んでる山崎さんは仕事が大変なのにご近所付き合いも悪くなくて、優しい人だ。しいて言えばおばさん達や同僚にからかわれているような、どこにでもいる役回り。だからそんな山崎さんが指輪を付けていないことも嬉しかったんだ。「彼女がいないんです」って言う姿なんて容易に想像しちゃってたから。現実は違うのに。

誤解が発覚したのは、つい先日のことだった。
「俺にも奥さんが居るし、大丈夫だよ」とついでのようにさらりと話してくれた声が何度も夢に出てきて笑えた。授業中に髪型の似てる男子が目について仕方がなかった。ずっと真顔で過ごしてたら怖いって言われた。大人相手に告ってもないのに振られたんだぞ。なんて、誰にも言えないけれど、やさぐれながら下校した。

長い1日がようやく終わったと安心したかった。今日に限って寄り道もせずに帰ってきたというのに、マンションの入り口に佇む先着を見て、立ち竦んでしまう。


「あ。なまえちゃん、おかえり。…その…」


いつもみたいにくたびれたスーツ姿の山崎さんが、真っ赤になりながら俯く。隣にいる女性は慌てて微笑んだ。


「あっ…あの。いつも主人がお世話になっております。私、退さんの妻です」


なんて、返事をしただろう。
よく覚えてない。
照れ臭そうに何度もお辞儀をして、二人は奥へと上がっていった。同じように私も郵便受けを見て、階段を上がって、ドアの鍵を開けて、閉めたはずだ。

自分の家の玄関にたどり着いた時、どさっ、とその場に崩れ落ちてしまった。


初めて見たお嫁さんは、なんの変哲もない普通の女性だった。パッと見て特に美人というわけでもないと思う。でも薄く塗られた化粧も目立たない色のスカートも、とても似合っていた。何の変哲もない普通の夫婦が、世間話をしながら笑っていて…

世間ではそれを、幸せっていうんじゃないのか。


「…あー…」


頭がぼうっとする。段々滲んでいく視界が鬱陶しくて堪らなかった。無理矢理に目を擦ってみても熱くて、下手くそな呼吸を繰り返していた。立ち上がろうと思った拍子にばらばらと鞄から荷物が落ちる。参考書とスマホ…画面には『お土産があるんだけど今から持って行っていい?』と映ってる。送り主は、山崎さんだ。


何の意味もなく返事をしたくない。返信を遅らせてみたい。今更、そんなどうでもいいことをしてみたい。文脈を無視して『お幸せに』とか打ってみたい。『大好きでした』とか。

だけどゆっくり手を伸ばして『あと少ししたら伺います』とだけ送った。

私はただのお隣さんだから。

(えりな様より20170206ご寄稿いただきました。ありがとうございました!)
- 11/17 -

|
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -