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聞きたいことはまだまだたくさんある。
しかし、黒子の顔に疲労の色を見つけ、自身もさすがに疲れを感じていた火神は、とりあえず体を休めることにした――までは良かったのだが、実際に横になるまでには、そこからもう一揉めすることになった。
火神のとった部屋には、ベッドがひとつしかなかったのだ。
そもそも半ば連れ込み宿のような、質のよくない場所である。ツイン部屋があるかどうかも分からなかったし、何より先ほど男たちに襲われたばかりの黒子を、ひとりにするのはあまりに不安だった。
仕方なく、ベッドは黒子に譲り自分は床で寝ようとした火神だったが、それに反対したのは他でもない黒子だった。
黒子にはほとんど所持金がなかったので、ここの支払いも当然火神になる。そんな火神を差し置いて、自分がベッドを使うわけにはいかないと言うのだ。
そんな黒子の、見かけからは想像がつかないほどの男気と頑固さに、火神はいっそ感動すら覚えた。
…が、それはそれ、これはこれはである。
自分より明らかに弱い相手に労わられる事を、良しとするような火神ではない。
互いに一歩も譲らず、結局は宿の主人に余分に金を渡し、大き目のソファを部屋に運びこませることになった。
そんなに立派なものではなかったが、黒子であれば充分ゆったりと横たわることのできる大きさだ。
それでお互いようやく納得し、それぞれ床についた。
もともと枕が変わったといって寝付けなくなるような繊細な神経はしていないし、それでなくても色々とあった一日を終え、その疲労も手伝ってか、火神は早々に訪れた眠気に身をまかせた。
――それから、何時間たった頃だろう。
ふと感じた人の気配に、火神は目を覚ました。
あくまで静かなそれは、おそらく黒子のものだろう。
何をする気なのか予想もつかなかったが、少なくとも敵意はなかったし、万が一襲われるような事になったとしても、相手は黒子である。負ける要素を見いだせないような人間に、危機感を抱けという方が無理な話だ。
そう考え、火神は横になったまま相手の出方を伺っていた。
そんな火神に気付いているのかいないのか、黒子は迷うことなく距離を縮め、
ギシリ
と、妙に大きな音をたて、ベッドへと乗りあがってきた。
「…っ!?」
そのまま体をまたぎ、馬乗りになろうとしたところで、たまらず火神は身を起こした。
ついでに手を伸ばし粗末な照明をつけると、その眩さに黒子が目を瞬かせる。
「…お前、何すんだ!」
「…あ、やっぱり起きてました?」
「起きてたんじゃねぇよ起こされたんだっ!…つーか、何するつもりだったんだてめぇ」
事と次第によっちゃあ許さねぇぞと強く睨みつける火神に、黒子はコクリと首を傾げてみせた。
「…ボクは今日、キミに助けられました」
「…あぁ?」
今更何を言い出すのかと眉間にしわを寄せる火神に構わず、黒子はあくまで無表情のまま言葉を続ける。
「…しかも、背中のアレを見ても、いやしい奴隷の身分だと蔑むどころか、労わってくれましたよね……それがこの国においてどれだけすごい事か、キミは分かっていないでしょ?」
「……それは…」
「あんな風に扱ってもらえたのは、どれくらいぶりか……本当に、嬉しかったんです」
火神とて分かってはいるのだ。恵まれた身分の人間の中には、自分より下の存在をモノのように扱う輩も少なくない。いやむしろ、それがこの国での常識なのである。
黒子が今までどんな扱いを受けてきたのか想像もつかない――したくもないが、奴隷として生まれてきた以上、それなりの目に合ってきたのは間違いないだろう。
だから、火神が大して事情も知らない内から自らの存在を受け入れた事に対し、黒子が嬉びを感じたとしても、無理はないことなのかもしれない。それは理解できる。
でもそれがなぜ、黒子のこの行為につながるというのか。
「…もしボクが大金や、役に立つような知識を持っていたら、それを差し出しました……でも、今のボクには、これしかないですから」
そんな台詞と共に、黒子は腕を伸ばし、
