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「あいつにはきつく言っとくよ……でもちゃんと反省していたと思うぞ?」
「それは、わかりますっ……ただ、あんな奴に触られて、僕っ、僕はっ……」

口を開くと我慢が出来ないのだろうか、再び嗚咽混じりの声になる。
落ち着いて欲しくて宥めるように背中をさすってやる。

「あんな風にっ、僕っ……悔しいんですっ……」
「うん……」

つまり日向に触られて感じてしまいそれが悔しいと、そういう事か。
日向め……むかつくな……。

「音無さんのっ……目の前で……」
「俺が早く日向を止めていれば良かったな、悪かっ」
「音無さんは悪くありませんっ!」

俺の言葉を遮って直井が迫ってくる。
思わず身を引くと、直井も身を乗り出した事に気付きおずおずと元の位置に座り直す。

「あいつが悪いんです、僕の耳を触るからっ……」
「……そういやさ……その耳もそうなんだけど……お前最近どうしたんだ?」

ギリギリと奥歯を噛み、怒りを抑えている直井に俺はようやく当初の疑問をぶつけられた。
ここ数日悩みに悩んだ疑問だ。

「え?そ……それは……」

ピンと猫耳を立たせて驚いたと思ったら、またもその猫耳が垂れ下がってしまう。

「それはですねっ……あの……」

慌てているが、涙は引っ込んだようだ。
ペットボトルの蓋を大振りな仕草で開けながら、言葉を探しているようだ。

「それは?」
「……途中で止めちゃったじないですか」

え、何を。

俺がわからず眉をしかめれば直井の垂れていた猫耳がさらに下げられてペタンとなる。
水を一口飲んで、意を決したように息を漏らす。

「あ、あの日ですよっ!僕に、その……あんな風になったのに……途中で止めちゃったじゃないですかっ!?だから何がダメだったのかなって、何か足りないんじゃないかなって……僕がっ、女の子じゃないから、なのかなって……」

「え……」

直井がその日を思い出し恥ずかしさを隠すようにばぁあっとまくしたてたかと思ったら、だんだんと声が尻窄みになっていき最後の方はなんとか聞こえる程度になっていた。
俺の方はというと呆気にとられて、直井を見つめていた。

「どうすれば貴方が……その、貴方の好みがわからないから色々試してみたんですけど……すみませんでした……」

直井の手の中のペットボトルがペコッと凹む。

まさか今までの出来事の、そんな所に理由があったとは思わなかった。
けれど確かにそう考えれば直井の奇行にも納得がいく。
むしろなぜその考えに至らなかったのか不思議なくらいだ。
けれど俺は、直井の格好や立ち振る舞いに心乱されていて、とても正常な考えが持てなかったんだ。

「なんで謝るんだよ」
「……ご迷惑をおかけしてしまったので」

なるほどな、そう思っていたのか。
こいつの謙虚さはどうにかならないものかね。

「そんな事思ってねーよ、俺だってしたかったけど……その、我慢してだな……」

直井の目が見開かれ、俺に続きを促すように見つめられる。
猫耳もピっと立って俺の次の言葉を一言一句聞き逃すまいとこっちに向けられていた。
なんとなく照れくさくて、俺は目を伏せてしまう。

「お前が嫌がると思ったんだよ……」

まるでお前を大切にしていたんだって言っているようなものじゃないか、恥ずかしい。
けれど直井の目がどうしても知りたそうにしていたから言わざるを得なかった。

「ぼ、僕は……音無さんが望む事ならどんな事だって……」

またこいつは人の気も知らずに凄い事を言うもんだ。

「そう言ってるけどな、お前すっごいビビってたじゃないか」
「そ、そんな事ないです!ただびっくりしただけでっ……」

呆れて言えばあわあわと弁解をするけど、本当かどうか疑わしい。

「ホントかよ、怖がってたようにしか見えなかったぞ」
「……ちょっとは…怖かったかもしれませんが…それはいきなりで驚いたからですっ!」

だからそれがビビってるっていうんだよ。
そこまで言って責めるような事はしなかったがまぁいいだろう。
いきなり犯っていたらもっと怖がっていただろう、少し言葉が足りなかったかもしれないが、あの時の我慢は無駄じゃなかったと思う。

「そっか、心配させて悪かったな」

慌てながら必死で言い訳する姿は、直井が日向に催眠術をかけ俺が叱った時の反応のようで、つい顔が綻んでしまう。

「そんな……謝らないで下さいよ……」

顔を赤らめながら直井が言う。
ぁあやっぱり可愛い。

こいつが泣いている理由も今までの行いの理由も分かりほっとしたら、やはり以前のように直井の全てが可愛く見えてきた。
それにしてもやはり猫耳の破壊力はすごいな。

安心した俺はどさりとベットに身体を倒す。
横並びに座っているため、尻から上しかベットに乗せる事はできないがそれでもリラックスできる。
俺が横になったため、直井が身体を捻ってこちらを見下ろす。

「ところでソレはどうやったんだ……?」

目線を猫耳に合わせれば、コレですか?と言って自分で猫耳を触り、んっと息をつく。
自分で触って感じてんじゃねーよ……。

「えっとですね、この世界で物を作る時の原理はご存知ですか?」
「ぁあ……」

そういえば以前に聞いた事があるな。
命ある物でなければ土塊からでも、その物の構造を理解していれば作れるんだっけか。
頑張れば無からも作れるらしいけれどまさかそれで作ったのか。

「けどネコミミの造りなんてどうやって…」
「聞けるようにするのとか神経とかは全部自分の物に繋げただけなんです。一応猫の本とか人間の解剖図鑑とかは図書室で見たんですけど、一から創り上げるような事はしていません。」
「へぇ……尻尾も?」

言うと直井は尻を浮かせて足の間にしまっていた尻尾をしゅるりと出してひらひらと動かして見せた。

「尻尾もです」
「そうか……」

だが一つ腑に落ちない事がある。

「それがなんで性感帯になってんだよ……」
「なっ、せいかっ」
「そうじゃねーか」

日向に触られて喘いでいたくせに。
思い出したら腹立たしくなってきた。
謝っていたし許そうと思っていたのだが、一発ぐらい殴ってやってもいいかもな。

「僕にもわからないんです……ただ音無さんの事を考えながらしてたから……」
「は……?」

なんだソレは、可愛い言い訳をしてくれるじゃないか。
フイと身体ごと正面に向き直ってしまい表情は見えないけれど、人間の方の耳が真っ赤だから用意に想像できた。
天井に視線を移す。
けれど俺だって余裕があるわけじゃない。
そんな事を言われて俺だって恥ずかしいし、思わずにやけそうになって口元を手で隠した。

「日向に触られるまで知らなかったのか?」
「いえ……わかっていましたが、早く音無さんに見て頂きたくて……そればっかり考えていて……」

ぁあ可愛いな、喋ってる途中らしいが押し倒してもいいかな。

「軽率でした……すみません……」
「謝るなって言ってるだろ、怒って聞いてるんじゃないからさ」

しゅんと落とした肩に言ってやればはいと返事をする。
相変わらず俺には素直だな。
けれど直井の中ではまだ納得言っていないのかもしれない。
耳が垂れ下がっていて、その小さな背中にはどこか哀愁が漂っている。




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