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お台所
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「あぁ、今日は十五夜だったね。実に趣がある」 床の間に飾られた薄をみて、武市さんが嬉しそうに微笑んだ。 「そうか、中秋の名月っスね。今夜はよく晴れそうだからいい月が見れそうですね」 「そうなんですよ!会合がおわったらお月見料理をお持ちしますね。みんなでお月見しましょう!」 「月見料理か!!!楽しみじゃのう」 *** 今日は長州藩邸での会合。 外で仕事がある桂さんと武市さんのお使いに行っている以蔵以外の面々で行われていた。 「それにしても桂さんいない会合は珍しいっスね。高杉さんが消えることはあっても桂さんはいらっしゃったのに」 「人聞きの悪いことをいうな中岡!消えてるわけじゃないぞ!!それに今日は小五郎は他所で野暮用だ!!!」 「最近、桂さん忙しそうなんですよ!一昨日もお泊まりで」 「ほう…。一昨日?桂君もすみにおけんな」 大久保さんが意味ありげに呟くと、周りの面々もあぁと納得したような表情。 (一昨日と今日?なんかあるのかな?) みんなの様子に何となく違和感を感じていると、武市さんから 「蘇芳さん、以蔵がもうそろそろ着くくらいだからこちらに来るようにいってもらえないだろうか?」 とお願いされた。 また会合を再開するのだろうと察し、「はい」と返事を返し、部屋を出て表玄関へとむかった。 まもなく、以蔵が戻ってきたので武市さんからの伝言と月見のことを伝えた。 「…わかった。案内してくれ」 以蔵が会合の部屋への案内を促したので、私は先に立って先導をした。 途中、先ほどから少し気になっていたことを以蔵に聞いてみた。 「ねぇねぇ以蔵!一昨日と今日お泊まりだとすみにおけないってどういうこと?なんか特別な意味があるの?」 「何だ?藪から棒に」 「ん、さっきそういう会話があって、意味がわからなかったからちょっと気になって」 「一昨日と今夜というと十三夜と十五夜か。…贔屓の遊女でもいるんじゃないのか?で、誰の話だ?」 「…。」 『贔屓の遊女』 その単語だけがなぜか頭をぐるぐると回った。 御膳に月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、お酒を添えてみんなの待つ部屋に向かった。 みんなで満月を眺める。 こんな素敵な月夜なのに、私の心は此処に在らずであれこれと浮かぶモヤモヤとした気分は宴会が終わっても変わることはなかった。 いつもならぐっすりと寝ている時間だけど、今夜はなぜか目が冴えてしまい、どうやっても寝れずにいた。 少し気分転換をしようと布団から抜け出し、明るすぎる月光が降り注ぐ部屋の廊下で少しずつ欠けていく月を眺めていた。 ふと、人の気配を感じてそちらに顔を向けると、戻ってこないはずの桂さんの姿があった。 *** 「蘇芳さん?こんな時間まで起きてたのかい?」 「桂さん…おかえりなさい。」 「あぁ、ただいま。会合は無事済んだのかな?」 「はい。大久保さんは藩邸に戻られましたけど、他の方は泊まっていますよ。」 「そうか…君も大変だったろう?お疲れ様」 私は頭に掌をのせ、ぽんぽんと撫でた。 蘇芳さんは少し複雑そうな顔をしながらも私の手を受け入れた。 「どうかしたかな?」 覗き込むようにして蘇芳さんの顔の近くまで自分の顔を寄せると、蘇芳さんは少し目線をそらしつつ言葉を紡いだ。 「知ってますよ…女性のところへいってきたんですよね?お疲れ様でした。」 瞬間、小さな雷に打たれたようなビリとした感覚に捕らわれる。 「い、いや…女性といっても情報収集を頼んでいる鼓なんだ。こういうときにちゃんと義理を欠かないようにしとかないとね…」 つい口から出てしまった言葉たちは、ある意味仕事上の機密事柄で彼女に話す必要のないものだった。 しまったな…とおもっていると 「やっぱりお仕事だったんですね。」 と蘇芳さんは先ほどの表情とはうって代わり花が綻ぶような笑顔を浮かべた。 「もう部屋に戻った方がいい」との私の言葉に素直に従った蘇芳さんの小さな背中が視界から消えるまで見守っていた。 (何で問い詰めるように…可愛げもなく聞いちゃったんだろう?) (何でつい言い訳じみたことを言ってしまっただろう?) お互いの気持ちに気づき、更に通じ合うのはまだまだ先のお話。
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