※R18、暴力、モブ黒描写がありますのでご注意ください







火神はその時、薄暗い路地を全力疾走していた。
刑事になって早3年。ずっと追い続けてきた犯罪組織の取引の現場をつかみ、喜び勇んでやってきたはいいが、結局はその情報のすべてが罠だった。
追い詰めるはずが逆に追い詰められ、その場から逃げ出すのが精いっぱいという散々な結果に。
「…考えてみりゃ、赤司の野郎が、ほいほい尻尾つかませる、はず、ねーんだよな!」
息を途切れさせながら、ヤケクソ気味にそう叫ぶ。
相手に自分の居場所を教えるような愚行だと分かっているが、この発散しようのない悔しさを前に、どうして黙っていられようか。
とりあえず運のいいことに、周りに人の気配はないようだ。
それを確認すると、火神は足を止め、建物と建物の狭い隙間に身を隠した。
共に現場に乗り込んだ先輩刑事の日向や伊月たちは大丈夫だろうかと、乱れた息を整えながら、バラバラになってしまった仲間の事を思う。
「…くそっ、どうにかして連絡とらねーと」
無線は現場に落としてきてしまったし、携帯を使って現在地を特定されるようなことになったらマズイ。
――赤司を相手に、用心のしすぎはないからな。
日向が散々くりかえした言葉を思い出し、珍しく慎重な行動を心がける火神だが、これでは八方ふさがりだ。
逃げるにしろ相手を追うにしろ、このままこの場所でじっとしているわけにはいかないだろう。
…いっそ囮になるつもりで、正面突破してみるか。
この場に誰か他の人間がいれば、それだからお前はバカガミなんだどんだけ無謀なんだと頭の1つでもはたいてやっただろうが、残念ながら今は火神ひとりきり。
それでもなけなしの理性が危険を訴え、しばらくの間、実行に移すか否か悩んでいた火神だったが、ふいにその優秀な聴覚が近づいてくる複数人の足音を捕えた。
「…やべっ」
慌てて反対方向へ逃れようと体の向きを変えるが、その先にもまた、黒い服をまとった男たちの姿があって。
「…ちくしょう、囲まれたか……まぁ、でも、これで思い切りがついた」
銃弾の一発二発は受ける覚悟で、向かっていってやる。
ニヤリと不敵に笑いながら邪魔な上着を脱ぎ捨てた火神の背後、どこかの裏口なのだろうドアが、音もなく静かに開く。
「…んじゃ、いくか……っ!?」
ぐっ、と足に力を入れ、走り出そうとしたまさにその時、すっとのばされた手が火神の腕を捕らえ、建物の中に引きずりこんだ。
そして―…





「おい、あいついねーぞ!」
「んなわけねーだろ、よく探せ!確かにこっちに走ってくの見…」
「……誰か、お探しですか?」
確かに追い込んだはずの火神の姿を見失い、忌々しげに言い争う男たち。
そんな喧噪の中にあって、その小さな声は不思議と男たちの耳に届いた。
「…っ!?く、黒子さん、いつからそこに!?」
いつからそこにいたのか――いや、影が薄いだけで最初からいたのかもしれない。
殺伐としたその場には似合わない、静謐な空気を身にまとった線の細い少年の姿に驚き、男たちは目を見開いた。
「…あ、あの、実は刑事がひとり紛れ込みまして…」
「デカくて、赤い髪をした野郎なんですけど…黒子さんは見てないですか?」
「…さぁ、見かけませんでしたけど」
「でも、確かにこっちに…」
「…見てません、と言ったはずですよ」
疑うような発言をした男に、少年――黒子はにっこり微笑んでみせる。
「ひどいです、ボクの言葉を疑うんですか…?」
男の1人に近づき、その顔を白い指先で撫でながら、黒子は拗ねたように唇を尖らせた。
「…ひっ、す、すみません、あの…っ」
そんな黒子に、男は赤くなったり青くなったりと実に忙しい。
目もくらむような愛らしさと色気にあてられ、今すぐにでも目の前の細い体にむしゃぶりつきたくなるが――それを実行してしまった後に待っている恐怖を思えば、そんな欲望に従うわけにはいかない。
小柄でいかにもひ弱そうな黒子に屈強な男たちが振り回される光景は、いっそ滑稽なほどだった。
「…じ、じゃあオレらはこれで…」
動揺を隠しきれないまま、何とかそれだけを言葉にすると、男たちはまさに逃げ出すように慌ててその場を後にした。
「…さてと……もう大丈夫ですよ、火神君」
男たちの姿が見えなくなったのを確認すると、黒子は背後のドアを開け、その中を覗き込んだ。
「…悪かったな……正直、助かった」
倉庫として使われているのか、無造作に物が置かれたその部屋の隅に身を隠していた火神が、黒子の呼びかけに這い出してくる。
言葉では礼を述べつつ、その顔に浮かぶのはいかにも不本意そうな表情だ。
それどころか黒子と視線を合わせようともせず、微妙に体が逃げの体勢をとっている。
