2−1



黄金色の液体の中で泡がはじける美しい光景に、黒子は目を細めた。
「ご機嫌っスねー、黒子っち…でも飲みすぎっスよ、もうだーめ」
「あ…っ」
手からシャンパンのグラスを奪われ、黒子は不満気な声をもらす。
その響きはなんとも色っぽいもので、己の欲がまた一段と育つのを感じ、黄瀬は苦笑を浮かべた。
「もー、そんな声だしてもダメっスよ!…ここで黒子っちがつぶれちゃったら、オレさみしいっス」
今夜はめいっぱい遊んでくれるって、約束したでしょ?
耳元で囁かれ、そのくすぐったさから逃れるように、黒子は笑いながら白い喉をのけぞらせた。
「…どこもかしこも白くてやわらかくって…ほんと美味しそ、黒子っち」
「…今まで何度も食べてきたくせに、まだ味わいつくせてないんですか?」
シャンパンに添えられていた苺を黄瀬の口元に運びながら、黒子がからかうような眼差しで見上げてくる。
そんな黒子に、甘酸っぱい果実を細い指ごと咥えた黄瀬は、挑発的な笑みを浮かべてみせた。
「…甘かったり、すっぱかったり、苦かったり、からかったり……黒子っち、いつ食べても違う味がするんスもん」
「…んっ」
苺を口移しで分け与えながら、黄瀬は黒子をベッドの上に押し倒す。
2人の口の中で果肉はあっというまに小さくなり消えてしまったが、その後もつながった唇が離れることはなかった。
「…ぁ…っ」
舌が絡み合い、上あごを舐められ、むき出しの粘膜を嬲られる生々しい感触に粟立つ、黒子の柔肌。
そんな黒子に黄瀬は満足そうな笑みを浮かべ、散々味わい尽くした唇をようやく解放した。
「…は、ぅ…っ」
「…は…っ、こんなにおめめウルウルさせちゃって……黒子っちかわいー」
乱れた吐息のまま、黄瀬は黒子の頬から顎につたった唾液を舐めとっていく。
「…ふふっ、黄瀬君って、すぐボクのこと舐めますよね……ほんとに犬みたいです」
「…そう、オレは黒子っちのワンコっスからね…でもちゃんとかわいがってくれないと、オオカミになっちゃうかもよ?」
楽しそうにそんなことを言いながら、黄瀬は黒子の喉元に歯を立てた。
「ひゃ…っ!」
痛みとないまぜの快感に、黒子は甲高い悲鳴をあげる。
「…黒子っち、痛いの好きっスか?…うーん、黒子っちのこといじめるのなんてオレの趣味じゃないんスけど、悦んでもらえるなら頑張っちゃおうっかなー」
「…何バカなこと言ってるんですか、そんなことしたら黄瀬君のこと嫌いになりますからね」
黄瀬の台詞がお気に召さなかったらしい。ツン、と愛らしく唇を尖らせる黒子は、ご立腹のご様子だ。
「…ちょっ、じょーだんっスよ、許して黒子っち!…てか同じこと赤司っちとか青峰っちが言っても、ぜったい怒らないくせに…!」
なんでオレだけ…と、その綺麗な顔に似合わぬ情けない表情を浮かべながら、黄瀬はぐりぐりと黒子の頬に己のそれをなすりつける。
「…だって、あの2人から加虐心をとったら何が残るんですか……ほら、泣かないでくださいよ、ボクが本気で黄瀬君のこと嫌うわけないじゃないですか」
だから黄瀬君も、もうオイタはめっですよ?
