Scar Tissue | ナノ
03sigh



*山崎視点

 息が上がり、鼓動も早い、三十代の身体にはふさわしくない運動量だったろう。右手で肺を抑えながらスナックお登勢の赤提灯を見上げていた。しんどい。屯所から走って三十分程度の距離だが、三十路の肺が悲鳴を上げるには充分な距離だった。よたよたと提灯に寄っていく姿はさながら羽虫かなにかの類のようで情けないが、まずはなまえちゃんの潜伏先を見つけるのが先だと己を奮い立たせる。

『は?今更?死ねばいいのに』
『なまえちゃん?監察やめて三番隊に入るっつってたよ安心して死ね山崎』
『死ぬついでに呪術○戦ウエハース買ってこいよ、死ね』
『俺は飲むヨーグルト頼むわ、イチゴ味な。死ね』
 出発前、知っていそうな隊士にこれでもかというくらい声をかけたが皆一様に俺を罵倒するばかりで手がかりの一つもなかった。けどそんなの当たり前だ、逆の立場なら俺もそうする誰だってそうする。俺が気づいていなかっただけで、あの子の気持ちを裏切ったのは他でもない俺なのだから。

 先日まで俺が潜伏していた万事屋向かいの建物になまえちゃんの痕跡はなかった。ではどこにと辺りを見回したそのとき、だった。

「なーにーが起ーきてーも気分はっ!へーのへのかーっぱー!!」
「おーいいいぞいいぞー!わはは」
「なまえちゃん次これ歌ってよー、ジャンプ系ならいけるんでしょ?」
 突如聞こえてきた歌声、いやがなり声は探し求めていた部下の声に間違いなかった。野次を飛ばしているのはおそらく万事屋の旦那のもので、その出処は。
 どう考えてもスナックお登勢で、俺は金○がヒュンッとなるのを感じた。


「えっとぉ、私ハンター○ンターは旧版しかみたことなくて……そっちのOPEDならわかる……」
「おっいいじゃんいいじゃん俺あれ好きだよ!」
「待てヨ次は私ネ!北○の拳入れろアル」
 ユアーショック!ってこっちがショックなんだがああああああ!!?
 なまえちゃんは隊内の宴会でも決して飲むことはなく、本人曰く下戸とのことだった。それがなんでグラサンのおっさんとおっさんとチャイナさんと新八くんと、スナックお登勢ご一行様に囲まれて明らかにべろんべろんになっているのか。俺は理解が追いつかなかった。
 船を漕ぎながらチャイナさんとなまえちゃんがデュエットを始める。聞き慣れたこの前奏はキン肉○ンだ。リングに稲妻走らせてんじゃねえよ北斗○拳どこいったぁぁぁあぁ!!!??ゴーゴーマッソウ!じゃねえんだわ!!
 などとおおっぴらにつっこめるはずもない、こちらは横窓から覗いている身分だ。それよりもこの状況は一体どういうことなのか知るのが先決である。副長の話によるとなまえちゃんは万事屋の旦那こと白夜叉の監視の任務についていたはずで、酔っ払っておっさんに囲まれてカラオケをしているこの現状は不可解なんてものではない。一体彼女になにがあったのか。


『監察は観察が鉄則』
 別に悪いことをしていたわけでもないのに、たまさんとなまえちゃんの接触にドギマギしつつ俺は監察として培った全てを総動員して観察に努めるのだった。窓から覗き見で。



「いやあ、真選組にもこんなかわいい子がいるんだね。ノリもいいし最高ー!」
 あれは確か、元入国管理局局長の長谷川泰三だ。スナックお登勢の常連だと聞くしここにいることになんの違和感もない。

「それがなんでこんな場末のスナックに来たんだい?公務員様ならもっといい店で飲めるだろうに」
「オ登勢サーン!コノ女怪シイデース!ワタシタチヲショッピク気カモ」
「しょっぴかれるような人間はあんたしかいないよ」
 冷静なツッコミとともに酒瓶でぶん殴られたのが従業員のキャサリン、やったほうがこの城の主であるお登勢、本名寺田綾乃だ。それから万事屋の面々に加え、おそらく一般人であろうおっさんが三人。そして。

「失恋されたのですよね。私は機械なのでわかりませんが、さぞお辛いのでしょう」
「……すみません、私お酒弱いのに自棄酒なんて。お水助かります」
「私は機械家政婦です。なんなりとお申し付けください」
 エイリアンVSプレデターよりもジェイソンVSフレディよりも怖い組み合わせ来たーーーー!!!という叫びをなんとか心の中でだけ留めた。なんだこれマジで何だこれ、本妻が愛人に会いに行ったのを目撃した気分、勝手に。今にもバトルが始まりそうという雰囲気では決してないが、生きた心地がしなかった。
 しかし、ここであることに気づく。たまさんは、今、なんといった?

「失恋ねェ、まあ若いうちはいくらしたって損にならないさね。そのぶん男を見る目が肥えるってもんよ」
「そういう……ものでしょうか」
「あー!?なまえちゃんフる男とか見る目なさすぎだよォ!そんなやつやめちまえ俺が幸せにしてやんよォー」
「長谷川さんあんた既婚者でしょ」
「最低ネ」
 いきさつはわからない。けどなまえちゃんは万事屋の旦那を張る経緯でなぜかこの店に入ることになり、酩酊しながらも一番近い上司であった俺よりもこの人たちに本音を吐露した。その上司に「失恋」したのだから当たり前の話なのだが、ぐでんとカウンターに突っ伏す彼女を見て、なんともいえない気持ちになって。

「でも、でも……」
「んー?なんだい酔っ払い」
「好き、なんだもん……」
 しまいにはつられて泣きそうになった。
 
 それから三十分ほど経った後、なまえちゃんは万事屋の旦那の肩を借りてスナックお登勢を出ることとなる。たまさんの甲斐甲斐しい介助を受けて少しは酔いも冷めたようだった。

「銀時ィ!ちゃんと送ってくんだよ!送り狼したら承知しねェからなコラァ」
「わかってるわババァ!二日酔い決定なんだからんな大声で怒鳴るんじゃねェ!!」
「あ、お登勢さん。これ……」
 少し遠くからだったので断片的にしか聞き取れなかったが、なまえちゃんはこの場にいた全員の飲み代を負担したようだった。妙にハイなチャイナさんと新八くんを双眼鏡越しに見た。旦那はどうやらなまえちゃんをこのまま屯所に送ってくれるようだが、当初の目的である任務をこなせていないどころか酩酊状態の彼女を副長がなんというか。そっちを心配した俺は一足先に屋根伝いに屯所に向かったので、このあとの会話を聞き逃すことになる。

「万事屋、銀さん」
「ん?どうした吐きそうか?それともコンビニ寄る?」
「んーん。たまさん、素敵な人ですね」
 肩を借りながら、勝てるわけない、と独り言ちる彼女に何も言えなかった旦那はとりあえず二人っきり二次会のカラオケに誘ったのだという。後に聞いた話によると本当に何もなかったらしいが、翌朝連れ立って屯所に現れた二人に妙な憶測をする隊士がいたり、そもそも俺への失恋直後と噂が広がっていたせいもあってこの日の朝帰りは後に波乱を産むことになったりなかったり。



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