山吹の散る頃に




 実験場に稽古の音が鳴り響く。それに同時してイタクの叫ぶ声も聞こえてきた。

「畏れを解くな。これでお前はいくつ命を落とすか分かんねぇぞ」

 イタクの鋭い鎌が、首元に光った。

 これで首を斬られれば、跡形もないだろう。それを思うと、身動きが出来なくなった。

「気を、付けます」

 そう言うと、イタクは鎌を下ろした。

「いやー、でも結構成長したよな! イタクのレラ・マキリをかわすなんて、そうそう新入りが出来るもんじゃねぇぞ!」

 淡島は鯉乙の首に腕を回し、嬉しそうにそう語る。

「そうでもないですよ……」

 と、薄くまた笑いながら、鯉乙は応える。

「離れろ、淡島。練習の邪魔だ」

「えー、ちょっとくれぇ休もうぜ」

「まだ畏れの発動さえままなってねぇんだ。そろそろ出来てもいい頃だろ」


 そう言ったイタクに、淡島は「まぁそうだけど」と言葉を濁す。

 畏れの発動は、妖怪にとっては本能でやるものだ。それであるのに、鯉乙はいつまで経っても畏れの発動が出来てはいない。

「でもよー、それにしたって、こいつの畏れ。いつも違ぇだろ? だから発動の時ごっちゃになってうまく出来ねぇんだろ」

 鯉乙はぬらりひょんの畏れと、山吹乙女の畏れのミックスである。
 発動の際、そのミックスがうまく発動出来ず、ある時は山吹乙女の、ある時はぬらりひょんの、と交互になってしまう。うまく発動できたとしても、その威力に体が耐えられず、吹っ飛んでしまう。

 そんな様子を見ていたイタクは、ふと「お前、なんの妖怪だ?」と質問してしまった。それに淡島も「俺も聞きたい!」と乗ってしまう。
 普通、遠野一家に加入する際、なんの妖怪かいうことが仕来りとなっているが、鯉乙は特殊で、自己紹介が出来ずに今に至ってしまっている。

「……いずれ、分かりますよ」

 鯉乙はそういうと、寂しそうな表情を浮かべた。その表情の中には、家族のことはあまり話しくない、という意味も込められていた。

 どうしても、亡き乙女を思い出してしまう。その度、鯉乙の胸はきつく締め付けられて、苦しい。

 イタクたちはそれを察したのか、それ以上はなにも聞かなかった。
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