Scar Tissue | ナノ
08 liar




 九兵衛さんこと十兵衛さんに連れられてきた場所は意外にも庶民的なただのファミレスで拍子抜けした気分だった。けどだからこそ、好きに頼め勘定は持つという言葉にどう対応していいかわからなかった。しかし彼の表情を見るに単にからかっているわけでもなさそうな気がして、いや、それどころか必死ささえ見えた気がして、長丁場を覚悟してドリンクバーだけを頼んだ。

「それだけでいいのか?遠慮することはないのに」
「充分です。店の女の子たちのためにもはやく戻らなくてはいけませんし」
 暗にさっさと用件を済ましてくれという意味を込めて、持ってきたばかりのアイスティーを一気に啜った。すると十兵衛さんはまた今にも泣きそうな顔で苦笑してから、おずおずと自身の注文した抹茶パフェを口に運びながらぽつりぽつりと語り始める。

「きみだけが、僕と同類だと感じたんだ」
「どういう意味です?」
「この状況を、喜びながらも罪悪感を感じているだろう?」
 僕も同じさとまるで懺悔のような語り口調で語る彼を前にして、私はなにも言えなかった。同性であり幼馴染である志村妙を彼は好いていて、此度の騒動であわよくばと考えてしまったこと。そんな自分が浅ましく恥ずかしいこと。境遇は全く違うはずなのに、どこか似ているような気もして私は黙って聞き入っていた。少なくとも叶わぬ恋ということだけは一緒だ。
 男になった十兵衛は志村妙を、局長には悪いが射止めることができるだろうか。二人が愛し合う未来は、こんな状況でもなければ叶わないのだろうか。そう考えるとチクリと胸が痛んだ。
と、そのときだった。

「憧れは、理解から最も遠い感情である」
以前と変わらず綺麗な女性の姿で、整然とそういってのける彼女はさも当たり前のように十兵衛さんの隣に腰を下ろす。機械独特のその瞳孔は私を真っ直ぐに見据えていた。

「……それこそどういう意味です?」
十兵衛さんがいるのも忘れて、やや強い口調になってしまったことに気づいてまた己を恥じた。しかしたまさんは全く気にする素振りも見せずに淡々と続ける。

「藍染隊長の言葉です」
「ああ藍染隊長……って誰です!?」
「BLEA〇Hをご存知ないですか?データには大人気少年漫画と」
「いやえっ!?どういうこと!?」
「なまえさん、藍染隊長をご存知ないのか……?」
「いやわかりますが、えっ十兵衛さんまでそんな感じなのですか!?」
「……私は今、なまえ様が何に対して憤っていらっしゃるか意味が分かりかねます」
上司仕込みのツッコミを思わず繰り出す私を他所に、やはりたまさんは淡々と言葉を繋いでいく。その表情に哀れみが滲んでいる気がするのは私のひねくれた性格のせいなのだろうか。

「山崎さんがどうして私のような機械家政婦に心を寄せてくれたのかも、なまえ様が私という邪魔者が居なくなったというのにここで一人地団駄を踏んでいるのかも。理解できません」
「……たまさん?」
「ですが私は所詮機械家政婦、仕方の無いことなのかもしれません」
データをデータとして処理しているだけで、共感は愚か思いやることもできない。そう続けるたまさんは相変わらず笑顔なのにやはり寂しそうに見えて。

「別に山崎さんのことなんてなんとも思っていませんよ」
私はまたひとつ嘘を重ねた。自分の性格の悪さを恥じたからだった。こんな私より、きっとこの人のほうが。

「えっ!?ごめん、僕はてっきり……」
「あらそうだったのですか?」
「そうですよ、皆さんよく勘違いされるのですが、尊敬はしていても恋慕の情ではないです」
一つ、一つずつ重ねていく。

「好いた人はおりましたが……とっくにフラれているんです」
とめどなく溢れる言葉の数々が、私を嘘で塗りかためる。嘘には真実を交ぜたほうが信憑性が増すと最初に言ったのは誰なのだろう。出来ることなら表彰状でも渡したいくらいだ。

「とにかく、私はあの人たちが帰ってくるまで一人ででも真選組を守っていきたいと今は思ってます。黒服と二足のわらじで」
まあと感嘆の声をあげてみせるたまさんに向かって「だからその気になったら山崎さんと全然、仲良くよろしくやっちゃってくださいね」「機械なら男女も関係ないですし」なんて言ってみたりもした。その後何を話したかは正直あまり覚えていない。

ただ、別れ際「なまえ様も上手くいきますよう祈っております。そうしたらデータに書き加えさせてくださいね」と悪戯っぽく笑うたまさんはやっぱり綺麗でかわいくて、屯所に向かいながらこれは勝てるはずないわと独り言ちた。けどそれと同時に、これでやっと山崎さんを諦められると思うと肩の荷がおりた気もした。

山崎さんが、どうかどうか幸せになりますように。それだけがやはり私の願いだから。



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