艦長さんのお部屋 | ナノ

おすわり放談

*本作は、以前鈴宮さまにさしあげた「おすわり放談」のその後の話です。前作
を読まなくても一向に差し支えありません。




 時渡りの巫女かごめが仲間たちと妖怪奈落を倒し、四魂の玉を浄化消滅させた三年後。再び戦国の世に戻ってきて活気づいた楓の村では、年の瀬も押し迫っていた。秋の収穫時期も終わり厳寒の冬がきて、年貢を漸く納めて、贅沢をしなければ村民が充分冬をこせる糧を得た村では、地力を蓄え来年の実りに備えるため大地にお礼肥を与える時期に入った。生き延びるのに必死な村の多いご時世にあって、豊かとは程遠いがそれなりに正月を迎えることのできる楓の村では、枯葉を掻き出して鋤きこみ忙しく働く百姓たちの顔にゆとりがあり、交わす笑顔があった。

 村外れに広がる畑の一角では、日課となる農作業に励む二人の老人が、疲れた
手を休めていつものおしゃべりに花を咲かせていた。


喜助「よぉ田吾作、年の瀬の畑仕事、今年は特に精が出るのぉ」

田吾作「お互いになぁ。色々あったが、ええ年じゃった」

喜助「ところで、おまえかごめさま見なんだか?」

田吾作「……なんじゃ、やぶからぼうに」

喜助「いや、犬夜叉のやつに聞かれてな。今日はお社の用や御払いの依頼もないのにまだ帰ってこんと、いらついておった」

田吾作「まだ昼過ぎだぞ。相変わらず心配性な奴じゃ」

喜助「ははは。かごめさまがあやつと所帯をもたれて初めての正月、準備とか色々あるじゃろうし、どこかで山菜採りや薬草摘みじゃねーのかって言ったら、やっぱりそうかって山ん方へ跳んで行った。きっと恋女房の匂いめざして山中探しまわっとるぞ」

