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「ぉお…また死んだかと思った。」
「音無さんっ!」

僕の手を握ったまま、さっきとは違い意識のはっきりした口調で音無さんが言った。

「ん!?」

すぐ近くから聞こえた声に音無さんは驚いた様子でこちらを振り向く。
至近距離で動かれて、音無さんの髪が僕の額をくすぐる。

「あ…もう大丈夫ですか?」

出来る限りいつものようにと明るく努めて彼に声をかける。
幸い近すぎてお互いの顔は見えない。

「……。」
「…何か言って下さい?」

開いた口に音無さんの髪が入ってしまう。

「ぁああっ?わっ、わりぃ!」

驚いた様子の音無さんが握った手もそのままに両手をついて起き上がろうとする。

「んぅっ…。」

骨を押される軽い痛みに洩らしてしまった声に、音無さんが再び驚いて僕に謝罪する。
僕の手を捻った事を見て取って、払うように手を離した。

そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか…。

「ご、ごめんなっ。」

腰を浮かせようとして、音無さんのつま先が僕のふくらはぎに引っかかって

「うっ。」
「おわっ!?」
「だっせ。」

再び僕の上に倒れ込んできた。
愚民が何か言っているのを咎める事も出来ずに、僕はさっきの彼の態度のせいで悲しいのかまたもや感じる事の出来た彼の匂いで嬉しいのかよくわからなくなってしまっていた。
自分がどんな表情をしているのかわからなくて音無さんの首に隠れるように頭を沈めた。
音無さんが僕から逃げるように首をそらして

「ほんっとごめんなっ!」

と大きな声で謝って、彼の足の間にある僕の膝に手をついてゆっくりと、やっとの事で起き上がった。
その時になって音無さんと触れ合っている間中ずっと緊張していた事に気づく。
上半身を起こして身体の力を抜いて思わずため息をついた。

「ごめんなぁ、大丈夫だったか?どっか痛くないか?」

俯いたままの僕の顔を覗き込もうと身を屈めながら音無さんが優しく聞いてくれる。

「大丈夫ですよ!そんなに音無さんが謝らないで下さい!悪いのは全部あの無機物以下の愚民のせいなんですからっ!」

顔を上げて笑って見せる。
すると彼は面食らったような表情を見せた後、釣られたように笑ってくれた。

「そっか、良かった。」
「良くねえ!俺は有機物だっ!」

横から愚民が拳を振り上げて訴えている。

「まぁまぁ、日向。無機物以下って事は無機物ではないって事だ。つまり有機物だ。良かったな日向!」
「そっか、そうだな!良かったぁーって良くねえよ!!以下だぞ以下!!余計悪いだろうがよ!!」

ぽんと愚民の肩の上に手を置いて、音無さんが満面の笑顔を向ける。
それを払いのけ拳を握って奴が音無さんに詰め寄る。

そんな馬鹿に音無さんは笑顔を惜しげもなく疲労している。
僕には一瞬だけだったのに…。


所詮彼にとって僕はその程度なのだ。


床に転がっていた学生帽を拾い上げ埃を払う。

あの二人はもう違う話題で笑い合っている。
見せつけられているような気がした。

「どうかしてる…。」

被害妄想的だと自嘲してもやはり、この場にいる事が出来なくて僕は部屋を出た。










end




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