入れた時は全部入るだろうと思っていたが、かなりの長さの尻尾が入っていた物だ……。 「ぅうっ……」 「直井……」 「…………」 失神したのか? 顔を隠している手を取ると、目を閉じている。 「おい、大丈夫か?」 「……んっ」 頬をピタピタと叩くと、睫毛がふるふるっと震えてから目が開かれる。 「あ……音無さん……」 寝て……いたんじゃないよな? 目は赤くなっていて目尻が腫れている。 今はもう泣いていないようだが、濡れた頬やこめかみを見ればどれだけ泣いたか一目瞭然だ。 「大丈夫か?」 「……はい」 ほっと息を吐いたのも束の間、でも……言葉が続けられた。 「まだ……入ってる感じがして……」 「え……」 下腹部を押さえて、気怠げな表情で言う。 「ご、ごめんな。無理させて……」 「いえ……僕が望んだ事ですし……」 そうは言っても好き勝手したのは俺だろう。 「あの……」 「ん?」 「ちゅう……もう一回してくれませんか?」 それは全然構わないが……ちゅうとな。 ああ、やっぱり直井は可愛い。 高校生にもなってキスじゃなくちゅうとか素で言っちゃう直井が可愛い。 「何回でもいいぞ……」 「んっ……ふっ……」 啄む様な優しいキスを何個か落とした後、顔を上げれば幸せそうに笑う直井がいた。 「シャワー浴びるか?」 「ん……音無さん先に入って下さい……」 一緒に入らないか?という意味で聞いたのだが、もう少し休みたいんだろうな。 「僕……もうダメです……」 「はっ?」 言い終わるなりふっと糸が切れたように首がこてんと横になり、目を閉じた。 「直井……?」 「んぅ……」 眠ったのか……。 また気を失ったのかと思った。 シーツぐらい変えてやりたかったがもう眠ってしまっている。 俺は仕方なく直井に布団を被せた。 頬や目元を見ると泣き疲れて眠っているようだが、その表情に悲痛な様子は無い。 乱れた髪を少しだけ整えてやって俺は浴室に向かった。 鏡で見るとすごいな。 背中にはさも激しいセックスをしました。と主張するかのような傷が何本もある。 最中は気にならなかったがいざ見てしまうと少し痛い。 これは直井と一緒に風呂に入らなくて良かったかもな。 何度も謝る姿が目に浮かぶ。 =================== その夜、猫耳尻尾が消えない!という事件が起きたがなんとか二日後には事無きを得た。 その間直井が自分の部屋から出て来ない物だから、日向なんかは本気で心配をしていた。 「ご飯を運ぶ」との申し出は丁寧に断って、直井は申し訳なさそうにしていたが俺が部屋まで持って行った。 まぁ俺が部屋から一歩も出ないでくれ。と言ったんだがな。 それにその期間は直井の日向への怒りを沈めてくれてもいた。 だが自分で消せる算段があったんじゃなかったのか。 どうやら俺に見て欲しいという気持ちだけで動いていたので、消す時の事まで考えていなかったそうだ。 そこまで想われて嬉しい事は嬉しいがもう少し後先考えろと。 その胸中をやんわりと伝えると「はいっ、分かりました!」と清々しいくらい良い返事をくれたのにコレはどういう事だろうな。 「音無さんっ!今度は白のロングにしてみました!!」 「はぁ……」 そう、直井の言葉通りに猫の真っ白でふわっと長い被毛で飾られた猫耳猫尻尾が生えていたのだ。 その口に牙は無い。 キスの邪魔になるからな。 ってそうじゃねーだろ。 バカかお前は、可愛いけど……。 「どうですか?」 「どうって……」 可愛いよ。 なんて皆の前で言えと。 以前に直井がエロい声を上げて泣いてしまった事件があるので、誰一人触ろうとはしていない。 それどころか距離さえ置かれているので、俺に逃げ場は無い。 「ダメ……ですか……?」 ゆらりと瞳が揺れる。 ああ……やっぱり可愛い。 「ダメでは無いんじゃないか……?」 いや、ダメだろう。 