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どんなに頑張ってもこの思いは届かない。
彼はとても魅力的だし、とても優しい。
愚民なんかにも気をかけられていて、ちょっとばかり優しすぎやしませんか?と思う事もしばしばだ。

そんな彼を僕は好きになってしまった。

あの日から僕は彼に絶対的な信頼を覚えて、僕は神だというのに彼に対しては神聖視している。
神に神聖視される存在といったら主神オーディンを連想させるけれど。
でも彼はあまり戦を好まないようだ。

本当に優しい人なんだ。

そんな彼だからもちろん皆に人気で、僕と話しててもすぐ横から洗濯バサミにも劣る愚民に横槍を入れられる。
そうされれば僕だって腹が立つ。
彼とせっかく話していたのに……。

僕が馬鹿を黙らせようとすると、彼は必ず僕を止めて彼をかばう。

どうやら催眠術が嫌いなようだ。
そう思いたい。
僕より彼を優先しているなんて思いたくない。

ただ彼が優しいだけだから力の弱い方をかばっているだけだ。


その優しさは天使にさえ心を開かせる。
言葉数が少なくて、無愛想な彼女を彼が釣りに連れて来た時には驚いた。

そういえば天使を僕が閉じ込めるきっかけが欲しくって二人の行動を観察させた事がある。
その時も二人一緒にいて、とても中がよさそうだったとか。

現に僕が彼らの元に行った時も、二人で楽しそうに食事をしていた。

SSSとかいうグループのリーダーとも仲が良さそうだし…。


そんな彼を僕が好きになったって彼が僕を選んでくれるはずが無い。
彼には僕を選ぶ道理がないんだ。

けれどそんなの耐えられない。
彼の中の一番になりたかった。

難しいけれど簡単な事だ。
最後の手段だけれど。
彼が厭う事だけれど。

もちろん葛藤はある。

もしもバレてしまったら?
怒ってしまう。
嫌わられてしまう。
今まで以上に喋ってくれない?
いや、そんな物で済まないだろう。

彼が嫌いだと知っていて、彼の心を知っていて、その上で彼を裏切るのだから。

死ぬことの出来ないこの世界でそれが訪れる事の恐怖。
それはわかっているけれど、頭の隅に追いやった。

ここまで来たんだ。
まだ引き返せる?
引き返した所でまた焦心する日々を送る事は目に見えている。
繰り返すだけだ。
そんな心を隠してたってどうせどこかでガタがくる。
どちらにしろ彼を騙している事実には変りないのだ。

それならば。

僕は音無さんの部屋のドアをノックした。

ほんの少しの間で扉が開いた。

「よっ、入れよ」
「はい、お邪魔します」

彼は僕が部屋に入れてから扉を閉めた。
カチャリと錠の落ちる音。

僕にとってそれは裁判官によって判決を下される時の木槌の音のように思えた。

「そこに座ってくれ」

音無さんが顎でしゃくってベットを指す。
失礼します。と言ってそこの腰をかけるがどうにも落ち着かない。
ここには一度来た事がある。

前に来た時は偶然彼の部屋の前を通った時にいるかな。と思って扉を叩いた。
しばらくして彼が出てきて僕の顔を見て眉をしかめていた。
けれど部屋に入れてくれて、たわいない話を少しして僕はそれでも満足して部屋に戻った。

「ほれっ」
「あっ、とと」

声と共に缶コーヒーが投げられた。
いきなりの事で取りこぼしそうになったがなんとかキャッチする。

「ありがとうございます」
「お前それ好きだろ?俺も好きなんだよ」

小型な冷蔵庫の扉を足で閉めながら彼が笑う。
僕も嬉しくなって微笑みかえす。

僕の事を見ていてくれたんだろうか。
偶然でも嬉しかった。
僕はどちらかと言えばお茶の方が好きだ。
けれどいつからか、彼がいつも飲んでいるのを見て同じものを飲むようになった。

彼がデスクから椅子を引いて、背もたれを抱くようにして椅子を跨ぐ。
缶を開けて彼が一口飲んだ。

「んで、何悩んでるんだ?」

前もって相談があると彼には言っておいた。
もちろんそれは彼の部屋に入る為の口実であって、実際に相談事があるわけじゃない。
悩みはあるけれど、それを悩みの種である音無さんに言うのはどうなのか。

「貴方の事が好きなんです。どうすればいいですか?」
なんて聞いたらマヌケにも程がある。

「その…ですね…」

間を保たせようと缶コーヒーに手をかける。
カシカシと爪でプルトップを引っ掻くが開いてくれない。
音無さんに変に思われないようにと焦れば焦る程上手くいかなくて、思った以上に僕は緊張していたようだ。
こころなしか手指が震えている気がした。

カタンと彼が椅子ごと寄ってきたと思ったら、缶コーヒーを奪われる。
変わりに音無さんが飲んでいた物を渡された。

「あ、ありがとうございます」

両手で受け取り僕は礼を言って口をつける。

「あ」

もう一つの缶が開く音と共に音無さんが声を上げた。
そこで気づく。

彼は僕の缶コーヒーを開けてくれようとしていたのだ。
何故わからなかったのかわからない。

「あ、えっと、あのっ」
「オイオイ、落ち着けよ」

ろくな言葉が出てこない僕に柔らかい口調で言って笑う。

「時間はまだあるんだからさ、な?」
「音無さん…」

罪悪感。
僕がひどい謀(はかりごと)を巡らせているのに。
彼はこんなにも…

缶を握る手に力がこもった。
そしてコーヒーを一気に呷(あお)って、缶をベッドサイドに置く

迷っていても仕方がない。
もう決めた事だ。

ふっと息を吐き立ち上がる。

僕が立った事で音無さんも視線を上げた。
悩み事を打ち明けると思ったのだろう。
彼の表情が真剣味を帯びた物に変わった。



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