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「ひぁあんっ」
「「!?」」

今とんでもない声を上げたのは誰だ……?
まさか直井?
ゆりが直井からバッと手を離し小さなバンザイを作った。
大山なんかは顔を赤くしているし、他の奴らはいや、俺じゃないんで。と言った風に離れて行く。
これは幻聴でも聞き間違えでもないようだ。

だが引っ掻かれ、危うく手を喰い千切られかけた日向はまだ物足りないようだ。
一瞬怯んだものの、直井をしっかり捕らえたまま不敵な笑みを浮かべた。

「なぁんだよ言ってくれよ〜、生徒会副会長で猫になっちゃった直井文人様はお耳が弱点なんですか?」
「やめっ、やだっ」

嫌がる直井の拘束をきつくして、頭が動かないようにする。
ゆりは触りはしないけれど、止める事もせずジッと見ていた。

「お、おい…日向」

「ふあっ、あ、やめろっ、おっ、おとなっ、おろかっ、ものぉっ」

フーと息を吹きかけられて、直井の顔が赤く染まり、猫耳がへちょんと倒れていた。
日向が、丸い頭に沿わせるようにしていたネコミミの下に歯をひっかけてそのままパクリと咥えた。

「やだぁああっ」

「日向っ!もうやめろっ!」

やりすぎだ。

俺の声にゆりもハッとなる。

「そ、そうよ、そのへんにしてあげなさいっ!」
「なんだよ…ゆりっぺまで……」

ゆりに言われて直井を開放すると、直井の膝がガクンを崩れ落ちる。

「お、おい」

日向が慌てて直井に合わせてしゃがみ込んだ。
俺もゆりの横から失礼して直井にかけよる。

ゆりは俺がいればいいと思ったのか少し下がって場所を開けてくれた。

「おーい……」
「直井?大丈夫か?」

肩を叩くとゆっくり顔が上げられる。
直井の目には涙がいっぱいに溜められていて、ぱちんと瞬きをした瞬間に両目から一粒づつ零れた。
すぐにまたぶわっと涙が溢れてきたがぎゅっと唇を咬んで耐えようとしている。

「ご、ごめん……ごめんな?」

日向にしてみればちょっとからかったつもりなのだろう、後ろから首をロックしていたから顔も見えていなかったし予想外の展開にまだ癒えてない傷のある手を気にもとめないで床について直井の様子を伺っている。

日向にそうされるのが嫌なのか、直井が再び俯いた。
その拍子にまた床に涙が落ちた。

「悪かった、もうしねーよ」

日向が真剣な声音で謝りながら直井の背中を撫でた。
直井はその手を部屋中に響くような音がする程強く叩いて、俺の手をもパシっと払いのけた。

「ぁ…ごめんなさいっ……あの、うっ」

ハッとした直井が俺に向かって顔を上げ、小さな声で呟いてから袖でぐいっと涙を拭い勢い良く駈け出して出口に体当たりでもするように出て行った。

手を取って逃がさない事も出来たがそうはしなかった。
直井が見世物になっているように感じられて、日向達の目に触れさせたくなかったからだ。

「おいっ、お前っ……」

日向がつられて立ち上がり追いかけようとするのをゆりが制しているのを、締まっていく扉の外からチラリと見えた。





「直井っ!」

走る背中に呼びかけても、走るスピードを落とさない。
けれどもその距離は縮まって、下り階段で捕まえる事も出来たがまだ人が多すぎる。
NPC相手でも注目を浴びるのはさけたかった。

男子寮の廊下に入った瞬間に手を伸ばして直井の腕を鷲掴む。
ビクっと震え直井は怯んだけれど、ここだって誰が来るかわからない。
立ち止まった直井を引きずるように走りだし、直井の部屋ではなくここからいくらか近い自分の部屋の方向に走りだした。
直井もべそをかきながらも、俺について来ていた。

俺の部屋に到着し、扉を開けても中に入ろうとはせずにぐすぐす泣いている。
やはり俺に触られたくはなかったのだろうか、あの日の事が思い出されて怖いんだろう。
けれど廊下ではいつ誰が通って見られるかもわからない。
背中を押して促せば、案外逆らいもせずに部屋に入ってくれた。
俺もその後ろから部屋に入り施錠する。

直井はずるずると壁を背にしゃがみ込み、自分の膝の間に顔を隠してしまった。
それに合わせて俺も直井の正面に屈んだ。

直井が泣きながら何か言っているようにも聞こえるが、膝を抱え込むようにしているし滑舌もはっきりしていないので何を言っているのか分からなかった。

「直井……こっち向いてくれよ、頼むから……」

肩に手を乗せながらそう言えばほんの少しだけ顔を上げてくれた。
猫耳は相変わらずぺったりと頭に這うように後ろに倒されている。

「お前最近おかしいぞ、何があったんだ…?」
「何がって、あ、貴方がっ」

肩を震わせて泣いている。
やはりそうか、俺相手だから逆らえなかったけれど本当は嫌だったのか……。

「……もうしないから……安心していいよ」
「違うっ、そんなんじゃっ、そんなんじゃないですっ……僕はっ……」

ぽろぽろ涙を零しながらも、必死に直井が俺に答えようとしてくれている。

「違うのか?それじゃあとりあえず泣き止め、話はそれからにしよう」

コクンと頷くのを見て、直井の手を取って、ベットに座らせた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して手渡し隣に腰掛ける。
今はまだ飲める状態ではないど、背中を撫でてやればそのうち落ち着くだろう。
興奮したからだろうか、少し体温が高い気がする。
ゆっくり撫でていたら、段々としゃくりあげる声は止んで、呼吸も幾分落ち着いて来たようだ。
尻尾は相変わらず尻の下から足の間を通って、直井の腹の部分にしまわれているが。

「ごめんなさい……お見苦しい所をお見せしてしまって……」
「いや、そんな事気にしてないけど」

泣き疲れたのかまだぼんやりとした様子で直井が言った。
睫毛に涙が飾りのようについていて、不謹慎だが綺麗だと思う。

「…………」
「…………」

しばし沈黙。

「……ぅうっ」
「お、おい。どうしたんだよ」

再び直井が泣き出してしまった。
せっかく泣き止んだのに、どうしてしまったんだろう。

「あんな奴にっ……」

あんな奴?
俺は自分がしてしまった事に対して罪悪感はあるし、直井も俺なんかにイかされたのは嫌々だったのだろうと思っていたが、そういえば今回直井を泣かせた発端は日向だったと思い浮かぶ。

「日向の事か…?」
「ぅっ、くぅっ」

直井がコクリと頷いてから、泣くのを我慢するように下唇を噛み締める。



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