5−2



2人で話をしたい。
木吉の希望に戸惑いをみせたのは、言われた本人である黒子だけではなかった。
今度は何をしでかすつもりだという心配が半分と、一体何の用なのかという興味が半分。
隊の皆で互いに顔を見合わせる中、明らかに前者の比率が多い日向は木吉の腕を引きよせ、小さな声で囁いた。
「…お前、何たくらんでんだよ?遅れてきたのも、どうせわざとなんだろうが」
「たくらむって何だよ、人聞きの悪い……まぁ正直、黒子君がオレたちに対してどう出るか、様子を見たかったってのはあるけどな」
眉間にしわを寄せた訝しげな表情でこちらを見つめる黒子に優しい眼差しを返しながら、木吉は言葉を続ける。
「…とりあえず、決心がついたわ……うん、きっと、彼なら大丈夫だ」
「…お前、まさか…」
やわらかく微笑みながら、それでも木吉の眼に宿っているのは強い光。
それを目にした日向は、それ以上言葉をかけることなく、部下を引き連れて部屋を後にした。






黒子の鼻を、甘い甘い芳香がくすぐる。
木吉は自分でいれたココアに口をつけながら、もう1つのマグカップを黒子に差し出した。
「ココアでよかったかな?あ、よければケーキもあるぞ。うちの水戸部のお手製なんだけど、これがまためっちゃうまいんだ」
「…いえ、けっこうです」
「まぁそう言わずに。…長い話になるし、甘いモノは心にも優しいから」
それはつまり、これから精神をけずるような話をするぞ、と遠まわしに言っているというわけか。
「…分かりました、頂きます」
諦めたようにため息をつくと、黒子はカップに腕をのばした。
木吉は、そんな黒子を眺めながら嬉しそうに微笑んでいる。
…まったく、一体なにがそんなに楽しいのか。
胡乱に思いながら、黒子はカップに口をつけた。
「…っ!」
ミルクたっぷりのココアは美味であるのだろうが、猫舌気味の黒子にはまだ熱すぎた。
涙目になりながら口元を抑える黒子に、くすりと小さくこぼれた笑い声。
「…なにか言いたいことでも?木吉二等准尉」
「いやぁ、ほんとかわいーなぁと思って」
悪びれることなくのほほんと笑う木吉に、それが上官に対する態度かと叱責する気力すら削がれてしまう。
――天然なのか、天然に見せかけた策士なのか。
いずれにしろ、木吉は今まで黒子の近くにいかなったタイプの人間である……正直、どう接していいか分からない。
「…もう何でもいいですから、さっさと本題にはいってくださいよ。ボクもあなたも、そう暇な時間があるわけじゃないでしょう」
ズキズキと痛みだした頭を抱えながら、黒子はうんざりした口調でうながす。
「…うん、そうだな。すまん、ちょっと話しづらいことだったから…」
木吉にしては珍しい言い訳じみた台詞を吐きつつ、それでもようやく覚悟を決めたのか、その場で居住まいを正すと、一息呼吸置いてから改めて口を開いた。
「…オレは、君たちに謝りたいことがあるんだ」
「…君たち、ということは、『キセキの世代』に、ということですか?」
思ってもいなかった展開に、黒子はただ戸惑うことしかできない。
「…日頃の暴挙を責められることはあっても、謝ってもらうような心当たりはありませんが」
「そう自虐に走るなって。…オレはさ、軍部とか世間の連中が言うほど、君…お前らのこと悪く思えねーんだ。……お前らの、昔の姿を知ってるから」
「……え?」
「…こう見えて、昔はエリートコースまっしぐらでな。覚えてないかもしれねーけど、入隊当時のお前らの指導にあたったこともあるんだぜ?」
――そう、今も忘れることができない。
まだ13かそこらの少年たち。
その底知れぬ才能へ対する畏怖と、期待に満ちた輝く瞳を。
「確かに、お前らの能力は当時からズバ抜けてたよ。いや、個人の力だけじゃない、その結束力には、誰もが舌を巻いてた」
あれだけお互いを信頼し合い、強い絆で結ばれた隊も珍しいと。
「……っ」
当時のことを思い出したのか、そこで小さく黒子が息をのむ。
その動揺にあえて気付かぬふりをしながら、木吉は話の核心へ切り込むべく、呼吸を整えた。
「…そんなお前らが変わっちまった理由も、オレは知ってる。お前らの名を世間に轟かせるきっかけとなった、あの任務について……その裏に一体何があったのかも、その全てを」
木吉の静かな告白に、黒子の瞳が大きく見開かれる。
「…バカな、どうして…っ」
それを知っているのは、限られた一握りの人間だけのはずだ。
「…簡単だ。あの任務は、元はオレに下されたものだったからな」
蚊の鳴くような小さく頼りない黒子の問いかけに、その胸の内で吹き荒れているだろう感情の揺れを察しながらも、木吉は容赦なく真実をつきつけた。
「…そう、少し何かが違っていたら、仲間殺しの悪魔、血にまみれた英雄と呼ばれていたのはお前たちではなく、オレだったかもしれないんだ」
降格させられ、出世コースから外されても、今も自分の選択に後悔はない。でも、
「…オレはもっとよく考えるべきだったんだ。自分の手を汚さないために逃げ出した後、その汚れを引き受ける存在がいることを」
そこまで言い切ってから、木吉は黒子へと腕を伸ばし、その体を引き寄せた。
顔色を青ざめさせ、吐き気をこらえるように口元を手で覆った姿は痛ましく、抱きしめずにはいられなかったのだ。
抵抗されるかと思ったが、すでにそんな余裕もないのだろう、ただ腕の中で震える細い体。
宥めるようにその小さな背中を撫でてやりながら、木吉は静かな声で言葉を続けた。
「…嫌なこと思い出させてごめんな。…でも、この話をしたのは、オレの覚悟を知ってほしかったからだ」
言いながら、黒子の頬に手をそえ、優しく上向かせる。
「…本当にすまなかった。あの時オレは逃げ出さず、立ち向かうべきだった。軍の上層部と貴族たちに――いや、この国を歪んだ形で支配する、全ての存在に」
揺れる空色の瞳を真っ直ぐ見つめ、自分よりずっと小さな手を握りしめながら、木吉は力強く訴えた。
――でも、今からでも遅くはないはずだ、と。
「…黒子、お前にも、力を貸してほしい。この腐りきった軍部を、国を、オレは変えたいんだ」
だから、
「…オレの――オレ達のこと、信じてみてくれないか?」





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