3−1



ここ数年で驚くべき急成長を見せた、とある企業の創立パーティ。
豪勢にも大型客船を借り切ったその会場に、火神はいた。
参加客の多くは株主や取引先の上役――所謂セレブと呼ばれるような人種だったが、残念ながら火神はそのどれにも属さない。
そんな火神が縁もゆかりもない社交場へと赴くはめになったのは、この企業が違法な薬物を裏ルートで流しており、今回のようなパーティが、その取引場所の一つになっているというタレこみがあったからで――つまり、潜入調査である。
「…でも、タレこみったって、電話一本だったんすよね?んないい加減な情報に、こんな人数さいちまっていいのかよ」
「…たしかに、『信用できる筋』って言われてもなぁ…ほんと、お偉いさんの考えることはわかんねーわ」
着飾った人々であふれるフロア。その片隅で愚痴を言い合いながらも、火神と日向はさりげなく視線を巡らせている。
何か動きがあるとしたら夜更け過ぎてからだろうが、油断は禁物だ。
「…奥の方、ここからだとどうしても死角になっちまうな。配置について伊月と確認してくるから、ここはまかせたぞ」
「うーっす」
何かあったらすぐに連絡を入れるよう言い残し、日向がその場から立ち去ってから、火神は大きなため息をついた。
元々、かたくるしい場所が得意ではない火神だ。捜査の為といって無理やり着せられたフォーマルなスーツが、苦しくて仕方がなかった。
しかし本人の気持ちはどうあれ、先輩刑事たちに馬子にも衣装だとからかわれるくらい、サマになっているのだ。
実際、その均整のとれた逞しい体と男らしく整った顔立ちに、何人もの女性客が熱い視線を送っていた。
今にも声をかけてきそうな雰囲気にげんなりした火神は、さりげなく人ごみの中にまぎれこむ。
もちろん火神とて男であるから、綺麗な女性が嫌いなわけではない。
しかし今は仕事中であるし、それ以前の問題として、金をかけてゴテゴテに着飾り媚を売るような女は、火神のタイプではなかった。
ならば積極的なのが苦手かというと、そういうわけでもない。
火神自身がなかなか素直になれない性格なので、相手から好意を示してくれるのは、むしろありがたいくらいだ。
ただ、あからさまなセックスアピールより、もっと素朴な可愛さに魅力を感じるというだけで。
一見地味だがよく見ると可愛くて、ちょっと気が強かったりするのに、甘えたがりの側面もあったりしたらたまらない。
その上で性的な魅力も兼ね揃えていればいう事はないと、以前自分の好みのタイプについて語ってみせたところ、お前はどれだけ理想が高いのかと呆れられてしまった。
…んな人間がこの世にいるかダアホ!と思いっきり罵ってくれたのは、日向だったか。
しかしそんな日向に、火神は即答したものだ。
――いや、んなことないんすよ、と。
「…ちくしょう、そこで黒子の顔を思い浮かべちまうオレもどうなんだよ…」
「呼びました?」
「……っ!?」
突然声をかけられ、火神は驚きに飛び上がりそうになった。
「く、く、黒子っ!?」
「わぁ、やっぱり火神君だ。お久しぶりです」
なぜ、どうして、ここに、お前が。
聞きたいことは山ほどあるが、突然のことに言葉がでてこない。
黒子はそんな火神の頭からつま先までをじっくり眺め、にこりと微笑んだ。
「一瞬、別人かと思いました。普段のアメリカンカジュアルな火神君しか見たことなかったので、こんな恰好が似合うなんて意外です……すっごく、かっこいいですよ」
「…ばっ、おま、何言って…っ」
恥ずかし気もなく紡がれた言葉に、火神の顔に熱が集まる。
「やっぱりフォーマルなスーツって、筋肉があってこそ映えるんですよねぇ…足が長いからシルエットも綺麗だし、前髪あげて男前度もアップですね」
正直うらやましいですと言いながら、黒子はうっとりとしたような表情でほうっとため息をついた。
一方、そんな黒子が身に着けているのは、フリルブザムをアクセントにした、シンプルなカットのスーツだ。
細身のラインが体の華奢さを、横分けにされた前髪がユニセックスな雰囲気を際立てていて――
