3−3



パーティー会場の喧噪も遠い、一等船室。
その奥に置かれた豪奢なつくりのベッドの上に、腕の中の細い体を横たわらせる。
「ん…っ」
その際、わずかに漏れた甘い声に、花宮は目を細めた。
――黒子テツヤ。ようやく、手中におさめることができた。
「…うっわぁ、すっげぇ。ほんとに連れ込んじまったのかよ」
「……お前か」
黒子のアルコールに赤く染まったなめらかな頬を指でなぞりながら、花宮は原を振り返り――きつく、睨み付けた。
「…テメー、なに勝手に持ち場を離れてんだ」
花宮の、先ほどまで黒子に向けられていた穏やかな笑みや丁寧な言葉遣いは、今は影もない。
人好きのする表向きの顔の下に隠されていた、軽薄な残忍さ。これこそが、彼の素の表情だ。
「いーじゃん、だって黒子テツヤだぜー?裏の世界を総べる皇帝様の大事な大事なペットが、他の男の手にかかってめちゃくちゃにされるとこ、見逃すわけにはいかねーって」
いっそ金とってギャラリーに公開したら、かなりの儲けになるんじゃねーの?
下卑た笑みを浮かべ、楽しそうに提案してくる原の言葉を、花宮は鼻で笑い飛ばした。
「…はっ、どいつもこいつも、んなガキに一々大げさなんだよ…ただの抱き人形に、どれだけの価値があるってんだ」
「なんだよ、そのガキの笑顔に完全にのまれてたくせに…なになに?かっわいー小動物の無邪気さに、本気でほだされちゃった?」
「…あん?」
それだけで人を殺せそうな花宮の鋭い眼差しに射抜かれ、原は冷や汗をかきながら、降参の意を伝えるため両腕をあげた。
「…じょ、冗談だって…っ」
「…いいか、あんまふざけたことぬかすようなら…」
そこまで言いかけた花宮だったが、ベッドの上の体がみじろいだのに気付き、意識を切り替える。
そのことに、原は心の底から安堵のため息をついた――この男の逆鱗に触れてしまった人間がどんな目に合うのか、よく知っていたから。
「…ようやくお目覚めか、オヒメサマ」
「…はな、みや、さ……?」
照明の明るさに慣れないのか、眩しそうに大きな目を瞬かせる黒子に、花宮は優しく微笑みかけ――
「そう、花宮ですよ……いいからさっさと目ぇ覚ませよ、この淫売」
笑顔を浮かべたまま、ぐいっと乱暴に黒子の前髪を掴みあげた。
「…い、った…っ」
痛みにしかめられた顔を見下ろす花宮は、さながらエモノを前にした肉食獣のよう。
「んな強いクスリは使ってねーし、ちゃんとお話しできるよな?」
「…クス、リ?」
「そう、カクテルの中に、軽い眠剤と弛緩剤を混ぜさせてもらったわけ…ウマかったっしょ?」
黒子の疑問に答えたのは、原だった。
ひらひらと手を振ってくる軽い男を睨み付けてから、黒子は花宮へと視線を戻す。
「…なるほど、どうりで酔いが早いと思いました」
それで?と大して動揺することもなく、黒子は言葉を続けた。
「顔色が悪いので部屋で休んでくださいなんて小芝居までして…ボクを、どうするつもりですか?」
気分は良くなったので、もう戻りたいのですが。
挑むような眼差しを向けてくる黒子に、花宮は不快そうに眉をしかめた。
「…はっ、ガキはガキらしく素直に怯えてりゃ可愛げもあるってのに……オヒメサマは、ヒドクされるのがお好みなのかな?」
「…っ」
歪んだ笑みを浮かべた花宮は、黒子のスーツの襟元に手をかけ、破る勢いで前を肌蹴させる。その衝撃に、いくつものボタンがはじけ飛んだ。
「…へぇ、たしかに綺麗なもんだ…」
「…ひゃっ!」
露わになった白い肌に素直に感嘆しながら、花宮は胸元から首筋にかけて舌を這わせる。
「…やぁ、やめっ!あ…っ」
「…なんだこりゃ、赤ん坊かよお前」
しっとりとした瑞々しい肌の感触と、快感に打ち震える体の反応をひとしきり楽しんでから、花宮は黒子を解放した。
「…ぁ…っ」
「…しかも感度よすぎ…どんだけ仕込まれてんだ」
それとも、黒子君は生まれつきの淫乱なのかな?
