ヤマザキ春のザキだらけ祭り | ナノ
いま、この世界で[1/1]
動乱篇前の時系列、篠原くん捏造してます


「ねーえ、退くん」
「…また?」
「ふふふ。おめでとう」
「はいはい、ありがとね」
言われて嬉しい歳でもないんだけどなぁと独り言ちる退くんを他所に今日何回目、いや既に何十回めかの言葉を口にしながら私はこの上なく上機嫌だった。
付き合い始めて一年と少し、去年のこの日彼は張り込みの真っ最中で顔を見ることすら叶わず、なので今日というこの日退くんが「運悪く」怪我をして入院しているのが少し嬉しかったり。悪い彼女である。

「ほんっと、彼氏が危うく死にかけたっつーのにさ」
「ね〜。三日前土方さんから連絡きたときはもう心臓止まるかと思った。でも生きてるんだから結果良かったじゃない」
「まぁね。ただ出血量が多かったから退院までもう少しかかるみたい」
「そっか、…って。なに?これ」
「えっ」
今日は朝一でお見舞いにきて、たった今屯所に必要なものを取りに行った以外はずっとつきっきりだったはずなのに。…いつの間に持ち込んだのか、肌をこれでもかというくらいに露出したナース姿の女の人(の表紙)と不意に目が合った。これで隠していたつもりなのか知らないが、見られたくないもんなら布団の中なんかに入れとかないでよ…。

「ちょっ違う!違うって!これはさっき旦那が」
「旦那?」
「なまえもかぶき町の近くに住んでるんだし名前くらいは聞いたことあるでしょ?万事屋の旦那」
「あー…ニートの天パ侍?よね」
「そうその天パ!!が、たまたま知人の見舞いだかでさっきそこで偶然会ってさ。それでなんか今日俺の誕生日って話になって、『あっそうじゃあこれ読む?』って」
つまり、本来ならばその知人の手に渡るはずだったエロ本がたまたま退くんのものになったと。…まぁ退くんがそんな下らない嘘をつくはずもないし多分本当なのだろう。私はその万事屋の旦那についてよく知らないが、何やら適当で禄でもない男だというのくらいはなんとなく聞いていて。うん、あの人なんかそういうことやりそうだしエロ本も持ってそう、なんなら常備してそう。ということで落ち着いた。

「あとこれも。酢昆布とプリンにゼリーにジュースやら」
「それも万事屋から?」
「いやそこの従業員の子らから。新八くんって言うんだけどすごいいい子でねー、慌てて売店で色々買ってきてくれて。もう一人の子が渋々食いかけの酢昆布もくれたよ」
「へぇ。あそこ従業員なんていたんだ」
旦那はあの通りのぼさっとした風貌、加えて下がかぶき町四天王の店だなんてなんとなく寄り付きがたく、用事でもない限りなるべく近づかないようにしていたので全く知らなかった。
だがここでふと、そんな彼等のおかげであることを思い出す。

「そうだ!私ったらうっかり…これ皆さんから預かってきたの」
「え?隊士から?」
「うん。…本当は直接渡したほうが退くんも喜ぶんじゃないかなって思ったんだけど皆さん揃いも揃って『お邪魔になるから』って」
「はは、珍しく気が利く」
「馬鹿」
私が退くんの部屋にいると聞きつけた人が次々とプレゼント片手にやって来てなんだか私も嬉しくなった。監察方山崎退、仕事の話をするときは殆ど愚痴ばかりだけど、なんだかんだ愛されてるんだなぁって。じゃなきゃこんな量集まらないだろう。

「まずこれが原田さん。中身は手袋ですって」
「おっ原田意外とこういうのセンスいいんだよな〜。あとで礼言わなきゃ」
「で、これが篠原さん?だっけ。なんか随分良いものみたいだけど…」
「あ!これ!…俺がこの前冬って手荒れるよなって話したからかな。ハンドクリームじゃん。それもなんか高そう」
「先輩想いのいい子じゃない」
「…普段の態度もそうならいいんだけど」
「あはは。それからこれが斉藤隊長から、なんだけど…あの、退くんあの人とどういう関係なの?」
「えっなにが…?…ってはぁ!?なんでパンツ…あぁあれだ、この前風呂でたまたまその、後ろんとこに穴が開いてるの履いてんの見られて…」
「へぇ…それでバルマーニの下着…男同士で」
「ほんとほんと!あの人ちょっと変わってんの!」
ムキになって反論するのなんか可愛い、って口に出したら怒るかな。退くんならそんなことないか。
それにしても、私はもしかしたらプレゼントを出す順番を間違えたかもしれない。袋の底、残りは正直禄なものがないというか…。

「で、これ…沖田さんからなんだけど」
「…え?沖田隊長からもあるの?嘘でしょ」
「……。『病院食ばっかでそろそろ飽きた頃だろィ、見つかんねーように食いな』だそうで」
「だからってなんで大量のアンパン!?そっちのが飽き飽きしてっわ!!」
「で局長さんから、じゃあ俺はこれ、って」
「いやバナナと俺全く関係ねー!しかも1本ちぎった後じゃんまた食いかけじゃん!!」
そしてその勢いのまま、病室の壁に向かってアンパン&バナナをすぱーきーん!
個室で良かったと心から思った瞬間だった。