「…もう、せっかく助けてあげたのに、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか……こないだは、あんなに仲良くしてくれたのに」
不満気なふくれっ面を浮かべる黒子の発言に、火神はギョッと目をむいた。
「…なっ!?それ、は…っ」
「…あれですよね、火神君って見かけの割に意外と真面目な人ですけど、基本はやっぱり野獣…」
「わー!わー!何いってんだてめぇはっ!!」
それ以上は言わせまいと大声をあげた火神に、黒子はくすりと小さな笑みをこぼす。
そして小首をかしげ、挑発するような上目使いを火神に向けたまま、足を一歩踏み出した。
黒子が一歩火神に近づけば、火神は一歩後退する。更に黒子が近づけば、火神は更に後退する。
それを繰り返すうちに、とうとう火神は壁際に追い詰められてしまった。
「…ちょ、ちょっと待てって!それ以上オレに近づくな!」
「…そう拒絶しないでくださいよ」
腕を正面に突出しそれ以上の接近を防ぐ火神に、黒子は悲しそうに眉尻を下げた。
その様子がまるで捨てられた子犬のようで、火神は罪悪感に苛まれるが、ほだされてはいけないと必死に自分を戒める。
だって…
「…ボクを抱いたの、そんなに嫌でした?あんなにがっついてきたくせに……一回ヤったらポイ捨てですか、この最低男」
…ほらきた!やっぱきた!
絶対的な弱みを握られている相手に、気遣いなんてしてられるかチクショウ!
「…ぽ、ポイ捨てとか言うな人聞きの悪い!」
「だって、あの後ぜんぜん会ってくれなかったじゃないですかー」
「どこの世界にマフィアの幹部にほいほい呼び出されるデカがいるんだよっ!?」
それは数か月前のできごと。夜の街で、2人は出会った。
多くの人で賑わう繁華街で適当に暇つぶしをしていた火神に、黒子が声をかけたのだが――そこから何がどうなったのか、気がつけば2人はベッドを共にしていたわけで。
「もう、今だに自分でもわけがわかんねー!どうしてああなった!?」
最初に声をかけられた時は、黒子の中性的な外見に、逆ナンかと思った火神だ。
それはそれで面倒だし、男だとわかればなおさら。適当にあしらってさっさと振り切ろうと思っていたのに、意外と趣味が合った相手との会話は、いつの間にかおおいに盛り上がってしまっていて――場所を移しませんかなんて黒子の言葉に乗ってしまった辺りで、すでに詰んでいたのだろう。
「…なぁ、まさかお前、最初からオレのこと知ってて声かけたのかよ?偶然にしてはできすぎてるもんな……お前の正体を後で知った時、オレがどれだけ驚いたことか…」
「あれ、言ってませんでしたっけ?…そうですよ、赤司君からおもしろい刑事さんがいるって話を聞いて、実際に会ってみたくなったんです」
裏社会を牛耳る若きドンである赤司は、火神にとってはやっかいで危険な敵であり、黒子にとっては家族のような大切な存在である。
「…赤司はお前のボスなんだろ?デカなんかと仲良くしてたら、マズいんじゃねーのかよ」
「…何でですか?警察の中…特に上の方の人たちには、ボクと関係してる人が他にもたくさんいますし、もちろん赤司君もそれは知ってますよ。ボクたちにとって都合の悪いことがあった時には、彼らがもみ消したり、いろいろ便宜をはかってくれるので、とても助かってます」
「って、何さらっと爆弾発言かましてんだよ!?」
警察上層部の腐敗を垣間見てしまい、火神は思わず天をあおぐ。
「そもそも、赤司君はそんなことでボクのこと叱ったりしません。テツヤはテツヤのやりたいようにすればいいって言ってくれてますし…むしろ、オトモダチが増えましたって報告すると、喜んでくれますよ」
「と、ともだちって…てめーはオトモダチとセックスすんのかよ!?」
「はい、しますけど…」
それが何か?と小首をかしげる黒子に、火神は頭痛を感じた。
……いやいやいや、相手は特殊な環境で生まれ育った、闇の世界の箱入りむすめ…もとい、むすこ。自分の常識をあてはめて考えたら負けだ。
そう自分に言い聞かせながら、なんとかして退路を見出そうと、火神は室内に視線を走らせる。
「…とにかく、オレはお前のオトモダチになるつもりはねーからな。今後一切、オレに声をかけるな関わるな。…ぶっちゃけ迷惑だ」
「……わかりました」
実際、黒子の存在は刑事である火神の立場を危うくするだろう。それどころか、仲間を危険に巻き込むかもしれない。
それだけは避けなければと、自身の未練を断ち切るためにも、あえて冷たい口調でそう言い切った火神に、黒子もようやく諦めて――
「…でも、助けてあげたお礼はしてもらわないと」