何を言っているんだ。 「そうですか!?良かったです!!」 何が? 「お前……」 日向が机を挟んだ安全圏で呆れたような声を出す。 「なんだ貴様?神は敬えと言っただろう?お前と言うのは僕の事か!?」 「いや、違う違う。神!神様!!」 必死だな……。 「ふふん……」 何故か直井はご機嫌だ。 「お前には特別に触らせてやってもいいぞ」 「え……」 なんだって!? 俺の方は向いていないし、今のは日向に言った物だよな? 日向も少し驚いている。 「何だ、触らないのか?触りたくないなら別に良い」 テーブルに腕を突いて身を乗り出して直井が迫る。 「……いや……触る…………」 何でだよ。 何で日向に触らせようとしているんだよ。 だがここで取り乱してはただでさえ俺とこいつの関係を疑っている者もいるのに、その疑惑を確定づけてしまうのではないか? あの日起きる気配の無い直井を部屋に置いて、直井の帽子を取りに校長室に戻った。 他の戦線メンバーはオペレーションに行って部屋にいなかったが、日向はその帽子を持って待っていたのだ。 帽子を受け取ったさいに、安心させようと日向にあれやこれや言っていたのだがなんとかそれは成功した。 だが「ありがとう!心の友よぉっ!!」と背中をバッチーンと叩かれた。 傷が痛み言葉を失う俺を見て、日向のくせに『背中に傷があるのか?→そういえば慰めるにしては時間が経ちすぎでは→そもそもあのエロい猫耳と尻尾→そういやお前シャワー浴びたばっか?→もしや……』という図式を思い浮かべたようで、もはや黒に限りなく近い灰色の疑惑を持たれているのだ。 そんな事を考えているうちに日向の手が直井の猫耳に伸びる。 「お……や、柔らかい」 「本物みたいだろ?恐れ入ったか!?これが神の所業だ!!」 あれ?どうやら大丈夫みたいだ。 そうか、直井もそこまでバカじゃなかったという事だな。 それさえ分かれば、なんとも微笑ましい光景だ。 バカ同士仲良くしているのを見るのは面白いな。 直井には可愛さがプラスされるけどな。 危険が無いと思ったのか他の戦線メンバーも直井に寄って行って直井の耳やら尻尾を触っている。 「次は猫以外にすれば?」 なんてゆりはまた余計な事を直井に吹き込んでいる。 最初は腕を組んで仁王立ちで佇んでいたのだが、如何せん皆思い思いにもみくちゃに触るため、直井が少しイラついて来た。 また催眠術だなんだと揉め事を起こす前に止めさせるか。 「ゆり、今日のオペレーションは何だ?直井、お前俺を笑わせるのはいい加減にしろ」 言いながら直井の首根っこを引っ掴んで人の団子の中から引き出す。 よろめいて俺の胸にぶつかった拍子に白いふわふわの猫耳が俺の顔にペチンの当たった。 それだけで……。 「はぁんっ……!」 「…………」 静まり返るこの空気にはなんとなく覚えがある。 「あ、お、音無さんはまだ触っちゃダメなんですぅううう!!!!」 顔を真っ赤に染め、以前の失敗は繰り返さないとでも言いたいのか、帽子は忘れずに握り締めながら直井は校長室を走り去った。 可愛いな……。 だが嘘だろう……? ヒソヒソと後ろでは何やら話はしているようだが、聞きたくない。 どうせコレとかコレとかコレの話なのだ。 「音無くん……追いかけないの?」 「お、お、俺が?」 「お前しかいねーだろ?」 「そうだな、ちょっと取っ捕まえて来るよ……」 人の良い笑みを浮かべてじゃあ、と手を振って校長室から出る。 「ほどほどになぁ〜!」 ああ……もうバレたな……。 日向の聞きたくない言葉を背中で受け止めて俺は走り出した。 傷は治ったはずなのにその言葉がチクチクと背中に刺さる。 「なおいぃぃいいぃいいっぃいいいい!!!!」 直井を捕まえてからどうするとは考えていないがそれは捕まえてからにしよう。 俺は無我夢中で走った。 end back |