Scar Tissue | ナノ
01Awareness



*山崎視点

 部下であるみょうじなまえちゃんは入隊してから俺の全てを叩き込んだ非常に優秀な監察方だ。あるときは平凡な町娘、あるときは旅館の若女将、またあるときは色香で惑わす夜の女と変装の名人であり、下手したら俺より腕っぷしも強い。それは俺が弱すぎるだけだと沖田隊長がいってきたときは聞こえないふりをした。全蔵さんに紹介された忍者教習学校を彼女にも紹介しようとしたところ、「中忍免許取ってきました。ですがやはり火影を取得しないとまずいでしょうか?」と返してきたときには目眩がしたものである。

 繰り返しになるが、彼女は非常に優秀な俺の部下だ。周囲からは「なんで山崎なんかのところに」と陰口になっていない陰口を叩かれるレベルで。だからこそ俺は解せないのであった。

「火影免許がなければ……山崎さんのようにはなれませんか?」
 しょぼくれた子犬のような顔で俺を見上げるなまえちゃんに「いや俺は下忍だよ」なんていえるはずもなくその場は誤魔化したのだが、そう、なにを隠そうこの子はあろうことか俺のような男をたいそう尊敬しているようなのである。意味がわからないと隊士たちは口を揃えていうが、俺が一番意味がわからない。

 聞けば人斬り万斉の手にかかった俺をいち早く発見し病院に運んでくれたのも彼女で、輸血までしてくれたとか。皆の早合点による俺の葬儀では飼い犬のついでに式を執り行ったとっつぁんを木魚撥でしばき倒すのを俺も見ていた。その後も何かにつけ彼女は俺を仇なす者、害するもの、あるいはバカにする者をしばいたり粛清したりしばいたりしている。また俺の前ではいつもはにかんでいるか不安そうにこちらを伺っている彼女だが、原田のやつが宴の席で「俺の隊においでよ山崎のとこは辛気臭いだろ」と冗談を吐くと養豚場の豚を見る目で見下しながら舌打ちされたらしい。うちのなまえちゃんがそんなリサ○サ先生みたいなことするかと当時は信じられなかったが、彼女と過ごすうちに「あ、あれほんとだったのかも」と思い返すくらいにはさすがの俺もどうやら尊敬されているらしいことを自覚していくこととなる。

 あるときはこう。

「山崎さん、件の松田屋潜入の件なのですが、こちらのルートを私が行ったほうが成功率が上がるのではないでしょうか」
「え?うーん……。確かに俺は動きやすくなるけど、見張りがなまえちゃんに集中すると思う。危ないよ」
「ええ、私が死んでる間山崎さんの生存率が格段に上がります。その隙にどうぞ」
「いやどうぞじゃないが!?」

 またあるときはこう。

「山崎さん、先程副長にお茶を出されたそうで」
「あ、うん。出したけど」
「沖田隊長の企みにより毒物が混入されていました。山崎さんの冤罪を防ぐために副長からひったくって飲み干しましたので、その、説明……願い、ます、グフッ」
「なまえちゃーーーん!!!?」
 なんのつもりだみょうじコラァと乗り込んだ先、俺の腕の中で吐血してぐったりするなまえちゃんを見た副長でさえドン引きする始末である。一応毒の類の訓練を受けているとはいえ、このとき彼女は三日三晩生死を彷徨うこととなった。ちなみに首謀者沖田隊長が三ヶ月減給を食らうことになったのはまた別の話。

 とまあこのようなエピソードは凶行のほんの一部なのだが、彼女の俺に対する忠誠心というか、献身さは隊内では誰もが認める異常さであった。一度だけ、本人になぜ俺のためにそこまでするのか問いただしたことがある。

「……逆になんでですか?」
「え」
「私は山崎さんの駒です。それ以上でもそれ以下でもありませんので」
 至極当たり前のことだというふうに言い切る彼女に背筋が凍った。俺はどこの前頭葉欠けた中尉だよそんなこと求めてないけどォ!?……などと、いったところでこの子は変わらないだろう。深く追求はせず、笑って誤魔化したのを覚えている。


 そんな彼女の様子がおかしくなったのはここ二週間かそこらの出来事である。妙によそよそしいというか、以前なら頼んでもいないのに食堂の席を取っておいてくれた彼女が俺が来ると同時に離席するほどだった。なにか怒らせることでもしてしまったかと探ってみたが相変わらず報告書は真面目に出すし仕事はきっちりしているので上司としてはなにもいえない。

「すみません、本日の巡回ですが安達一派の密偵を優先せよとの副長命令を下されましたので同行できません」
「あ、うん。わかったよ気をつけてね」
 ぺこりと頭を下げて黙って去っていく彼女に、以前のような忠犬っぷりは見て取れない。いや、それが正常なのだと頭では理解しているのだが、突然の変貌ぶりに俺は動揺を隠しきれなかった。嫌われるようなこと、呆れられるような醜態なら今まで散々晒してきたはずだ。しかし今どうしてこうなっているのか、俺にはわからなかった。

「そりゃァおめェ、たまさんの件に決まってるだろうが」
「は?」
 避けられ続けて早一週間、痺れを切らした俺は夕食の席であろうことか沖田隊長に彼女のことを相談した。そこで出てきた思わぬ名前に、自分でもわかるほどアホみたいな声が出てしまった。そんな俺に沖田隊長は心底呆れたというふうに溜息を吐き出して見せる。

「どう見てもありゃあお前に惚れてるだろうが。あんだけ尽くした上司が他の女と見合いしてりゃそりゃ落ち込みもすんだろ」
「え?は?誰が誰に?」
「ぶん殴られてェのか?みょうじが山崎にだよ」
 依然信じられず茫然自失としてる俺に、聞き耳を立てていたらしい隊士たちからのたくさんの罵詈雑言が降ってくる。「嘘だろ気づいてなかったのかよ死ねよ」「なまえちゃん可哀想死ね山崎」「山崎のところにだけ雷とか落ちればいいのに死ね」などなど。
 
 不肖山崎退、ここではじめてその可能性に気づきその日は全く眠れないのであった。


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