「…そういえばこの個室、土方さんがとってくれたって」
「ふーっ。うんそう、大部屋に空きがないから仕方なく。 なんでお前なんかにこんな無駄金って表面上は怒ってたけど」
「もしかして…気を遣って?」
「副長そういうとこあるから多分ね」
「そうなんだ…。それで、その土方さんから渡されたのがこれ、なんだけど」
「え…何それ?」
それは一枚の、よく見かける普通の茶封筒だった。しっかりと封がされており、外側には何も書かれていないが若干厚みがあるので何か入れられているのは確かだ。
土方さんはこれを私に渡すとき「他に何も思いつかなかった」と言っていたが…いやいや、まさか。

「土方さんからお手紙ついた…?どうする?読まずには食べる?」
「何それ気持ち悪いこと言わんで!…うわっ、なんか何枚か入ってるっぽい…やだ怖いんだけど…あのさ、なまえ」
「えっ!?私だってやだよ…」
「わかったじゃあ、じゃあ一枚ずつ出していこう。ね?お願い一緒に見て」
「うっ…わかったよ」
退くんはそう言うと意を決したように封筒の中に指を入れたが、「やっぱやだなんかビリっとしたりしそう」などと言ってなかなか中身を出そうとしなかった。それにヤキモキしつつも私にも代わってあげる勇気がない。
やがて今度こそと、退くんがもう一度封筒を手に取る。そこから出てきたのは…

『テレレッテレーン。特別ボーナス〜』
「えっ何このテンション。どうしたのあの人」
「ていうかボーナスって…?」
「えーっと、あ、これかな?…ってなんで二千円札!?」
『これで終わりじゃないぞ』
「でまた二千円札!!なんなの!?」
『山崎相手に一万は流石に惜しくなった』
「だからってなんで二千円札を!!三枚も用意した土方!!?」
『五千円だと逆に半端かなーって』
「こっちのほうが半端だわ!!!」
「土方さんって意外と面白い人なんだね…」
「俺たまにあの人わかんないよ…」
半分は本当に手紙だった。
ツッコみ疲れたのか、退くんは肩で息をしながらけど二千円札三枚はしっかりと握りしめていて、今度はスパーキングしなかった。そうだよね、監察薄給だって言ってたもんね。

「ったく…お返し大変だなこりゃ」
「そうだね、沖田さんと局長さんはともかく」
「ははっ、ほんとだよもー。特に沖田隊長、大量なとこが更に腹立つ」
「でも、良かったね」
身体は傷だらけでも、ゆっくり過ごせるように配慮してくれた上にプレゼント…というか見舞い金?まで用意してくれた土方さん。
退くんの話を聞いてちゃんと喜ぶものを贈ってくれた篠原さん。
共同生活の中で気づいたことをしてくれた斉藤隊長、持ち前のセンスの良さで喜ばせてくれる原田さん。
屯所にいるときと変わりなく退くんを楽しませてくれる局長さんと沖田さん。
それから急にも関わらず退くんのために色々してくれた万事屋の人たち。

皆退くんのことを沢山愛してくれてるんだなって、多分本人達にそう言えば「んな訳ねーだろ気持ち悪ィ」とかなんとか言うんだろうけど。彼女としてはとても嬉しくて、誇らしくて。それと同時にこんな素敵な人の彼女である自分も誇らしかった。

「…で?」
「え、なに?」
「決まってんじゃん、なまえからだよ」
「あっそうだった。…なんか、皆さんのと違って全然その、的外れかもしれないけど…」
直前まで何度もリサーチしたのに退くんの返事は変わらず「なまえからならなんでも嬉しいよ」で本当に苦労した。今日来るまでもこれでいいんだろうか、喜んでくれるだろうかと何度も考えた。一人で考えたところでわかりっこないのだけど。

「これ…ね、退くん、いつも私の香水いいにおいって言ってくれるじゃない?」
「うん?あぁ、俺それ好きだよ。なんつーか甘すぎなくて心地いいっていうか」
「その私がつけてるやつのメンズのやつなんだけど…割と似た感じの香りのでね」
「へーありがとう!俺普段こういうの殆どつけないから嬉しいな」
「本当?で、…それでね」
「ん?」
ここまでは、大丈夫。けど私はこれを退くんに贈るにあたって一つだけ、どうしても心配なことがあって。

「退くん前言ってたじゃない?監察たるもの周囲に溶け込まなきゃいけない、外見はもちろんにおいとかも」
「うん」
「だからその、無理だったら全然いいんだけど!二人で会う日、今日はもう絶対仕事入んないときとか。あとはもう寝るだけのときとか。それつけて私のこと思い出してくれたら嬉しいな、って」
言いながらあれこれもしかしてちょっと気持ち悪い?退くん引いてない?って段々心配になってくる。
自分で言っておいてどうかと思うが、土方さんあたりに突然呼び出されデートの途中で行ってしまうことなんてザラだからつまりこれはとても無理なお願いで。けどこれならもっとお互いを近くに感じられるんじゃないかとか、単純にお揃いっていいなとか。他に何も思いつかず最初は苦し紛れに手に取ったものだったけど、そう考えると退くんに貰って欲しくて仕方なくなった。
我儘で面倒な女って思われしまったら元も子もない、とわかってはいたのだけど…

