3−7



取引に関わった客たちが、そして首謀者である花宮とその仲間たちが、数人ずつパトカーに乗せられる姿をぼんやりと眺めながら、火神は太いため息を吐いた。
こんな時、喫煙者であれば一服して気持ちを落ち着かせるのだろうが、生憎火神はニコチンには縁がない。
意外なほど従順に従う花宮を訝しく思いながらも、心のどこかで納得していた――どうせ、あいつが関わっているのだろう、と。
本来なら、全てのカギを握るだろ相手を、今すぐ探しに行きたい。
だが、火神はその術を持たなかった。
だからこうして待っているのだ――きっと、会いに来てくれると確信していたから。
「…火神君!」
そして案の定、そう待つこともなくかけられた声。
「…黒子…って、お前…っ!?」
「よかった、ケガはないみたいで…」
「よくねぇよ!お前の方がボロボロじゃねぇか!」
後方に見覚えのある男二人を付き従えた黒子は、まさに満身創痍。
綺麗にセットされていたはずの髪は乱れ、スーツは破られ、更には頬と手首に痛々しい傷を負った姿に、火神の胸に痛みが走る。
「…でも、見た目ほど大したことないんですよ?」
「そういう問題じゃねぇだろ、バカ!」
肩に羽織ったサイズの合わないジャケットの前をかき合わせながら、黒子はチラリと不安げな眼差しを火神に向けてきた。
「…えと、怒ってます?」
「ほぉ、分かってくれたなら嬉しいぜ」
「…あの、結果的にキミを利用した形になって、それは本当に申し訳なく思ってます、でも…っ」
「…そんな事はどーでもいいんだよ!」
見当違いの言い訳を口にする黒子を、火神は強く抱きしめる。
「…お前に何かあったらどうしようって、そればっか考えてた」
刑事失格だな、と苦笑する火神の腕の中で、黒子はパチパチと目を瞬かせた。
「…あれ、もしかして、心配してくれたんですか?」
「当たり前だろうが、何言ってんだ」
不機嫌そうな、それでも隠しきれない愛おしさが込められた即答。
それを聞いた黒子は、火神の広い背中に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめ返した。
「…火神君」
「…なんだよ」
「すっごく、嬉しいです」
「バーカ、何言ってんだ」
ふふっと、幸せそうに笑う黒子の額を照れ隠しに軽く小突いてやってから、火神は先ほどから突き刺さる強い眼差の方へと、嫌々ながら意識を向けた。
「…で、お前らは何やってたんだよ、この駄犬ども」
「……あんだと?」
「アンタに言われたくないっスよ…てかいい加減黒子っちから離れろ!」
一般人であればそれだけで腰を抜かすような、黄瀬と青峰の鋭い視線。
それに一歩も引く事なく、それどころか黒子を自らの背後に庇うようにしながら、火神は二人を睨み返してみせた。
「…て、めぇ…っ!」
「…何だよ、普段デカい顔してこいつの横にいるくせに、肝心な時に役立たずじゃねぇか……こいつに、こんなケガさせやがって」
「てめぇの知ったことかよ…オレらはただ、テツの言うことに従ったまでだ……こいつ、怒らせるとすっげぇこえーし、逆らえねぇんだよ」
「逆らえねぇって、何バカなこと言ってんだ……大体、それでこいつが傷ついてたら、意味ねぇだろうがっ!」
「…火神君、青峰君の言う通りですよ、今回のことは全部、ボクのわがままなんですから」
「わがままって、お前…」
再び火神の前方にまわりこみ、両手を握りしめながら、黒子は訴えるような眼差しで見上げてくる。
「青峰君と黄瀬君はもちろん、赤司君も、ただボクのお願い通りに動いてくれただけなんです…だから、彼らを責めないで」
「…黒子…」
その不安そうな様子は、まさに叱られた子犬さながら。
そんな黒子を前に、どうしてそれ以上の叱責ができようか。
「…なぁ、何でオレには教えてくれなかったんだ……オレじゃ、お前の力になれねぇか?」
だから火神は、ただそんな想いを口にした。
「火神君、それは…」
「…ずいぶん勝手なことを言ってくれるね、火神大我」
「…赤司!?」
「赤司君…」
戸惑ったように唇を噛んだ黒子を助けるように、割り込んだ声。
その主の名を、火神と黒子は同時に口にした。
「大変だったねテツヤ…ほら、おいで」
言いたいことはあれど、まずは大事なモノを腕の中に取り戻さなくてはと、そういう事なのだろう。
労わるような言葉と同時に広げられた、赤司の両腕。
黒子は一瞬だけ火神に視線を向けながらも、すぐにその中へと飛び込んでいった。
「…黒子…っ」
「…いい子だ、テツヤ」
細い体を抱きしめ、こめかみに唇を落としてから、ようやく赤司は火神へと視線を戻す。
「…さて、まずは礼を言おうか。テツヤの思い通り動いてくれたキミたちには、感謝しているよ」
「…あー、それはどーも」
とてもじゃないが、感謝しているようには思えない赤司の尊大な態度。
しかしそれが赤司という人間だと嫌というほど分かっていたので、火神は不平を無理やり飲み込んだ。
「…ただ、勘違いしてもらっては困るな。テツヤに懐かれて調子に乗っているのは分かるが、所詮キミは別の世界の人間だ」
「別の世界、って…」
「いい加減理解するんだな……テツヤは、ただ甘く可愛いだけの子じゃない」
赤司の言葉に、その腕の中で黒子が小さくみじろぎした。
それにあえて気付かないふりをしながら、赤司は言葉をつづける。
「…花宮が素直に供述すれば…いや、証言者になる警察OBの言葉だけでも、テツヤがやったことの全貌が明らかになるだろう……テツヤは目的の為には手段を選ばない、僕みたいにね」
そんなことがあるはずない、何を言っているんだと、そう言い返してやりたいのに、火神を声を出すことができない。
それは、赤司の言葉が真実だと、どこかで認めているから――?
「…テツヤの、その全てを受け止める覚悟もないくせに、これ以上この子の心に踏み込むな」
お前はただ、テツヤの暇つぶしになってればいい。
それだけ言い捨てると、赤司は火神に背を向けた。
「…行こうテツヤ、敦と真太郎が待ってる」
「……は、い」
茫然と立ちすくむ火神に何か言いたそうにしながらも、黒子は赤司に促されるままその後に従った。
青峰と黄瀬もそれに続き、後に残されたのは火神だけ。
「…ちくしょう」
事件は、一人の犠牲を出すこともなく、無事解決した。
あとは、その裏に何があったかを明らかにするだけ――本来なら、喜ぶべきはずのことなのに。
それでも火神は、これから向き合わねばならない現実を前に、恐怖すら感じていた。





main page

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -