3−2



花宮真。
今日のパーティを主催する会社の代表取締役を務める、若き実業家である。
たった数年で情報産業に革命をおこし、富も名誉も手にした彼は、IQ180とも噂される天才だった。
が、その一方で、悪い噂が絶えないのも事実。
曰く、表の仕事で稼いだ金を元手にし、売春、闇金、果ては臓器の売買にまで手を出しているのだと。
なまじ表では善人を演じている分、いさぎよく悪役に徹する赤司より、よほどたちが悪いと評する声もあるくらいだ。
そしてそんな意見を主張する人間は、決まってこう続ける。
――なんせヤツは、赤司が嫌うクスリにまで手を出しているからね、と。








「…おいおい、仕事中だってわかってんだろうな。お気楽にナンパしてる場合かよ、このバカガミが」
「…ナンパって……いや、すんませんでした」
伊月との打ち合わせを終え戻ってきた日向に叱咤され、その事実とは異なる認識に反論しかけた火神だったが、結局は大人しく謝罪した。
一時でも仕事を忘れていたのは事実だったし――何より、実は自分たちと敵対する組織の人間に気に入られており、今日も今日とて仲良くしてましたと告げる覚悟が、まだできていなかったから。
「…たく、同じ男として気持ちは分かるけどよ……とにかく移動するぞ。配置換えだ」
「…了解」
日向に促されながら、火神はちらりと後ろを振り返った。
人ごみに紛れて判別はできないが、その先にあるバーカウンターには、黒子と花宮がいるはずだった。
自らの名と立場を明らかにした後、少し話しませんかと黒子を誘った花宮。
よろしければご友人もごいっしょに、と、一応気は使ってくれたが、それほど鋭くない火神にも、花宮が黒子と2人になりたがっているのはバレバレだった。
そこにあるのは下心か、はたまた全く別の企てか。
火神の胸に湧き上がったのは、疑惑の相手への不信感と、わずかな嫉妬。
本音を言えば、今すぐ黒子の腕をつかみ、この場から立ち去ってしまいたい。
だが刑事としてここにいる以上、容疑をかけている花宮の前で目立つ言動は避けるべきだし、何より、自分が黒子の行動に口を出す権利はないと、嫌というほど分かっている。
相反する2つの感情に板挟みになり、火神はすぐに口を開くことができなかった。
そんな火神に助け船を出したのは、他でもない黒子だ。
「…残念ですが、この方はボクの友人ではありませんよ」
「……え?」
愛想よく花宮に微笑みかけながらの黒子の台詞に、火神は訝しげな表情を浮かべた。
自分と火神とのつながりを、否定してみせた黒子。それは今までにはなかったことで――花宮を、警戒している?
「たまたま1人でいらしたところを、ボクが声をかけてしまいまして」
「あぁ、そうだったんですね」
「彼は仕事仲間のみなさん″とご一緒らしいですよ……くだらない世間話に付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした」
前半は花宮に、後半は火神に向けられたそんなセリフ。
つまり火神が仕事で――刑事としてこの場にいることも、承知しているというわけか。
「ではボクはこれで……お付き合いいただけますか、花宮さん」
「えぇもちろん、喜んで」
花宮にエスコートされながらその場から立ち去る際、黒子は火神だけにわかるように、ちいさく口を動かしてみせた。
『期待してますよ、火神君』
可愛らしいウィンクつきのそれは、一体何に対しての言葉だったのか――…
「…何企んでんだか知らねーけど、あんま無茶すんじゃねーぞ」
「おい、何ボーっとしてんだ。さっさと行くぞ」
「…うっす」
呼びかけに我に返った火神は、後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも、日向の後を追った。







「…きれいなカクテルですね」
バーテンダーに差し出されたグラスを満たすのは、うすいブルーの液体。
「スターダスト・レビュー″柑橘類がお嫌いでなければ、口当たりもいいし、おすすめですよ…何より、あなたの瞳の色にぴったりだ」
「…噂では真面目な方とうかがってたんですけど、随分と口説きなれてらっしゃるみたいですね」
自身も同じものを口にしながら黒子に微笑みかける花宮は、少々変わった形の眉を除けば、クセのない整った顔立ちをしている。
しかもこのそつのない行動と豊富な知識、そして多量のリップサービスが合わされば、ころっと落ちてしまう女は多いだろう。
それを揶揄してみせた黒子に、花宮は大げさに肩をすくめる。
「…心外だな、こんなこと、誰にでも言ってるわけじゃないですよ……あなただからです」
「…へぇ?」
「本当ですよ。以前、パーティでお見かけして以来、あなたの事が忘れられなくて必死に探したんです…なかなか素性がつかめず苦労しましたが、まさか我が社に深く関わっていてくださったとは」
やっとお会いできて、本当に嬉しいです。
うっとりとした眼差しを向けてくる花宮から、黒子はあえて視線を反らした。
「…ボクに関して調べたなら、ロクでもない評判もさんざん聞いたでしょうに」
「…とんでもない!不幸を乗り越え、今は慈善事業に励んでいらっしゃる素晴らしい方だと……特に、恵まれない子供たちへの援助に力を入れられているとか」
「……そこまで知っているんですか?」
「えぇ、無償で子供たちに愛情を注ぐ姿はまさに、現在によみがえった聖母だと」
すらすらと紡がれる賞賛の言葉に、黒子の表情がほんの少しだけ強張った。
間近にいる花宮ですら気づかないほどの、わずかな変化――その奥に潜むモノの正体を、花宮はまだ知らない。
「そう、ですか…」
自らの心を乱した感情の波を誤魔化すように、黒子は手元のグラスに口をつけた。
さわやかなライムの香りにほんの少し癒されたような気になり、余裕を取り戻した黒子は再び花宮に視線を向けると、サービスのつもりでにっこりほほ笑みかける。
「たしかに美味しいカクテルですね、気に入りました」
実に愛らしいそれに花宮は一瞬息をのむと、つづいて相好を崩した。
「そうですか、うれしいなぁ。あぁ、他に好みがあれば彼に言ってください。彼もうちの人間なんですが、バーテンとしての腕は確かですから」
花宮の紹介に、「原です」とだけ言葉を添えたバーテンダー。
確かに腕はいいのかもしれないが、長い前髪のせいでほとんど表情をうかがうことができず、そのせいでどこか不気味な印象を与える男だった。
「…では、バニラリキュールで何かつくってもらえますか」
「彼はオリジナルカクテルも得意ですから、ご期待にそえると思いますよ……原、こちらの方に、トクベツな酒をつくってさしあげろ」
「…承知いたしました」
花宮の言葉に、原はカウンターに背を向け、数種類のリキュールに手を伸ばした。
それらをシェイカーにいれる直前、さりげない動作で取り出した、小さな包み紙。
ちらりと振り向いた先、黒子の意識が花宮に向けられているのを確認してから、その中の白い粉末を、迷うことなく混ぜ入れる。
「…お待たせしました」
そして、表情一つ変えることなく、完成したカクテルを差し出してみせた。
「おいしそうですね」
甘い香りを楽しむように鼻を近づけ、グラスのふちを細い指でなぞってから、黒子はカクテルに口をつけた。
「うん、甘くておいしいです」
「……そうですか、それは良かった」
無邪気に喜ぶ黒子を見つめる花宮の瞳の奥には――いつの間にか、妖しい光が灯っていた。





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