3−6



踏み込んだ時、その部屋にいたのは男女合わせて十数人ほど。
銃を掲げた捜査員たちの姿に、一瞬にして混乱がひろがっていく。
「何なんだねキミたちは!一体、何の権限があって…っ」
その中の一人が、果敢にもそう声を上げる。
警察のトップに近い地位に上り詰め、政界にも顔のきく男の顔は、火神も見覚えのあるものだった。
「…この場で、違法な薬物の取引が行われているとの情報がありました。両手を挙げて、その場から動かないようにしてください」
「…ふざけるな!私を誰だと思っているんだ!」
「…知るかよ、このクソ爺」
「な…っ!」
言葉での脅しにも、火神は怯まない。
素早く部屋中に視線を走らせ、
「…ここには、いねぇのか」
黒子がいないことを確認してから、僅かに肩の力を抜いた。
「おい、火神」
「…なんすか、先輩、オレは間違ったことなんか…」
「いいぞ、もっと言ってやれ」
「…貴様…っ」
後輩の暴挙を諌めるどころか、更に煽るような発言をしてみせた日向に、怒りにカっと顔を赤らめる男。
「一体どこの所属だ!すぐにでも首を飛ばしてやるからな!」
「できるもんならやってみろ、この老いぼれ爺……現場の人間、なめてんじゃねぇよ」
「…っ、こ、この…っ」
にっこり微笑みながら毒を吐く日向に、男は完全に呑まれてしまっている。
「か、覚悟しろ、今すぐお前らの上司に連絡をとって…」
それでも、更なる虚勢を張ろうとしたところで、
「…それくらいにしないか」
男の肩に手を置きそう諌めたのは、初老の紳士だった。
「…警視監…っ!?」
「…『元』警視監だよ……我々のやったことは、紛れもない犯罪です。大人しくお縄を頂戴しようじゃないか」
突然の展開に、男だけではなくその場にいた誰もが、すぐに反応することが出来なかった。
「…それは、罪を認めるということですか」
おそらくこの場にいる誰よりも権力を持つだろう人間の、殊勝な言葉。
すぐには信じることができず、日向は訝しげに眉を顰めた。
「…その通り、さぁさっさと現場をおさえなさい…キミ達に協力するのが、彼との約束ですから」
「……彼って、まさか…」
「おや、キミはあの子のことを知っているのかな」
脳裏に浮かんだ可能性に、火神は目を見開く。
そんな彼に、元警察のトップは照れたような笑みを浮かべてみせた。
「…恥ずかしながら、いくつになっても男というものは、可愛い子に弱いものだね」