「ちょ、どうしたの?なに、もしかして迷惑なんじゃないかとか気にしてる?」
「え?」
「全然そんなことない、嬉しいよ。俺だって毎日潜入張り込みって訳じゃないし、というかそういうのは事前に予定組むしね」
「あ…そっか」
「だからその、なまえが今行ってた寝る前とか?ほんと似た香りだし、うん。なまえのこと思い出してよく寝れそう」
「退、くん…」
そうだ、こういう人だった、この人は。
人なら誰でも飲み込みがちな、言い辛い言葉や感情をいち早く読み取って欲しい言葉をくれる。そんな退くんだから、私はこんなにも好きになったんだ。

「え!?ちょっとなまえ、どしたの」
「良かっ、たな〜…って。思って、気が抜けた」
椅子に座ったまま上半身だけベッドに倒れ込む。少し泣きそうだ。
私は昔から涙腺が脆いほうで、何かあるとすぐ泣きそうになってしまう。けど今日だけはさすがにだめだ、一年で一番大切な大好きな人の誕生日に恋人の私が涙するなんてこんなおかしな話はない。ぎゅっと下唇を噛み締め二、三深呼吸、よしもう大丈夫というところまで待ってから、お布団に倒れ込んだまま首だけ退くんを振り向いた。

「ごめんねほんと、喜んでもらえて良かった」
「……ぁ、」
「…退くん?」
けどその先の退くんはなんだか様子がおかしく…顔は青ざめ、わずかに震えている。もしかして今倒れ込んだときの衝撃で傷に響いてしまったのではとも思ったけど、どうやらそれもなさそうで。慌ててナースコールを手にするとやっと気づいたように止められた。

「違、違うん、だけど…なんだろ今、なんか…変なの見えて」
「変なの?」
「なまえが病院のベッドで寝てて…髪も、顔も…真っ白で。なまえだけど、なまえじゃないみたいなんだ」
「…それが、見えたの?」
「俺もわからない、けど…。本当にそんなことがあった気がしたんだ」
これが漫画や映画の中の世界ならパラレルワールドとか、何らかの形で気持ちだけでもすっきりできるのだろうか。けどそんなものがあるなんて現実の私には信じられないし、でも退くんの様子を見る限りただの勘違いなどとは到底思えなかった。…私が、病気?

「何言ってんの、私そんな病弱じゃないって」
「そう、そうだよね」
「退くんこそ今みたいに怪我とか、…えっと、今日喜んじゃってごめん。元気そうだからついはしゃいじゃったけど、気悪くしてない?」
「そんなことないよ。…俺だって、一緒に過ごせて嬉しい」
「ほんと?ふふ、私も嬉しい。でも怪我はもう嫌だよ?」
ただただ必死だった。さっきまで私のほうが泣くまいと踏ん張っていたばかりだというのに、今は退くんのほうがぽろぽろ子供みたいに涙を流して。けど私の知らない何かに涙する退くんに、納得させられる解決策を私は持っていなかった。それならせめて言葉だけでも安心させてあげたい、私はここにいるよと教えてあげたい。その一心だった。
だが結果的にそれが功を奏したようで、退くんに笑顔が戻る。

「ねぇなまえ」
「ん?」
「来年も、再来年も…この日となまえの誕生日は一緒に過ごそう。とはいっても俺の仕事の都合上当日は無理ってことも多いと思う、だから」
「うん、わかってるよ。でも大丈夫。お互い生きてて元気なら、後からいくらでも取り返せるでしょう?」
もしかしてこれもちょっとくさすぎたかもしれない。言い終えた後でそう感じ少し恥ずかしかった。けどそんな私とは裏腹に退くんは心底嬉しそうに笑う。

「そうだよね、ごめん。俺ちょっと変な夢でも見てたみたい」
「…でしょ?もう、急に泣くからびっくりしちゃった」
「や、だからごめんって!それ言わないでよ…」
「え〜?後で沖田さんにプレゼントもらってどんなリアクションだったか電話する約束だったからそのときいおうと思ったのに。泣いて喜んでたって」
「いや言わないでってそっちじゃなくて!?つーかいつの間にそんな仲になってんの!?ツッコミ追いつかないよ!?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと追いついてるよ!」
「だからそうじゃねーよ!!」

こうして彼女と二人で祝う、彼の二度目の誕生日が過ぎていく。この日こそが彼によって必死に掴み取った、その先の未来へ続く分岐点だと二人が知る由がない。
ただ今いるこの世界こそが当たり前に迎えた未来だと思い込んでいるだけに過ぎなかった。


いま、この世界で。あなたから皆から、全ての人から、山崎退へおめでとう!
Fin.20170206
おめでとうおめでとうおめでとう!!!!!!

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