半ば本気で泣きのはいっている黄瀬の頭をよしよしと撫でてやりながら、黒子は小さな子供をなだめる母親のように優しく言う。
「…ほんとっスか?」
「ほんとです」
言葉通り、黒子の青空色の瞳にはすでに怒りの感情はカケラも残っておらず、黄瀬は心底ほっとしたように肩の力を抜いた。
「よかったー……黒子っちに嫌われたら、オレ生きていけないっスからね…」
「…おおげさですね」
「おおげさじゃないっスよ!…もう、オレがどれだけ本気なのか、黒子っちは知らないでしょ」
呆れたように見上げてくる黒子の髪をかきあげてやりながら、黄瀬は笑みを消し、獲物を狙い定める美しい獣のように目を細めた。
「…口で言っても分かってくれないなら、体に教えてあげるっスよ…」
ここも、ここも、ここも…
体中かわいがって、何もわからなくなるくらい愛してあげる。
言いながら黄瀬は体の位置を変え、黒子のつま先からくるぶし、そしてやわらかな太ももの内側をたどり、足の付け根までを唇で啄んだ。
「…ん…っ」
そのむず痒いような快感に、黒子は小さく喘ぎ体を震わせる。
「…黒子っち、ほんとかわいい…」
すっかり食べごろになったご馳走を前に、黄瀬は舌なめずりをしそうな勢いだ。
これ以上は我慢できそうにないと、掠れた声で黒子に問いかける。
「黒子っち…オレに、どうしてほしいっスか…?」
「…ぁ、黄瀬く…っ、ボクのこと、食べて…もう、めちゃくちゃにしてください…っ!」
「黒子っち…っ!」
お許しはもらえた、さぁ思う存分にむしゃぶりついてやろう――としたところで、
「………てめーら、いい加減にしやがれ」
そんな低い声が、2人の間に割って入った。
「…えー、ここで邪魔するって、どんだけ空気よまないんスか青峰っち」
ベッドの上で絡み合う黄瀬と黒子から、離れること数メートル。
実はかなり前から――どころか、彼ら3人でこの部屋にやって来た時からずっと、床に正座させられ、睦み合う2人のやり取りを見せつけられていた青峰だ。
黄瀬はいいところで待ったをかけられ不満そうだが、青峰がここまで耐えていたこと自体、奇跡みたいなものだった。
「うるせぇ!…ちくしょう、さんざん見せつけやがって。つーか黄瀬は甘えた声だしすぎなんだよ、気持ちわりぃ!」
確かに、黄瀬の蜂蜜のように甘い声はあくまで対黒子仕様の限定的なものなので、他人が聞けばまさに誰だお前状態だろう。
「…だいたいテツも、黄瀬のこと甘やかしすぎだろ…だからその駄犬が調子にのるんだ」
そんな風に訴えてくる青峰に、黒子は呆れたようにため息をついてみせた。
「…調子に乗っちゃった駄犬は、青峰君の方でしょ?…まったく、オシオキされてる自分の立場、分かってるんですか?」
黒子の冷たい視線にさらされ、青峰は思わずぐっと言葉につまる。
そう、青峰が目の前のおいしいご馳走を前に、ただ指をくわえることしかできないでいたのは、全部そのオシオキのせいなのだ。
「…青峰君が好き勝手暴走してくれたおかげで、せっかく傘下に下った組織は壊滅状態……まぁ確かに、元は格下の相手だと、ボクたちのこと舐めきっていた人たちでしたが、いくらなんでもやりすぎですよ……どうしてキミって人は、そう抑えがきかないんですか」
身を起こしベッドの上に正座した黒子は、すっかりお説教モードに突入している。
それを見た黄瀬は行為の続行を諦め、せめてもと背後から黒子を抱え込んだ。
「…たしかに、赤司っちかなり怒ってたし……まったく、青峰っちってば、黒子っちの手を焼かせてばっかりっスよねー」
黒子を腕に抱き、そんな風に追い打ちをかけながら、黄瀬はふふんと勝ち誇ったように笑ってみせた。
「……っ」
どんなに悔しくても、それが事実であるが故に、青峰は言い返すことができない。
