4−3



真夜中過ぎ、黒子は目を覚ました。
己を抱き込む緑間の腕をそっとはずすし、静かに身を起こす。
そのまましばらく緑間の端正な寝顔をじっと見つめていたが、その額にひとつキスを落とすと、ベッドを抜け出し部屋を後にした。
「…まったく、お前は本当に難儀なヤツなのだよ……いっそオレたちを憎んでしまえば、楽になるだろうに…」
目を覚ましながらも黙って黒子を見送った緑間は、複雑そうな表情でそう呟き、深いため息をついてみせた。





ナイトガウンを軽く羽織っただけの黒子は、その無防備な姿のまま、迷いのない足取りで目的地――『キセキの世代』専用に用意された執務室を目指していた。
「…いますか、赤司君…?」
やがてたどり着いたその場所。黒子は大きな扉にノックをしながら、そう声をかける。
しかし一向に返事は返ってこず、あてが外れたのかと一度は引き返そうとした黒子だったが、何か思いついたような表情を浮かべると、ドアのノブに手をかけ部屋の中へと足を踏み入れた。
「…すみません、失礼します…」
遠慮がちにそう声をかけながら薄暗い部屋に視線を走らせると、奥に置かれたソファの上に、見慣れた赤い髪を見つけた――黒子の予想通り、仕事の途中、ここで仮眠をとっているのだろう。
その場ではそれ以上声をかけることはせず、身に沁みついた動作で足音を殺しながら赤司に近づくと、その顔を覗き込む。
人形のように静かに眠る赤司の顔色は、優れないようだった。こんな月明かりの下でも分かってしまう程に濃い、疲労の色。
それを目にした黒子は床に膝をつくと、そっと手を伸ばし赤司の頬を優しく撫でた。
「……なんだい、テツヤ…」
その途端、目を閉じたまま赤司が口を開くが、黒子は驚いた様子を見せるわけでもなく、ただ小さな笑みを浮かべる。
「…やっぱり起きてましたか。何でもできる赤司君なのに、タヌキ寝入りだけは下手くそですよね…緑間君もですけど」
「…まったく、テツヤには適わないな」
赤司は観念したように瞳を開くと、横になった体勢のまま黒子の腕を引き、ソファに腰を下ろすよう促した。
「…ちょうどいい、枕が欲しいと思ってたところだったんだ」
先ほどの辛辣な言葉に対する報復か、赤司は有無を言わせず黒子の膝を占領すると、その色違いの瞳を楽しそうに細める。
「…それで?タヌキ寝入りの真太郎を残して、僕に何の用だい?」
「…ボクの用件なんて、赤司君が分からないはずないでしょうに…」
黒子は赤司の問いにそう返しながら、腕を伸ばし、近くのテーブルに置かれたランプに火を灯した。
部屋を照らした小さな明かりの眩しさに、黒子も赤司も、何度か目を瞬かせる。
「……うん、だいぶマシな顔色になった。真太郎に優しくしてもらえたみたいだな」
どこか非難めいた言葉に応えることはせず、赤司は黒子の顔を見て言う。
「…顔色が悪いのは、赤司君ですよ。……だいぶ、お疲れみたいですね」
話をはぐらかされるのには慣れている。諦めたように小さくため息をつきながら、黒子は赤司の頭を撫でた。
「…まぁ、毎日毎日、口先と虚勢だけは立派なボンクラどものフォローをさせられていれば、疲れもするさ…」
細く繊細な指先に触れられる心地よさに、赤司は再び目を閉じた。
赤司が弱音を吐くとは、今回の遠征はやはりかなりの規模になるのだろう。
…あまり無理しなければいい、そう心配しながらも、こうして赤司が身を委ねてくれるたび、プライドが高い猫が気を許してくれたようで、黒子は少し嬉しくなる。
――たしかに嬉しい、でもだからこそ余計、悲しかった。
「…赤司君、キミは彼を――火神君を、どうするつもりなんですか?」
黒子が発したストレートな言葉に、赤司は思わず苦笑を浮かべる。
「…よほど彼の事が気に入ったみたいだな……真太郎に、そういった事は隠せと忠告されなかったかい?」
