Scar Tissue | ナノ
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*夢主視点
 
 山崎さんは、昔たいそうヤンチャしていたらしい。
 女というだけですり寄ってきたり下に見てきたり、クソみたいなモブ隊士どもが吹聴してくる真偽の定かでない噂話に辟易しつつ、そんな話を聞いた。当時身寄りのない私は金のためだけに山崎さんの部下として功績を挙げようとそればかりで、上司の過去とか真選組の実情とか、幕府がどうとかどうでもよかった。
 私は、私の守りたいものを守りたかっただけだ。

「お前、最近昼間どこに行っている?なまえ」
「……。浪士組だか真選組だかいうのが、そこの廃道場にいて。まだお遊び程度だけど剣の稽古つけてもらってる」
「……そうか」
 事件前、育ての親である和尚とのやり取りだ。親の顔さえもう覚えていないが、とある農村の外れ、その寺には私の他に孤児が二十名ほどいる。拾ってもらい育ててもらった恩を返すために、資金が必要だった。

「無理はするなよ、女子の身では苦しいこともあるだろう」
「問題ないです。もし剣で身を立てられるようになったら皆にも楽をさせてあげられると思って」
「苦労をかけてすまんな。……怪我はしないように」
 汚れ仕事でもなんでもするつもりだった。兄弟たちのためならなんでもしようと、腹をくくって、歯を食いしばって出立した、皆と一緒に。これから先の輝かしい未来を夢見て。
 その結果出会ったのが、何人かと江戸に置いてきぼりにされたことをグズグズ文句垂れてトシさんにしばかれるようななんとも間抜けな男、山崎退だった。



「えっ俺の部下ですか!?……えーっと、よろしくね」
 第一印象は、なんて頼りない男だろうと思ったのを覚えている。後頭を掻きながらへらへら笑うこの男に命を預けてたまるものか思ったことも。

「よろしくね、きみが俺の初めての部下だよ」
 見るからに貧弱なその男、山崎退は他の隊士連中に比べ年長組というのにも関わらず馬鹿にされても何をされても憤るわけでもなくのらりくらりとしていて、男としてのプライドみたいなのはないのかと心底呆れたものだ。もちろんそんなものあったところで一錢にもならないし意味はないのかもしれない。けどそれでも、見てるこちらが苛立つ扱いを受けていてなぜ彼は平気なのだろうと他人事ながら腹が立ったものだ。そんなときに入ってきたのが前述の「山崎さんは昔ヤンチャだった」噂だ。

「あー山崎ね。確かに昔はすげえ頭してたわ。一部の隊士しか知らねえだろうなあ」
「マウンテン殺鬼なー!黒歴史だろあれ」
 複数人から証言を得たことにより噂はおそらく事実に変わる。あの軟弱そうな地味な男にそんな過去があったのかと信じられない気持ちももちろんあったが、まあ長い人生そんな次期もあるのだろう。私が彼に話していない事情や出自があるように、誰になにがあってもおかしくはない。無能は無能なりにやれることをやってくれればいいし、私の邪魔さえしなければ過去も現在もどうだっていい。そんなふうに冷めた目で彼を見ていたこのときの私こそが本当の黒歴史だ。

 そんな彼を見る目が変わったのは、私の育った寺が数名の孤児と和尚まるごと攘夷浪士に炎上させられた日だった。

「山崎さん!!離して」
「ッ駄目だ!!」
「まだ中に和尚が、お雪が、為五郎が」
 後に聞いた話によるとあの寺は浪士にとって格好の立地条件だったらしい。下っ端も下っ端、正式に入隊したての私には後日聞かされたことだが、隊長格の手の届く範囲で助けられたのはわずか孤児数名。私達が到着した頃にはすでにそこは火の海で、なにもかもが手遅れだった。

「美子が、三郎が、豊吉もまだ中にいるんです。私が、助けないと」
 なまえ姉ちゃん、真選組に入隊するんでしょ?姉ちゃんがいっぱい稼いだらちったあマシなもん食えるようになるかなあ。
 つい昨日までそこにあった笑顔を、かわいい弟妹たちを思うと、炎上する寺社を眼前にして信じられない気持ちでいっぱいだった。あの子達はいつか江戸前鮨を食べてみたいだとか欠けてない簪がほしいだとか、他愛もない願いしかもっていなかった。それがどうして生きたまま焼かれるなんて、こんな残酷な結末になってしまったのだろう。そんな彼らのささやかすぎる願いを叶えたい一心で入隊したというのに、なんでこんなひどい光景を目の当たりにしているのだろう。

「なまえちゃん!」
 ぱしんと頬に鋭い痛みが走るまで、私はみっともなく取り乱したままだった。よくよく気づくと軟弱で気弱そうな彼はしっかりと「男」で、私にはない腕力をもって私をこの場に留めていた。取り残された子たちを諦めきれていないのはその場で私だけで、無事助けられた弟妹たちが「もういいから」とさめざめ泣いているのにこのときやっと気がついた。ただそれでもやっぱり現実が受け入れられなくて、受け入れたくなくて、放心状態でへたり込む私を貧弱上司こと山崎さんが後ろから抱きしめていったこの言葉を私は一生忘れないと思う。