田吾作「……」

喜助「どうした田吾作。いつもよりえらく無口じゃのう」

田吾作「…喜助どん、これから話すことは、他の者特に犬夜叉には口外無用で、聞いてくれるかの」

喜助「ほ?むろん内緒にするが、いったいあらたまってどうしたんじゃ」

田吾作「昨日、かごめさまがここを通りがかられてな。一人で休憩しとったわしに話かけてくださって、あれこれお尋ねになったんじゃ」

喜助「ほほう。それで」

田吾作「お前、自分が生まれた日付って知っとるか?」

喜助「わしは、お前と同じ巳年生まれなのは知っとろう」

田吾作「いや、年じゃなくてな。一年の中の何の月の何の日に生まれたかってことじゃ」

喜助「そんな細かいこと、親にも聞いたことないぞ。冬の寒い時期だとしか知らんな。日々の日付は楓様に聞かんとわしらにはわからんし。だいたいそんなこと知ってどうする」

田吾作「なんでもかごめさまの生国では、生まれた日付とやらを記憶して、その日に毎年家族で祝うそうじゃ」

喜助「ほほう。それはまた変わった慣わしじゃのう」

田吾作「それを犬夜叉に祝ってやりたいと仰せなんじゃが、本人に聞いても知らぬ存ぜぬの一点ばりだとか」

喜助「それは仕方なかろう。わしらでも知らん上に、あやつは半妖で、わしらよりはるかに長い歳を重ねておる。生まれた日付など知りようもなかろう」

田吾作「だがかごめさまが、あまりに真剣に困っておられたのでな。のみ妖怪さまにお聞きになられてはと、ゆうてしもうてのぉ」

喜助「おぉ、そうじゃ。その手があったか。冥加さまなら犬夜叉の先代の父君から仕えておる知恵者。犬夜叉が生まれた日のこと覚えておられるかもしれぬな。なるほど」

田吾作「それでかごめさまは大急ぎで村を出なさったと言うわけじゃ。くれぐれも、特に犬夜叉には他言無用と言い捨てられてな」

喜助「ふむ。それなら遅くとも夕刻前にはお戻りじゃな。だがそれ犬夜叉には言うわけにいかんな。あやつには悪いが」

田吾作「気の良いやつじゃが、かごめさまの言いつけを破るわけにいかんしな…」

喜助「ふむむむむ……」

犬夜叉「なんだ。かごめは、刀々斎のところか?」

田吾作&喜助「うわっ!!い、犬夜叉?!!」

 木陰で内緒話をしていた二人の老人の前に、いきなり降ってわいたように現れて声をかけてきた主は、誰あろう犬夜叉だった。うわさをすれば影が差す。地獄耳を持ち、気配を消すことなど雑作も無い犬夜叉の闖入に、老人たちは慌てふためいた。
 彼らを横目に犬夜叉は一人で眉間に皺よせて渋い顔つきだったが、内心では安堵していた。刀々斎の住みかはそう遠くないし安全である。用事がすめば空飛ぶ牛妖怪に乗って帰ってくるだろう。愛妻の行方をつかんで当面待つだけと判断したまだ若い夫は、ここぞとばかりに愚痴を吐きはじめた。
 一方彼に内緒のうわさ話をしていた老人たちは、それを怒る風でもなく、いつものように気さくに話しかけてくる目の前の犬夜叉に、驚いて固まっていた身体をゆるゆると解いて、経験不足の新米夫の愚痴話に耳を傾けていった。

犬夜叉「あいつが何考えてるか、さっぱりわからねー。料理だ洗濯だ掃除だ仕事だって、目まぐるしく働きすぎだっての。ちったー休めって言っても聞きゃしねーし、にこにこ笑ってると思えば真剣に俺の生まれた日がどうとか考え込んでよ。なんでそんなことが気になるんだ。俺、なんかしたかって聞いても違うって言うだけで。ほんと、わからねー」

田吾作「かごめさまは、ご自分の生国の慣わし通りに、おまえを祝ってやりたいとお考えなのだよ」

喜助「んだんだ。おまえのことを一番に考えておられる。わからねーって苦虫かんだ顔せずに、喜ぶべきじゃ。バチがあたるぞ」

犬夜叉「祝う?おれのこと、考えてる?そうなのか?もうすぐ正月がくるぞ?」

田吾作「だから、皆が祝うのとは別に、おまえさんのことを祝ってやりたいと。ほんにお優しい方じゃのう」

喜助「かごめさまのお心遣いじゃ。ちゃんと祝ってもらえ。素直に喜んで、嬉しいって言うんじゃ犬夜叉」

犬夜叉「お、おう。わかった」

 照れくさそうにはにかむ犬夜叉が急に頭を遠く望む山並みに向けたと思うと、二人の前でしゃがみこんでいた態勢からやおら立ち上がり、「かごめだ!」と叫んで走り去っていった。
 老人たちはあっけにとられて、彼の走っていった先を見ると、山を越えて村を目指してくる空飛ぶ牛妖怪の姿がぽつんと見えてきた。かごめを見つけるといつも風の如く駆け寄っていく犬夜叉に苦笑しながら、いつもの口癖をつぶやく。

田吾作「まったく、あやつは」

喜助&田吾作「「かごめ様の犬じゃのぉ」」

犬夜叉「こら、じじいどもまた声揃やがって!俺は犬じゃねーぞっ!」

かごめ「犬夜叉っ…あんたはまた!……『おすわり』」


 後日、冥加から聞いた情報を元に算出された犬夜叉の誕生日の内輪の祝いに、旅の仲間たちとは別に招待された二人の老人の姿があったとさ。

 おしまい。

続おすわり放談







あとがき

拙作、お読みいただきありがとうございました。犬かごサイトマスターでもなん
でもありませんが、この企画に参加できて本当に良かったです。当企画にお誘い
した犬註さまと朔朔さま、どちらもすてきな長編作品ご苦労さまでした。他の皆
さまの作品もどれも読み応えあって充実していますね。最後にこのような素晴ら
しい企画を立案し運営されている鈴宮さまに、心よりお礼申し上げます。

CaptainO(きゃぷてんおー)


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