そういうお前こそ、すっげぇかわいい。
――なんて素直に伝えられたら、苦労はしない。
「ん、んなこたぁどうでもいい!…それより、なんでお前がここにいるんだよ」
「…なんでって、招待されたからですよ?」
ほら、と黒子が差し出してみせたのは、正式な招待状。
「ここの会社の株を、ボク名義で赤司君が買ってくれてたみたいで…なんか、結構な大株主らしいですよ、ボク」
「いやいやいや、らしいってお前な…」
今もっとも波に乗っている一流企業。その株価を思えば、配当金だけでもとんでもない額になるだろうに。
「…そうなんですか?ボク、そこら辺のことに疎くて…現金もカードも、ほとんど持ち歩いてないくらいですし」
黒子の意外な発言に、火神は疑問を口にする。
「お前のまわりの過保護な野郎どもが、よくそれで許すな。…欲しいものがあった時なんか、どうすんだよ」
「えーと、払いません」
「……は?」
「その時一緒にいる誰かが買ってくれたり、もしくは赤司君の傘下の店に行くことが多いので、そもそも支払いを求められなかったり」
「……」
「ていうか、ボクが欲しがりそうなものは、ボクが言い出す前に皆が買ってくれちゃったりするんで、アレが欲しいなぁ、とか思うことも少ないです……あ、でも、シェイクはよく自分で買いに行きますよ」
「……いや、なんかもう、オレが悪かった」
あまりに次元の違いすぎる話に、思わず頭を抱え込む火神。
黒子はしばらくその様子を不思議そうな眼差しで見つめていたが、すぐに笑顔に戻ると、両手を火神の袖口に伸ばしてきた。
「…なんだよ?」
「いえ、こんなかっこいい火神君を独り占めできてうれしいなぁ、って。正直、優越感かんじちゃいますね」
えへへ、といたずらっぽく笑う黒子の愛らしさに、火神は眩暈すら感じた。
「…バカか、なに言ってんだお前」
「だって、ほんとのことですよ?ほら」
きゅっと火神の腕に自分のそれを絡ませた黒子が目線で示した先には、女性たちの悔しそうな眼差しと、その中に僅かにまざるキラキラした表情――ん?なんでキラキラ?
訝しく思いながらも、火神にはそれ以上に気になるものがあった。
「…んで、オレを射殺さんばかりに睨み付けてくる野郎どもは、お前の何なんだ?」
「…さぁ?見覚えがあるような、ないような…」
小首をかしげながらそうのたまう黒子だが、この無邪気な小悪魔に心奪われてしまった犠牲者たちで、まず間違いないだろう……残酷なことに、奪った本人は自覚していないようだが。
「…ほんと、お前って顔ひろいよな」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇ!嫌味だ、い・や・み!」
そんな風に怒鳴りつけてから、ふと気が付いた。
「…そういや、お前今日はひとりなのか?例のおっかない保護者とか、番犬連中はどうしたんだよ」
過保護な男その1とか2とか3とか以下略の姿が見えないことを不思議に思い、今更ながら尋ねてみる。
「……そうですね、今はひとりです」
「…マジかよ、よくあいつらが許したな」
「だって、何かと目立つし、威圧感も半端ない人たちですから、今はいてもらっちゃ困るんですよ」
「…は?んなの今更だろうが。なんでそれが…」
問題なのかと問いを重ねようとした火神だったが、全てを言葉にすることはできなかった。
「お話し中、申し訳ありません…失礼ですが、黒子テツヤ様では?」
そんな控えめな声に向けた視線の先にいたのは、人好きのするような中々の美男子だ。
「…えぇ、そうですけど」
「あぁ、やっぱり!…嬉しいな、やっとお会いできた」
言葉を体現するように明るい笑顔を浮かべた男の顔に、火神は見覚えがあった。
(…ん?こいつって確か…)
「えと、すみません、そちらは…」
「あぁ、これは大変失礼いたしました」
黒子に促され、男は名刺を懐から取り出す。
「花宮真と申します――ようこそ、わが社のパーティへ」





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