「辛いよね、今は辛いと思う。けど」
「……っ、」
「こんなひどいことを繰り返さないために真選組がいるんだ。真選組ができたんだ」
 だから一緒に頑張ろうとか負けるなとか、陳腐な台詞が続くことはなかった。山崎さんはただ私を抱きしめてくれていて、寺社が燃え盛る音と子どもたちの泣き声が悲壮なBGMにしか聞こえなかった。
 そうして山崎さんの腕の中で初めて現実を受け止めて、私はやっと声をあげて泣くことができた。



 帰る場所も金の使い所もなくした私は、それからしばらく何を糧に生きたらいいのかわからなかった。局長をはじめとした事情を知っている一部のひとたちは随分よくしてくれ、けどそれがかえって心苦しくて、文字通り抜け殻のような日々を送っていた頃誰よりも私に寄り添ってくれたのが山崎さんだった。

「なまえちゃん体調はどう?少しは食べないと」
 彼にとっては上司としての業務の一環だっただけかもしれない。仕方なく様子を見ていてくれただけかもしれない。それでも私にとっては彼の存在が確かに救いだった。
 たいした怪我もしてないくせに寝たきりの私に気晴らしにミントンをしようだのカバディがどうのだの(カバディってなんだろう)しつこく誘ってくれて、あの日の話は一切しない。たまに思い出したように頭を撫でてくれ、背中を擦ってくれ、子供扱いされていたのだとしても絆されるのには充分だった。

「山崎さん」
「え!?あ、ごめん。どうしたの!?」
 私が久方ぶりに口を開いたものだから、彼は鳩が豆鉄砲食らったかのように慌てて対応した。次いで粥はもう飽きたのかとか飲み物がほしいのかとか、矢継早に問うてくる彼にいつぶりだろう、笑みがこぼれた。

「あなたのために働かせてください」
 山崎さんにとってそれはまさかの返答だったのだろう、ぽかんと開いた口は相変わらず間抜け面だ。
 帰る場所も、和尚もみんなももういない。いくら稼いだところで何も意味はない。ならばこの命この人のために使おうと、決めたのがこのときだった。


 あれから、色々なことがあった。

 人斬りにあったかと思えば本人不在のところで葬式を開かれそうになったり、ジミーになったり、全く仕方がない人で。他にもあの人の知らないところで随分働いたものだ。見返りを求めているわけではないので苦ではなかった。

『俺は、あのひとたちについていかせてもらうわ』
 伊東の謀反時には信頼できる監察方のみに伝わる合図を山崎さんが私に送るのを物陰で見ながら怒りで脳が焼ききれそうだった。来るな、大丈夫。この場で一番大丈夫じゃないであろうあなたが血反吐を吐きながらなにをいっているのかと、けど私が出たところで助けられるほどの力量もないのがわかってひどく悔しい思いをした。あれだけ助けてもらっておいて私はこの人になにもできない。せめてこれくらいはと他に人影がないのを確認してから山崎さんを病院に担ぎ込んだ。献血なんてしてもしても足りなくて、別の医師に代わるタイミングを見計らってもう一度採血を頼んだ。速攻バレて怒られた。
 入院中は鍛錬に鍛錬を重ねた。縁起でもないけど次似たようなことがあったら絶対にあなたを助けられるよう。あの日の恩に報いられるよう、それだけが人生の目標だった。自分はこのために生まれてきたのではないかと錯覚するほどに。

 だからこそ、「たまさん」の件は青天の霹靂だった。

『たまさんたまさんたまさん』
 後頭部を突然ガツンと殴られた気分だった。山崎さんだって一人の男性だ、いい相手が現れてもおかしくはない。そう頭ではわかっていても、しばらくの間現実として受け止められなかった。話には聞いていた万事屋とやらと沖田隊長が手を組んでお見合いにまでこぎつけたと聞いたときには目眩がして、けど、恥ずかしながら私はここで初めて山崎さんへの恋心を自覚したのだった。軟弱で脆弱な頼りない真選組の男から尊敬する上司に変わり、いつの間にか一人の男性として彼を愛していたことに初めて気がついた。
 だが、時はすでに遅し。もう少し何かが違えば、私にもチャンスがあっただろうか。そんなふうに考えるのは罰当たりだろうか。弟妹たちのぶんも生きようと決心したばかりだというのに、色恋沙汰で心煩わせる自分に嫌気もさした。だから、このまま山崎さんとは距離を取ろうと思った。
 彼女が機械だと知るまでは。

「私になにかご用でしょうか」
「飲みたい気分だったもので。まだ開いてませんか?」
 涼しい顔して店先を掃くたまさんに対し、私の心中は嫉妬心でぐちゃぐちゃだった。監察の風上にも置けない、対象と直接言葉を交わすだなんて。

「お疲れのご様子ですね。わかりました、お登勢さんにいって少し早めに店を開けてもらいましょう」
 なのにあなたは、こんなクソみたいな私にも優しくしてくれる。山崎さんが惚れるにも、私が酩酊するのにも充分すぎるくらいい女だと思った。


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