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抱きしめられたあの時の感触が忘れられない。

あの時泣いてしまった事を悔しくは思わない。
ただ愚民共に見られてしまったのは真に不本意であるが、音無さんに見られて恥ずかしいとは思わないし、むしろもっと自分を見て欲しいとさえ思うのに。

けれど彼は殆ど僕を見てくれなくて…
大方天使や他の奴らと話している。
そんな所なんて見ていたくないじゃないですか。

だから僕は頑張って彼に話しかける。
あれやこれやと考えて、彼に告げるのだけれど
あまり功を成したことはない。

中身のない相槌でかわされてしまう。
ひどい時なんかは何も言ってもらえない。
こっちを見てももらえない。


さっきから日向とかいう奴と楽しそうに会話をしている音無さんから視線を外して、学生帽を目深くかぶり直して目を閉じる。
腕を組んで机の上に投げ出すように足を組んで。
腕を組むのは拒絶の現れだとかなんだとかどこかで聞いたような気がするけれど。
それは生きていた時だったかどうかも忘れた。

そんな事はどうでも良くて
…こうすれば何も見えない。
見なくていい。
他の奴に笑いかける音無さんを見ないで済む。

眠っている振りをしながら、音無さんの声に耳を傾けていた。
その言葉が全て自分に向けられた物だったら?
僕だったらどうやって返事をしようか?


「ぐぁああっ!」
「わっ!」

いきなり身体に衝撃が来た。
その衝撃で学生帽が床に落ちる。
しばらく暗闇にさらしていたため、目に入る明かりが眩しい。
それに鳩尾を圧迫されて苦しい。

「あ、わり。」

全然悪そうだと思っているようには思えない。

「ん、音無さんっ?」

僕の身体の上には音無さんが仰向けに倒れていて、「うう…。」と呻きながら頭を押さえている。

「音無さんっ!大丈夫ですか!?」
「ぁあ…大丈夫だ…。」

頭を押さえていた右手を投げ出すように外にやる。
音無さんはどういう態勢かまだ把握していないのだろう。
放り投げた右腕は僕の頭に乗せられる。
さらに僕の足の間に音無さんの右足が入っているものだから動きにくい。
僕は音無さんの右手を彼の身体に沿うように降ろして彼の肩に顎を乗せるようにして顔を出した。

「音無さん、しっかりして下さい!頭を打ったんですか?」

後ろから手を出して彼の肩を軽く叩く。

「ぁあ…平気だ、平気だから。」

言いながら彼が肩を叩く僕の手を彼の僕のより大きいそれで握りこんだ。

「お、音無さん…。」

彼に他意はない。
そんな事わかりきっている。
それでも不意に与えられた暖かさに思わず身体に力が入る。

「音無すまーん、顎に入れるつもりはなかったんだぁ。」

それを聞いて音無さんがこうなった原因がわかり、それと同時に我に返る。

「貴様っ!クズの分際で音無さんに何をした!?」
「別になんもしてねーよ。たまたま顎に入ったからちょっとぐわんぐわんしてるだけだって。んな心配すんなっ。」

そんな事はわかっている。
じゃれあっていてこの馬鹿が音無さんの顎に頭突きだか拳だかをヒットさせてしまったため、頭が揺れているのだろう。
少しすればそれも収まる。
それを僕が分からないとでも思っているのだろうか。
流石は愚民といった所だ。

「うるさいっ!音無さんに謝れ!土下座しろ!」
「はははっ。お前こそ大丈夫かぁ?立てるかぁ?」

確かにこの馬鹿から見れば音無さんの肩から顔を一生懸命出している様は、金魚が水面で呼吸をしている図にも見えてまぬけだろう。

「だ、黙れっ!」
「はいはーい。黙りまーす。」

声が上擦っているのは怒っているからだ。
顔が熱いのは無様な所を見られて恥ずかしいからだ。
心臓がやかましいのは怒っているからだ。

決して音無さんの体温を感じているからじゃないっ。



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