――くれるかと思ったが、そんなに殊勝な性格は持ち合わせていなかったようだ。
「礼って……なんだよ、オレなんか相手にしなくても、お前を欲しがる野郎なんざ、それこそ掃いて捨てるほどいるんじゃねーのかよ」
「…でも、今は、火神君がいいんです」
そんな言葉に、思わず火神は黒子と視線を合わせてしまった。
……あぁ、まずい。
この目に囚われたら、もう逃れられないと分かっていたのに。
「…ほんとは、キミも欲しかったでんしょ、ボクが」
「……っ」
背伸びをした黒子にそう耳元で囁かれ、あまつさえペロリと唇を舐められ――これで自分を抑えられる男がいたら、そいつは不能かキリストの再来に違いない。
半ばヤケクソ気味にそんなことを考えながら、火神は黒子を抱き締め、唇を乱暴に塞いだのだった。




「…ぁっ!…も、きもち…っ!」
「……っ」
ほとんど衣服を乱すこともない、性急な行為。
それでも脳を溶かすような甘い黒子の嬌声と媚態に、火神は目も眩むような快楽を感じていた。
「…は、ぁっ、か、がみ、く…っ!」
「…ちっくしょ…っ」
己にしがみついてくる小さな体を抱き返しながら、火神はその男らしいくっきりとした眉根をよせた。
子犬のように懐いてきたかと思えば、子猫のようなそっけなさで姿を消したくせに。
どうしてこうも自分に絡むのか――自分はそれを受け入れてしまうのか。
好き勝手翻弄されるのが分かっていて、それでも拒むことのできない存在――決して、手に入れることはできないというのに。
腕の中で可愛く鳴き声をあげる憎らしい生き物、でもやっぱり嫌いになれそうにない自分が悔しくて、火神は八つ当たりするように激しく黒子を突き上げた。
「ひゃうっ!…や、はげし…っ、…ボク、もう、あぁ…っ!」
「…黒子っ!」
切羽詰まったような悲鳴を上げる黒子に、火神の欲望もまた上り詰めていく。
弱い場所を容赦なく責められ、反射的に逃げをうとうとする黒子の抵抗を許さず、火神は深くまで己を突き入れると、ついに欲望を放った。
「…く…っ!」
「あぁ…っ」
胎の中を濡らされる感覚に、黒子も掠れた悲鳴をあげながら絶頂を迎えた。
「……は、ぁ…っ」
頬を桃色に染め、体の中から欲望を引き抜かれる感覚に身を震わせながら、黒子はうっとりと目を閉じている。
その表情は実に色っぽく、それでいてあどけなさを持ち合わせていて。
このギャップに、男は――他でもない自分自身もやられてしまったのだと自嘲しながら、火神は身を起こした。
「…なぁ、お前さ」
未だ整いきらない呼吸のまま、火神は黒子に話しかける。
「…は、い?」
「…お前って見かけによらず、意外と口悪くて性格も悪くて……でも、やっぱりいい奴だとは思うんだよ」
話してて楽しいと思ったし、慈善事業に手を出してるなんて噂もきいてるし。
「……はぁ」
火神が何を言おうとしているのか分からず、黒子はただ黙って耳を傾けた。
「…お前の生い立ちを考えりゃしかたねーんだろうけど、お前に血と硝煙の世界は似合わねーよ。…だから、もしオレのことが気に入ったっていうなら、その…」
いっそ足を洗って、オレといっしょに来ないか?
そう言いかけた火神の口を、黒子は己のそれで塞いだ。
「…黒子?」
「…ありがとうございます、火神君。……たしかにボクは暴力は嫌いだし、キミについていけたらどんなにいいかと思います。けど…」
「けど…?」
「…犬をね、飼ってるんです」
「…犬?」
「そう、ボクの帰りを待ってるかわいい犬。青いのと黄色いのと、きまぐれに紫のも遊びにきますし、緑のも最近やっと素直に甘えてくれるようになりましたし……彼らを置いていくわけにはいきませんから」
『彼ら』って……それは本当に動物の犬なのか。
思わず顔をしかめた火神にかまわず、黒子はざっと身なりを整えると、部屋のドアに目を向けた。
「さぁ、騒ぎも落ち着いた頃でしょうし、そろそろ行きましょうか」
「…ちょっと待てって、まだ話はおわってねーぞ!」
立ち上るよう促してくる黒子に、火神はなお食いついてみせた。
そんな火神に、黒子は困ったような笑みを浮かべる。
「…ボクみたいな人間のこと、真剣に考えてくれる火神君が好きですよ……でもボク自身が赤司君の犬ですから、キミのものにはなれません」
「…な、に言って…」
「ボクといっしょにいたいと思ってくれるなら…そうですね、火神君もボクに飼われてみますか?」
それならいつでも大歓迎ですよ。
そう言い残しドアの向こうに姿を消した黒子に、火神はそれ以上かける言葉を見つけられなかった。





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