横からの衝撃に、花宮は成す術もなく吹き飛ばされた。
「…っ!?」
何とか受け身をとり、ふらつきながらも体勢を立て直した花宮の前に立ちふさがったのは、浅黒い肌を持つ長身の男だ。
「…てめぇ、テツを散々好き勝手しやがって……ぶっ殺す」
「あぁ、黒子っち、黒子っち、黒子っち…っ!こんなにボロボロになって…っ」
目の前の男を警戒しながらベッドの上へと視線を向ければ、俳優のように整った顔の男が、泣きそうな表情で黒子を抱き締めているところだった。
「…ちょ、黄瀬君、ボクなら平気ですから…」
「平気じゃないっスよ!…この頬っぺた殴られたんスか?縛られた腕も傷になってるし…かわいそうに、痛かったよね?……ほんと、楽に死なせてやるわけにはいかねースわ」
分かってるっスよね、青峰っち。
声色すら変えながら、鋭い眼差しを花宮に向ける黄瀬に、青峰は肩を竦めてみせた。
「…知るか、こいつの頑丈さに期待しろよ」
「…青峰に、黄瀬……はっ、赤司の犬が」
「あん?」
ジリジリと距離を保ちながら、バカにしたような台詞を吐く花宮に、青峰は常に刻まれている眉間のしわを深くした。
そのまま、花宮が反応すらできないほどの速さで距離を詰めると、その胸元を片手で乱暴に掴みあげる。
「…ぐっ!?」
「…勘違いしてんじゃねぇよ、オレらは赤司の犬じゃねぇ、テツのかわいーかわいー番犬だ」
「…な、に…」
「大切なご主人様に乱暴されて、オレらはご立腹なわけよ……つーわけで、大人しくかみ殺されて…」
「…もらっちゃ困りますよ」
胸元からナイフを取り出し、今にもそれを花宮に突き立てんとした青峰を止めたのは、黒子だった。
「…テツ、止めんな」
「ダメです。ほら、ナイフをしまいなさい」
「テツ!!」
「青峰君」
黒子の、黄瀬のスーツのジャケットだけを羽織った姿は何とも儚く頼りないものだったが、その声と眼差しには思わず平伏したくなるような力があった。
「くっそ…っ」
「いい子ですね、青峰君」
悔しそうに舌打ちしながらも大人しく言葉通りにした青峰の頭を撫でてやりながら、黒子は花宮へと視線を移した。
「…安心してください、この場で命を取るつもりはありません。…キミの言った通り、ボクが望むのは、キミが司法の場で裁かれることです……それが、キミにとって何よりの屈辱になるでしょうから」
「…言っただろうバカが、警察はオレの味方だと…」
「…さぁ、それはどうですかね」
青峰に首元を締め上げられながら、諦める様子を見せない花宮に、黒子は冷たく瞳を細める。
「…なんだと?」
「時に、純粋で単純な感情が、裏付けのある損得勘定を上回ることもあるということです……まぁ、ただ単に、男が下半身でものを考えているだけかもしれませんが」
男ってバカですよね…ボクも男なので、複雑ですけど。
呆れたように肩を竦めながら、黒子は言葉を続ける。
「…キミの顧客にどれだけのお偉方がいるか知りませんが、警察の元トップと現トップは、ボクのオトモダチなんですよ……ついでに、今回の情報をわざわざ赤司君にリークしてもらいましたから、面白いくらい簡単に動いてくれました」
何より、たとえ上からの圧力が消えなくても、現場には頼りになる人がいますし。
「…なるほど、赤司に一泡ふかせてやろうって企みを、逆に利用してくれたわけか……クソが…っ」
「…危ない橋でしたけどね……それでも、お前のことは絶対に許せなかった」
憎しみを込めて睨み付けてくる花宮に返されたのは、黒子の絶対零度の眼差し。
「ご自慢のクスリを使われたら流石にマズイんで、そこが赤司君に約束させられたボーダーラインでした……最初のカクテルにも、一応手は打ってあったんですよ」
気付かなかったでしょ?と、こっそり逃げ出そうとしていた原に、黒子は視線を向けた。
「…ひ!?」
「キミたちが何か仕掛けてくるのは分かってたんで、汎用性のある解毒剤をこっそり入れさせてもらいました……こう見えてマジックは得意なんで、人の意識をコントロールするのはお手の物なんです」
ミスディレクション、って言うんですよ。
少し得意げな黒子の言葉に、青峰の不機嫌そうな声が続く。
「…得意がるのはいいけどよ、そこで例の解毒もきかねぇってヤツを使われてたら、お前どうしてたんだよ」
「……使われなくて、本当によかったですね!」
「黒子っち〜っ!」
「…お前な…」
つい、と視線を反らした黒子に、黄瀬は情けない声をあげ、青峰はガックリと肩を落とした。
「…まぁ、そんな訳で、ボクも体をはったわけですし」
そんな2人を尻目に、黒子は花宮に向き直ると、すっと表情を消した。
その冷たさに、花宮の背筋に冷たいモノが走る。
穏やかで優しさすら感じさせる黒子の眼差し――それでもその奥には、途方もない闇が広がっている気がして。
「…覚悟してください、地位も、名誉も、財産も……お前から全てを奪ってやる」
「……っ」
小柄な少年が内に秘めた目もくらむような怒りに呑まれ、花宮はただ身を震わせることしかできなかった。





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