山吹の散る頃に








 このリクオという少年は、無垢だった。

 なんの苦労もせず、なに不自由なく愛情たっぷりに育てられたのだろう。

 羨ましいか、羨ましくないか。私は、それを言えるほどの立場にいない。だから、ここに抱く感情はない。

 走り出す少年を見ながら、私は3人が歩くその後ろをこと静かについて行く。
 三人とも、気づく様子はなかった。周りにも護衛の気配はなく、たぶん敷地内だからだと鯉伴が何も告げず出てきたのだろう。なんと、不用心な。


 私は、いつ来るかわからないその状況を見極めながら、懐に入っている脇差の柄を握り締めていた。
 リクオが走出し、鯉伴と羽衣狐、ふたりきりになった。

 ふたりが、山吹の花の前で立ち止まる。


 大量の山吹の花だった。幼い頃の山吹の山を思い出す。少女は「わぁっ!」と声を上げながら山吹に手を差し込んでいる。
 鯉伴は、その少女を眺めながら、口を開いた。


「七重八重、花は咲けども山吹の、みのひとつだになきぞかなしき」


 山吹の花ことばを並べながら、鯉伴は山吹を眺めている。その言葉からは、前妻の母を思うような目をしていた。私はそれを、ただ単純に見れてはいなかった。

 少女の動きが止まる。
 私は、それに身構えた。



 ────…………くるっ!!



 少女が手を出した。

 私はその隙を、見逃さない。その手には、たしかに刀が握られていた。少女の背丈ほどの、長い太刀。


「おとーさん!!」


「リクオ、来るなっ……!」


 鯉伴の声が響く。リクオの動きが止まる。少女の刀が、鯉伴に届こうとした時、







 ────グシャッ。


 血が、溢れ出した。

 鯉伴の視界が、赤一色に染まる。倒れた鯉伴は、その状況に一切の理解が追いついていなかった。



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