それは昨日のこと。黒子はキセキたちが住処にしている廃屋で、留守番をしていた。
勿論ひとりではない。キセキたちが縄張りの巡回や狩りで出払うのは珍しくなかったが、そんな時は、彼らの取り巻たちが黒子のお守役として残されるのだ。
彼らに見守られながら、いつもは大人しくキセキたちの帰りを待つ黒子だが、その日はどうしても外に遊びに行きたいという欲求を、抑えることができなくなってしまった。
しかし、赤司は勿論、何だかんだ言いながらけっきょく全員が黒子に対して過保護なキセキたちである。自分たちがいない時の外出を禁じていたので、取り巻きたちは遊びに行きたいという黒子の希望に首を横に振るしかなかった。
だって仕方がない、もし勝手に外に連れ出したのが分かったら――いや、それどころか万が一にでも黒子に何かあったら、一体どんな目に合されるか。
キセキたちの実力を認めその下に付き従っている彼らだけに、その恐ろしさも身に染みて理解していた。
そんな想いを子供ながらに鋭い洞察力で見抜いているのか、黒子はめったにわがままを言ったりしなかったので、取り巻きたちも安心していたのだ。
それが、油断に繋がったのだろう。
悪天候続きの後、久しぶりに訪れた明るい陽射しに誘われ、屋敷の中にいることに耐えられなくなってしまい、
「…あれ?透明少年どうした?」
「…え、そこで遊んで……って、スイマセン!いません!スイマセンスイマセン…っ!」
「…うわぁ、このオレが見逃すとは……やばい、真ちゃんたちが帰ってくるまでに見つけなきゃ…」
親猫が匙を投げたほどの影の薄さである。本日のお守役たちが気付いた時には、黒子はとっくに屋敷を抜け出していた。




「…おいガキ、てめーオレの縄張りで何してんだ」
近づく春の陽気に誘われるまま野原を駆けまわり、遊び疲れて柔らかな草の上に身を横たえていた黒子は、かけられた声に目を開いた。
目の前に立ち、黒子を険悪な眼で見下ろしていたのは、灰色をした大きなオス猫だった。
「…だれですか?」
「…オレが聞いてんだよ、クソガキ……って、お前もしかして、赤司たちが育ててるっていう…」
「はい、あかしくんたちは、ボクのかぞくですよ」
黒子は知らないだろうが、灰色の猫――灰崎は、キセキたちと因縁浅からぬ男である。
決して友好的な間柄とは言えないが、最近彼らが水色の毛並をした子猫を保護し育てているという噂は、耳にしていた。
「…まさか、あいつらがマジで子育てしてるとはな…」
ガラでもねーことしやがって嘲笑を浮かべる灰崎に、黒子は小首を傾げた。
「おにーさんは、あかしくんたちの、おともだちですか?」
「はぁ?気持ちわりィこと抜かしてんじゃねェーよ。誰があんな奴らとオトモダチになるか」
心底嫌そうな灰崎の言葉に、大切な家族をけなされたことを理解して、黒子はむっと唇を尖らせた。
「…みんなのこと、わるくいわないでください」
「…クソ生意気なガキだな……でもまぁ、その強気な態度は悪くねー」
子供嫌いな灰崎だが、同時に部類のオンナ好きでもある。
「顔も悪くねーし……まだ幼すぎるが、次のシーズンまでには食べごろになってんだろう」
言いながら灰崎は黒子の小さな顎を掴み、値踏みするようにその顔を見下ろした。
「喜べよ、オレが保障してやる。お前、将来いいオンナになるぜ」
オトコをそそるもんを持ってると下卑た笑みを浮かべる灰崎に、黒子はキョトンと目を見開いた。
灰崎が何を言っているのか、その半分も内容を理解することができなかったが、ひとつだけハッキリしていることがある。
「…ボク、おとこなので、『いいオンナ』にはなれませんよ?」
「………はァ!?」
そんな発言に、灰崎は慌てて黒子の服をめくり上げた。
「………ある」
すっげぇちっちぇーけど、なんて余計なことまで言いながら、灰崎は大きなため息をついた。
「…なんだ、キセキの奴ら、てっきり自分たちのオンナにするつもりで育ててるのかと思ったのによ…」
奴らが大切に大切にしているそいつを奪ってやったらそれは楽しいだろうと、そう企んでいた灰崎なのだ。
「…それともアレか?オンナとの交尾に飽きて、新しい扉開こうとしてるとか…」
「……こーび?こーびってなんですか?」
今まで耳にしたことがない単語に、好奇心旺盛な黒子はすぐに飛びついた。
「はぁ?何って……そうだな、オトコならみんな好きなことだよ」
めんどくさそうに答える灰崎に、それでも黒子は目を輝かせた。
「じゃあ、キセキのみんなも、すきですか?」
「…そりゃ、何だかんだでアイツらモテるし、相手には不自由してねーだろうから、ヤルことはヤってんじゃねーの?…まぁ、夢中になれるほどの相手がいるとは思えねーけどな」
「…それ、おんなのひとじゃないとダメですか?ボクじゃ、してあげられませんか?」
「……は?」
期待を込めた眼差しで見上げてくる黒子に、灰崎があっけにとられたのは一瞬。
「……そうだな。お前なら食えそうだ」
「…や、くすぐ、ったい…です…っ」
すぐに我に返り、自らの膝の上に黒子を抱きあげた灰崎は、その滑らかな肌に掌を這わせながら口元を歪めた。
「安心しろ、オレにガキを相手にする趣味はねーから、今は見逃してやる。…そうだな、喰い頃になったら奪いに行ってやるよ」
それまでは精々、アイツらに思いっきり可愛がられておけ。
そう言いながら笑みを浮かべる灰崎は、それはそれは生き生きとしていたという。







「よし、今すぐ灰崎を殺るぞ」
「…異議なしなのだよ」
「いや、その前に散々苦しめてからじゃないと納得できないっスわ……あの野郎、生まれてきたことを後悔させてやる…っ」
「……?なんでみんなおこってるんですか?」
「黒ちん、見ちゃダメ。聞いてもダメ」
青峰、緑間、黄瀬が浮かべた鬼の形相と罵詈雑言から守るべく、黒子を胸に抱き耳を塞いでやりながら、紫原は不機嫌そうな表情で腕を組む赤司に視線を向けた。
「んで、赤ちん、どうするの?灰崎のバカはとりあえずヒネり潰すとしても、黒ちんにはちゃと説明しないと、納得してくれないだろうし」
それに何より、『そう言った意味で』黒子に興味を持つ輩が、今後も出てこないとは言い切れない。
「…分かっている。テツヤにはちゃんとした性教育をして、その上で確認するつもりだよ」
楽しそうに言いながら、菩薩のようなアルカイックスマイルを浮かべる赤司。
こんな時の赤司は大抵、とんでもない爆弾発言をかましてくれるのだと、すぐそばにいた紫原は勿論、灰崎暗殺計画で盛り上がっていたはずの3人の背に、ぞぞぞっ、と冷たいものが走った。
「…か、確認?一体何を確認するつもりなのだよ…」
「いやだな、真太郎、決まっているじゃないか」
みながビクビクと慄く中、ただひとり何も分からず無邪気に首を傾げている黒子に微笑みかけながら、赤司は優しく、しかしきっぱりと言ってのけた。
「テツヤの交尾の相手には誰がふさわしいか、ってことをだよ」




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