「…青峰君や黄瀬君には、勿論そうするつもりです……でも赤司君の前では、全てムダなことですから」
だって、もう全部分かっているんでしょう?
「…彼はボクを助けてくれました…下心なんか一切なく、純粋な好意からです。そんな彼にボクが恩義を感じているのは事実ですけど、でも、本当にそれだけなんです、だから…っ」
「…テツヤ、脱いで」
「……は?いきなり何を…」
黒子の訴えを遮り、赤司が発した言葉。
あまりに突拍子もない内容に対応できずにいる黒子に構うことなく、赤司は身を起こすと、薄手のナイトガウンに手をかけた。
「…アレが見たい。……できるよね、テツヤ?」
「……は、い…」
赤司の強い眼差しと、己の名を呼ぶ声。
それを前に、今まで一度だって逆らえたことなどない黒子だ。
今も、身を震わせながら赤司の言葉通りにすることしかできなかった。
「…いい子だ。そこに立って、よく見せてくれないか…」
薄明りの元、自分だけ一糸纏わぬ姿を晒すのは、ベッドを共にするのとは別の恥ずかしさがある。
羞恥心に頬を紅く染めながらも黒子は覚悟を決め、生まれたままの姿になる。
そして、赤司がソレを見やすいように体を反転させた。
黒子のその白い背中で主張するのは、彼が背負う刻印――5枚の花弁を持つ、美しい花の刺青だった。
「…キレイだ……」
その花びらの赤い部分に、赤司は優しく口づける。
「…これは、お前が僕たちのモノになった証」
「…っ」
うっとりしたような赤司の言葉に、黒子の表情が苦しげに歪む。
「…確かに、僕はお前と彼の間にあったことは全て知ってるよ……そう、恐らくは、お前以上にね…」
「…一体、何を言って…?」
思わせぶりな言葉が気にかかったのだろう、振り向いた黒子の腕を捕えた赤司は、そのままソファの上に白い裸体を押し倒す。
「…赤司君…っ!?」
「…一晩に2人はツライかい?…でも真太郎のことだから、真綿でくるむような優しいセックスだったんだろ?」
だったら、もう少し頑張れるな?
「…今は、こんなこと……っ!」
「…嫌かい?…でも、僕にだって甘えたくなる時はあるんだよ」
テツヤ、僕を丸ごと全部受け入れてくれるのは、お前だけなんだから。
素肌に触れてくる手から逃れたくとも、すでに体を覆い隠すものは何もない。
なりより、自分を支配する絶対的な存在にそんな風に言われ、どうして拒絶できようか。
「…なぁテツヤ、こう見えて僕は、お前たちが思ってるよりずっとずっと、お前たちのことを考えてるんだ…」
「…あか、し…くん…っ?」
すでに息を乱し、熱を持ち始めている体を持て余しながらも、黒子は赤司の眼差しから目が離せないでいた。
そこに宿っていたのは、驚くほど穏やかな――慈愛とも呼べるような感情だ。
「…だから、信じてくれないか。…今まで僕がやってきたことも、そしてこれから起こることも全部、お前たちを…テツヤを思ってのことなんだよ」
「でも…っ、ひっ、あぁ…っ!」
言い返そうとする黒子の足を割り開き、乱暴に黒子の体を暴いていく赤司。
どこまでも自分本位で強引な行為の中であっても、赤司のキスは優しくて――それは、全ての歪みがはじまったあの日のことを、黒子に思い出させた。
「…信じてくれないか、僕のこと。僕はただ、お前たちのことを、何よりも大切にしたいだけなんだ…っ」
もう戻れない幸福な日々と切なげに紡がれた赤司の言葉がリンクして、黒子は子供のような嗚咽をもらした。
そして、







『本日をもって、黒子テツヤ中尉をA部隊作戦部長として任命する――尚これ以後、日向班は黒子中尉の指揮下に入り、全てにおいてその意思を優先することを命じる』

そんな辞令がくだったのは、それから2日後のことだった。





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