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「火神君は、どうして軍に入ろうと思ったんですか?」
そんな質問は、顔のすぐ横から。
そう、あれから2人で一緒に横になったベッドの中での会話である。
火神はこれ以上挑発してくれるなと結構本気で頼み込んだのだが、黒子が譲ることなかった。
その気になったらどうぞお好きなように襲ってください、なんてのたまってくれた涼しい顔を思い出すだけで、腹が立つ。
「…なんだよ藪から棒に」
「だって成り行きとは言え、ボクだけいろいろ自分のことについて語るはめになったんです。…ボクだけ火神君のこと何も知らないなんて、悔しいじゃないですか」
…この黒子という人間は、年の割に童顔で可愛らしい容姿(驚いたことに火神と同い年らしい)をしているが、その中身といえば、どこまでもマイペースで案外意地の悪い男だ。…なのに、こんなことを拗ねたような表情で口にするなんて反則だ。やっぱり可愛いじゃないか。
そんなことを考えながら、火神は僅かな間考えを巡らせるように視線を彷徨わせていたが、すぐに口を開いた。
「…そんな立派な理由があるわけじゃねーんだ。…だた、オレは強くなりてぇと思ったから…」
「…それだけ?強くなって富を手に入れたいとか、誰かを守りたいとか、それすらないんですか?」
呆れたような黒子の台詞に、それでもそう言われても仕方ないと自覚のある火神は、ぐぬぬと黙るしかない。
「…いや、基本的に戦争は嫌いだし、毎日うまいもん食って、好きに生きられればそれでいいんだけどよ……でも…」
「でも?」
口を開きかけ、一瞬視線を黒子に向け迷った様子をみせた火神だったが、結局はそのまま言葉をつづけた。
「…誰かに支配されんのは嫌だからな。…自分の意思で行動して、言いたいこと言って、守りたいもん守って……誰にも束縛されず、そうやって自由に生きたい。その為には、強くなくちゃならねぇだろ?」
「……はい」
「…故郷ではオレに敵うやつなんていなかったけど、身分なんて関係なく、軍隊の奴らには逆らえなかった。無茶な要求されたり、時には泣き寝入りしなきゃならねぇこともあって……そんな奴らの頂点に立ってんのが、『キセキの世代』だろ?オレはそいつらの上にいきたい。誰よりも、自由に生きるために」
「……『キセキの世代』を、超えるつもりなんですか?火神君が?」
「…なんだよ、バカにしてんのか?」
心底驚いたような黒子の様子に、火神は思わず半眼になる。
ついでにどついてやろうと顔を横に向けるが、そこにあったのは意外なほど真剣な表情だった。
「…いいえ、バカになんてしません。…でも、戦場で生き抜き、軍部で昇りつめるのは容易なことではないです……まして、『キセキの世代』を敵にまわすのが、どれほど危険なことか…」
火神をすり抜け、どこか遠いところに意識を飛ばすように、黒子の視線が一瞬空を彷徨う。
しかしそんな自分を律するようにすぐに目を閉ざし、黒子は言葉をつづけた。
「…でも、ボクは火神君にそうなって欲しい。…ボクは、彼らのことが、嫌いですから」
「…黒子?」
「…自由を求め戦った彼らを英雄と呼ぶ人は多い…いえ、確かに昔はそうだったのかもしれません。…でも、今は違う。手に入れた以上のものを求め、必要以上の力を手にし――あれではまるで、彼らが忌み嫌っていた貴族たちそのものだ…」
黒子の口調はまるで、『キセキの世代』をよく知る者のそれに聞こえる。
…どう見ても黒子自身が軍に所属しているとは考えにくいので、黒子の主人――つまり、奴隷としての黒子を所有していた人間と、何やら因縁でもあるのだろうか。
「…なんか、難しいことはよく分かんねぇけどよ。とにかく、オレが強くなって、そいつらの上にいきゃいいってことだよな?」
「……は?」
「そしたらオレの望みは叶うし、お前の為にもなるわけだ……なら、オレが昇りつめてやるよ、お前の為に」
コツン、と額同士を軽く合わせ、吐息すら触れ合う距離での宣言。
「…分かりました。君は、ほんとにバカなんですね…」
「…てめっ!懲りずに喧嘩売ってきやがっていい加減買うぞこら!」
「それは嫌です。…でも、もう一つ分かりました。火神君は、ほんとうにすごい人です」
一瞬、本気で泣きそうになった。
そんな自分を誤魔化す為に憎まれ口をたたきながら、黒子は目の前の広い胸に顔を埋めた。
…黒子は、世界がそう単純にできていないことを、嫌というほど知っている。
それでも今この時だけは、ただただ、自らを満たす幸福感に満たされていたいと――それだけを思って目を閉じた。





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