無題1


ある日の昼下がり。

会合の行われている部屋にお茶とお茶請けを人数分運ぶ。

「うぅ…これ地味に重いよね…」

バランスをとりながらお盆を見つめてそろそろと歩いているとふいに手が軽くなる。
驚いて顔をあげるとそこには

「あ、小五郎さん…」

優しい笑顔で、わたしが四苦八苦していたお盆を、小五郎さんはいとも軽々と持ってくれる。
小五郎さんは労うような素振りを見せつつ、穏やかな声でわたしを諭す。

「それでは前が見えないだろう?手元に意識を集めることも大事だけれどね、足下と前方にも気を配らないといけないよ」

そう言ってお盆に視線を注ぐことなく、すいすいと歩いてゆく小五郎さん。
ピンとした背筋の後ろ姿を追いかけながら、流石だなぁ〜と感心していると……廊下の先にこちらを見ている人影があるのに気が付いた。

「あ、高杉さん」

「おい、面白娘っ!今日は天気もいい。それ運んだら外へ出るぞ!」

「おやおや晋作、私にものを持たせて彼女と外へ出ようったって、そうはいかないよ?」

小五郎さんはお盆を手にしたまま高杉さんのそばへ歩み寄ると

「外へ出ると言うのなら、これを運ぶべき部屋での役目を果たしてからにするんだな」

そう言って有無を言わさずお盆を手渡す小五郎さんに、
高杉さんは「むむ…」と低く呻き小五郎さんを睨んでいる。

「高杉さん、今日はとても大事な会合なんでしょう?終わったら遊びましょう」

わたしが助け船を出すと「約束だぞ!」とお盆を受け取りどかどかと部屋に向かった。
それを見送っていると小五郎さんはわたしにむかって

「いいのかい?晋作とそんな約束をして」

小五郎さんが少し眉をひそめてわたしに言う。
そして少し寂しそうに「それに私と過ごす時間より晋作と遊んでいる時間の方が多いんじゃないかな…」とぽそり呟く。

珍しく、拗ねた子どもみたいな表情の小五郎さん…かわいすぎる!

そんな小五郎さんに思わずわたしは手を伸ばし、彼のそれに触れた。
互いの指先を絡ませるようにそっと握って、少し首をかたむける。

「高杉さんと遊んだら。……そのあと、小五郎さんのお部屋に、遊びに行ってもいいですか?」

自然と声を落とした囁きに、小五郎さんは驚いたように瞬くと
「全く…君には適わないな」と言って、ふっと小さなでもとても綺麗な笑みを洩らした。

次の瞬間、小五郎さんは目にも止まらない素早い踏み込みで、耳元に「楽しみにしてるよ」と一言残して、会合の行われる部屋に入っていった。



***



会合も無事終わり、わたしは高杉さんに連れ去られるような形で外に出た。
ひとまず歩きながら談笑し、どこへ行くのかと尋ねてみる。問いかけながらわたしは、耳に残って離れない甘い囁きを反芻していた……


高杉さんとわたしは、ひとまず街に繰り出す事にした。

燦々と照りつける暑い日差しの中、沢山の人で賑わう京の街を二人で談笑しながら歩く。
すると、高杉さんが宙を見ながら、突然切り出した。

「にしても、あれだな!」

「なんですか??」

「小五郎のやつ最近いつもお前の居る所に突然沸いて出る!」

「そ、そうでしょうか?しかもわいてって....」

「あれだ...あいつ...多分...」

「....?」

「隙あらばお前を独り占めしようって魂胆だな!!」

「......えぇぇぇ!?ち、違いますよ!!?高杉さん、熱中症で具合悪いんじゃ...」

「具合など悪くないぞ!なんだ!その....ねっちゅ〜...なんとかって!」

やいやいと高杉さんと冗談を言いながら街を歩いていた時、白藤色の羽織を纏った見覚えのある顔とばったり出くわす。

「お、大久保さん…!」

「お前たち、街の往来で騒々しい。で、何をしている」

相変わらず、くっと口元をゆがめて意地悪そうな表情をしている大久保さん。

「沸いて出たのは小五郎じゃなかったな」

「う、うん…」

「何の話だ小娘」

「な、なんでもありません…」

「大久保さん、見れば分かるだろう。逢い引きだ!」

「ち、違いますっ!」

「日も暮れぬ内から堂々としたものだな。忍び逢いに相応しい場所というものがあるだろう」

「だから、違いますって!別にわたし達はそんなんじゃ…」

「それもそうだな、大久保さん。よし!今から人気の無い場所へ行くかっ!」

「だから!忍び逢いじゃないですよ!ええっと、じゃ、大久保さんもお付き合いしてください!」

「え!なんでそうなるんだ!?」

「だって…だって、大勢のほうがきっと楽しいし…!じゃあ、大久保さんは保護者ってことで…」

わたしの提案に大久保さんは相変わらずのいつもの笑みで、少し考えると言った。

「…ふん。どうしてもと言うなら、まぁ、付き合ってやってもいいが?」

「お願いします、大久保さんっ」

わたしは、なんとなく高杉さんと二人きりになりたくなくて、無茶とは分かっていても大久保さんに一緒に行ってもらいたかった。

わたしが二人きりになりたいのは・・・高杉さんじゃない。
わたしが二人きりになりたいのは、小五郎さん、だから。

わたしたちは3人で近くの小間物屋さんにやってきた。

行く場所に困ったわたしはどこかいいところがないかなぁと考えていると、大久保さんが「この近くに贔屓にしている店があるが?」というのでお願いして連れてきてもらったのだ。

小間物屋といっても流石大久保さんが贔屓にしている店だけあって、とても大きなお店で、簪やお化粧品などの女性のものは勿論のこと、男性が日常に使うものも沢山取り揃えてあった。

大久保さんと高杉さんはなぜかお店に入ると二手に分かれ、わたし達は別行動となる。
二人はなにかを探しているようだった……

わたしは綺麗で可愛くて華やかな物や、物珍しい形や色の小物、使途が分からず謎めいた物など、様々な品を端から端まで眺めて歩いた。
見てるだけで楽しい……そんなことを思いながら、ふと目についたのは蒔絵の美しい根付け。
わたしの元居た時代で言うストラップみたいな物。

漆黒の背景に映える金色の細工 。

まるで夜空を照らす月の様に柔らかで美しい光を放っていた。
店主が近寄り、わたしに「お嬢さん、御目が高い。それは大変高価な物でございまして、たった2つしか置いてないんでごぜぇやす」と言った...




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