山吹の散る頃に




 帰った途端に始まったのは、夕餉の支度だった。
 いくら強くなろうが、ここでは私はやはり下っ端に変わりはないらしい。せっせと運ばれていく食材を見ながら、私は味噌汁の具材を茹でたり、漬物をよそったり、野菜を切ったりと忙しかった。
 これだけ忙しいと、奴良組のことも頭から外れてしまって、父・鯉伴のこともそれからすっぽり忘れてしまっていた。

 連れてこられた台所はもうぐちゃぐちゃになり、いつも通りの光景となった。やっと終わったと一息ついて、エプロンを外したレイラを横目に、私もふぅ、と息を吐く。
 ただいまを言う間も無く食材切りが始まったのは正直驚いたが、連れ去ったレイラは何一つ気にした様子なく大広間へと足を急がせている。私もそれにつられていせいせと水汲みを済ませて向かった。




 相変わらず、夕餉中の大広間は騒がしかった。遅くなったと足を早ませて、ずっと居たかのように畏れを解く。そのおかげで、目立つことなく席に着くことができた。やはりぬらりひょんとはこう言う妖怪らしい。便利になることもあるのだと、感心した。

「戻ってたのか」

 いただきます、と手を合わせてごはんを口に運んだ時、声をかけてきたのはイタクだった。そういえば、隣はイタクだったと思い出し、「うん」と頷いてみせる。

「どうだった」

 その言葉に、少し固まる。

 ────どうだった。
 どうだった、か……。そのまま箸を止めて、うーん、とひとなきした。
 どうだったも何もない、というのが正直な感想だ。私はただ父親の顔を見てきただけだったし、これからはもっと力をつけなければならないということを実感しただけのことだった。
 遠野から出て三日後ほどの出来事で、特に連絡に等しいものはなく、私はそれを考えてから、

「んー、上々かな」

 と適当に装った。
 イタクはそれに気づいたのか、よくわからない表情を見せてから「そうか」と呟き、漬物をかじった。



***



「今日から授業内容を増やす」

 そういったイタクは、私にぽいっと修行メニューの書かれた髪を投げつけてきた。いきなりどうしたと思いながらその修行メニューを確認すると、それはそれはすごくキツそうなものであった。

「うえっ」

 思わず声をあげた私に、イタクは眉をひそめた。

「前から考えていたものだ。これくらいやんねえと、お前はそれ以上強くなんねぇ」

 それは暗に、我慢しろと言っていることに私は気付いた。
 別段嫌なわけではないけれど、やはり体に鞭を打つしかないらしい。
 その会話を聞いていた淡島もきて、私の横に並んでからその髪を覗き込んできた。

「うげっ、まじかよイタク。お前鬼だな! 本当は鬼の血くらい入ってんじゃねえのか?」

 メニュー内容を見た淡島は青ざめてイタクを見る。私はそれに「うん、私もそう思う」と頷いた。
 イタクは機嫌の悪さが滲み出たように「チッ」と舌打ちをかます。それに私がビクリと肩を鳴らすと同時に、淡島は「やべっ」と言ってレイラたちの元へ逃げていく。

「あ、ずっこ!!」

 私がそう言ったのが聞こえたのか聞こえてないのか、淡島は普段は見せないようなやる気の満ちた顔を出している。いけ好かない。くそったれ。と心中で叫びながらイタクに向き直る。

「無理矢理やるのはよくねぇから、様子見てやっていく。お前の修行関連は俺が引き継いでっから、お前の管理は俺がする。安心しろ」

 そう言ったイタクの言葉に、私は酷く不安を覚えた。
 三日間の衰えはかなりきそうだと考えながら、増やされた修行内容を覚えて、イタクに挑むことになった。
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