「…っ!」
チュッ、と可愛らしい音を立て、火神に口づけた。
「…おまえ、っ!?」
細い肩に手をかけ慌てて自分から引きはがしながら、そこで火神は気付いてしまった。
そう、黒子を乗せたまま火神が身を起こした為、今は黒子を膝の上にまたがらせたような形で向かい合っている彼らの体勢に。
そして、すでに下衣を脱ぎ捨てむき出しになった黒子の足の、その細さと白さに。
思わず目を奪われた火神に気付いたのか、黒子は小さく微笑んだ。
火神の手を取り、自らの口元に持っていったかと思うと、カプリ、と子猫がするように、甘くたてられた白い歯。
「…っ!」
更には、挑発するように指に舌が這わされ、目の前の極上の獲物に、火神は自分の男としての本能に火がつくのを感じた。
「…っいいから!ちょっと待てって!」
それでも、ギリギリ理性を働かせ静止の言葉を吐いた火神に、黒子は不思議そうな顔をした。
「…男を抱いた経験はありませんか?面倒なのが嫌なら、準備はボクがしますし……何なら、口で処理してもいいですよ」
「そういう事じゃねぇよっ!!」
まるで明日の予定を立てるような気楽な様子で提案してくる黒子に堪らなくなり、火神は怒鳴りつけた。
「……?でも、ボク自身が嫌という訳ではないんですよね?」
体は未だ密着したままだ。すでに反応している火神のソコの熱に、黒子が気付かないはずない。
「……あ、もしかして、受け身が好きだったり…」
「んな訳あるかアホかてめぇはっ!!」
色々言いたいことはあるが、とんでもない勘違いはとりあえず全力で否定しておかなければ。
息を切らすほどの勢いで怒鳴りつけた火神に、黒子は今や困惑顔だ。
「…なら、何でなんですか?」
「…何でって…お前、本当に分からねぇのかよ?」
「…分かるもなにも、ボクはただお礼を…」
「だから、その手段がおかしいだろうっ!お前はいつもそうやって、誰にでもほいほい体差し出すってのかよ!?」
黒子が火神に恩を感じているのは分かる。それでも、火神がしたことが、黒子がその身を差し出すに値することだとは到底思えない。
「…説明するまでもないと思ったので言いませんでしたが、まさかボクが、男を知らないとは思ってないですよね」
「…それはっ!…そう、だけど、でも…っ!」
「…もしかして、自分を大事にしろとかそういう事ですか………ばからしい」
そう吐き捨てた黒子の表情があまりに冷たくて、そこに込められた昏い感情に、火神は一瞬恐怖すら感じた。
「…不幸自慢をするつもりはありませんが、今までどれだけの変態に好き勝手されたか分かりません。『お前にはそれくらいしか能はない、だから大人しく足を開け』…そう言われ続けてきました」
「…お前」
「だからずっと、そうしてきました。…生き残る為、自分を守る為……時には、こんなボクでも、誰かの役に立てばと思ったこともありましたが……どちらにしろボクの価値なんて、そんなものなんです」
…だから結局は『彼ら』にも、置いて行かれるはめになったのだ。
最後のセリフは心の中だけで呟きながら、こみ上げてくる感情の波を無理やり飲み込む。
そのまま、声が震えてしまうを恐れてほんの短い間黙り込んでいたが、ふと新たな可能性に気付き、再び口を開いた。
「…あぁ、それとも」
そこで、黒子の表情に浮かんだのは、はっきりとした自虐の笑み。
「……散々使い捨てられてきた体を抱くのが、嫌なんですか」
それがあまりに似合わなくて、それ以上見ていたくなくて、火神は衝動のまま黒子の肩をつかみ、ベッドの上へと押し倒した。
「……火神…くん?」
「…黙れよ、黒子」
先ほどまでとは入れ替わった体の位置。
目に飛び込んできた照明の光が眩しかったのか目を細めながら、黒子は不思議そうに火神を見上げている。
…あぁ、そういえば、お互いにちゃんと名を口にしたのはこれが初めてだ。
何もこんなタイミングでなくてもと苦笑しながら、火神は黒子に覆いかぶさり――そのまま自分のそれで黒子の唇を塞いだ。





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