ギリギリと歯を食いしばりながら、耐えるしかなかった。
「…黄瀬君の言うとおりですよ……青峰君のせいで、ボクまで赤司君に怒られるはめになって…」
悲しそうに言いながら肩を落とす黒子は、まさに主人に叱られた子犬そのものだ。
もし耳と尻尾がついていたら、しょんぼりと垂れていることだろう。
「…うぅっ、赤司君にぶたれたのなんて、はじめてです」
「…ぶたれた…?」
「…え、黒子っち、そんなことされてたっけ?」
その時の光景を近くで見ていたはずの黄瀬と青峰は、黒子が何を言っているのか分からず、思わず目を見合わせた。
そう、あの時はたしか3人そろって呼び出しをくらい、代表として頭をさげた黒子に赤司が「ダメだよテツヤ、部下とペットのしつけはちゃんとしろと言ったじゃないか」そう困ったような口調で言いながら、コツンと頭に軽く拳を落として――そうか、そのことを言っているのか。
「…むしろアレだよな、他のやつらがあの赤司を見たら、失神するレベルだよな……甘すぎて、逆にこえーよ」
「…黒子っち相手じゃなかったら、拳でコツンじゃなくて、拳銃でズドンだったのは間違いないっスからね…」
遠い目でそんなことを言い合うふたりに、黒子は首をかしげる。
「2人とも何言ってるですか…ちょっと意地悪なところもありますけど、赤司君はやさしい人ですよ?」
んなわけあるか!!
あやうくそう絶叫しそうになった青峰と黄瀬だったが、優れた生存本能を持つふたりは、ギリギリのところでその言葉を飲み込んだ。
だって、万が一にでも赤司の耳にはいったら――よそう、想像するだけで怖すぎる。
「…でもほんと、黒子っちは赤司っちのこと好きっスよね」
「はい!…あ、でも、黄瀬君と青峰君のことも大好きですよ?……だから、これからもずっと、いっしょにいてくださいね」
嬉しそうに即答しながらも、後半の台詞はどこか不安げなものだった。
甘えるように黄瀬の胸元に頭を擦り付ける黒子の胸にある想いは、ひとつだけ。
『もう、1人にはなりたくない』
それが分かっている黄瀬は、心細さに小さく震える体を、思いっきり抱きしめた。
「…当たり前じゃないっスか!むしろ離してって言われても、ぜったい離さないっスよ!」
「黄瀬君…」
自らを閉じ込める力強い腕に安堵し、自然と強張っていた黒子の体から力がぬけていく。
「んなの、オレだって…っ」
そこで、未だその場から動けないでいる青峰が、自らの存在を主張するように声をあげた。
「…青峰君」
「…ほら、オレのことも大好きなんだろ……思いっきりかわいがってやるから、もう勘弁しろって」
言葉では偉そうに言いながら、今すぐにでも黒子にかけよりたくて体をうずうずさせている青峰。普段は触れたら切れそうな鋭さを宿す瞳も、今は迫力が8割減だ。
「…しかたないですね……ほら、青峰君もきてください」
許しの言葉と共に伸ばされた、黒子の両腕。
しびれを訴える足に気付かないふりをして、青峰はその腕をとると、指先に口づけた。
「…ありがとうございます、ご主人様ってな……なんなら尻尾でも振ってやろうか」
「…青峰っちが言うと下ネタにしか聞こえないっスよ……てか結局3人でっスかぁ?」
あーあ、今夜は黒子っちのこと独り占めできるかと思ったのに。
そんな風に不満をもらす黄瀬に容赦なくケリを入れながら、青峰は黒子の体をその腕の中から奪還する。
「ちょ、何するんスか!?オレの黒子っち返して!」
「うるせぇ、つか誰がお前のだ!…てめーのおかげでテツ不足なんだ、充電させろよ」
言い争い、自分を取り合う青峰と黄瀬に抗議の声をあげながら、それでも黒子は幸せそうな笑みを浮かべていた。





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