わずかな愛撫で全身をうっすら染めた黒子の耳元で、花宮はいたぶる様な言葉を囁く。
「…うる、さい…っ!」
「…へぇ、誰にでも尻尾ふる淫乱な子犬かと思ってたのに、意外に強情なのな」
あくまで反抗的な態度を崩さない黒子を見下ろす花宮の顔に浮かぶのは、実に楽しそうな表情だ。
「強気なのは嫌いじゃねぇよ……むしろ小生意気な子猫の方が、調教のしがいあって燃えるし」
もしかして、分かってて煽ってんの?
言いながら、抜き取ったネクタイで両腕を拘束してくる花宮を、黒子はただ睨み付けることしかできない。
「…いいなその目、ゾクゾクする」
しっかりと両手首が固定されたのを確認してから、花宮は黒子の下肢へと手をのばした。
「…いいなー、なぁ、そろそろオレもまぜてくんねー?」
「うるせぇ、いいからテメーはカメラの準備しろよ」
露わになった細く白い足に釘付けになりながら、原が飢えを滲ませた声で言葉を挟むが、花宮は当たり前のようにそれを一蹴する。
「…カ、メラって…」
「…そう、ご主人様へのプレゼントになるもんだから、いい声で鳴きましょうね子猫ちゃん」
花宮の言葉に、黒子は目を見開いた。
「…一体、何を……そんなことして、ただで済むと思ってるんですか…っ」
「…んー?ボクに手を出したら、ご主人様が怒りますよって?…ほんと可愛くて……バカだなお前」
「…うぁっ!?」
突然、乱暴に体の奥を指で探られ、その痛みに黒子の体が強張った。
「…ひぅっ、い、た…っ!」
「…どいつもこいつも、赤司赤司赤司って……あいつがどんだけのもんだっつーんだよ、え?」
痛みに零れ落ちた涙に目を細めながら、花宮は黒子を容赦なく攻め立てる。
「…なぁ分かるか?お前のご主人様に、オレがどれだけ煮え湯を飲まされてきたか…」
「…だ、から、ボクを犯して、意趣返し、ですか…?そんな、の、自分の首をしめるだけですよ…っ」
男に抱かれる悦びを熟知している黒子とて、渇いたままのそこを乱暴に暴かれるのは、苦痛でしかない。
それでも気丈に言い返してくる黒子に、花宮は一瞬怒りの表情を浮かべ――だがそれは、次の瞬間にはいやらしい笑みへと変化した。
「…心配してくれなくても、ちゃんと手は打ってあんだよオヒメサマ」
言いながら、花宮がスーツのポケットから取り出したのは、透明な液体が入った小瓶。
「これ、オレが開発した媚薬なんだけど……強すぎて、一回でも使っちまうと、理性がぶっとんで戻ってこれなくなるわけ」
しかも、かなりの依存性で、解毒剤も存在しない。
「例えばお前がこれなしでは生きていけなくなって、でもこれを作れるのはオレだけとくれば……さぁ、赤司はどうするかな?」
「……っ」
花宮の言葉に、黒子は目を見開く。
「まぁ、赤司が全力で潰しにきたら、オレなんかひとたまりもねぇけどよ……でも、あいつだって無傷じゃすまねーはずだ」
たかがペット一匹の為に、果たして赤司がそこまでの犠牲を払うかな?
「となりゃ、結局あいつは泣き寝入りするしかない訳だ……なぁ、考えてみるだけで楽しいだろ?」
「…花宮、お前…っ」
「…そう怒るなって、可愛い顔が台無しだぜ?……まぁ、お前には気の毒だけどよ、恨むなら、どうせ大したはことできねぇだろうと高を括って、お前をオレの懐に入れちまった赤司を恨みな」
「勝手なことを…こんなに派手に動いたら、警察だって黙ってませんよ」
「けーさつ?」
歯を食いしばりながら言葉で噛みついてくる黒子に、花宮はバカにしたような薄笑いを向けた。
「…あぁ、何やらコソコソ動いてるみてぇだが、あいつらにだって何もできやしねぇよ」
「…なぜ?お前、何を企んでいる…っ」
「…おいおい、他人の心配してる場合かよ」
焦りを滲ませた表情を浮かべる黒子を、呆れたような眼差しで見下ろしながら、花宮は手にした小瓶を見せつけるように振ってみせた。
「お前の気にすることじゃねぇよ。どうせ、すぐに何も分からなくなっちまうんだからな……なぁ、上の口と下の口、どっちから飲みたい?」
「…この、下種が……ぐっ」
「…なるほど、上の生意気なお口より、下から突っ込んでほしいと……お望みのままに、オヒメサマ」
片手で黒子の口を塞ぎ、足を開かせながら、花宮は空恐ろしいほど優しく微笑んでみせた。





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