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※R18、暴力、モブ黒描写がありますのでご注意ください







その国を支配するのは、絶対的な身分制度。
貴族の子は貴族。労働者の子は労働者。奴隷の子は奴隷。
労働者から搾取した富を貴族が甘受し、そして奴隷たちは彼らの所有物として存在する。
過酷な扱いを受ける最下層の人間が、自由を手にする方法はひとつだけ。
−−軍に所属し、隣国との戦で手柄を手に入れること。
そして今、軍の中枢を担うのは5人の若き精鋭たち。
支配される側からする方へ。今や軍だけでなく貴族に対しても発言権を持つほど大きな力を手にし、全ての奴隷たちの希望となった彼らのことを、人々は畏怖と敬意をこめて『キセキの世代』と呼んでいた。





「…っと」
薄汚い路地から飛び出してきた子供を、火神は間一髪のところで躱した。
触れることすら叶わなかった事が悔しかったのだろう、憎らしげな視線を向けられたが、相手にせずそのまま歩みを進めた。
どうせ物取りの類だ、絡まれるのは面倒だったし、何より、理由はどうあれ子供に怪我をさせたら目覚めが悪いではないか。
「…にしても、ガラ悪すぎんだろう」
火神がこの町に足を踏み入れてから、小一時間ほど。その間、刃物をチラつかされ金品を要求されたのは2回、顔色の悪い娼婦に袖を引かれたのが4回、今のように引ったくりに合いそうになったのは、すでに5回目だ。
噂に聞いてはいたが、想像していた以上の町の荒れ様に、いい加減うんざりとしてくる。
だが、それも仕方のないこと。『吹き溜まり』と称されるこの町に住まうのは、罪を犯し生まれ故郷を捨てざるをえなかった犯罪者や、武器や薬などの密売を行う闇の商人たち、そんな彼らを相手に商売する娼婦、そして、軍への入隊希望者。つまり、揃いも揃ってろくでもない連中ばかりなのだから。
火神も軍の入隊試験を受ける為ここへとやってきた口ではあるが、しかし彼自身は決して低い身分の生まれではなかった。
この国で唯一、身分に関わらず入隊希望者を受け入れる部隊が駐屯するこの町で、彼の望むのは富や名誉ではない。
ただそう、純粋に――…
「…畜生!あいつどこ行きやがった」
「おい、そっちに逃げたぞ!追え!」
周りに気を配りながら歩く火神の耳にそんな声が届いたのは、町の中心部あたりに差し掛かった時の事だった。
「…こんだぁいったい何だよ」
物騒な気配を感じ、思わず足を止めた火神の前に立ちふさがったのは、5人ほどの男たちだ。
一目見ただけで分かるガラの悪さに、火神の男らしくクッキリとした線を描く眉が顰められた。
「…よぉ兄ちゃん。悪りぃけどよ、そこどいてくんねぇかな」
「お前も怪我はしたくねぇだろ?大人しくそいつ渡してくれりゃ、何もしねぇよ」
「……はぁ?何言って…」
因縁をつけられることに今更驚きはしないが、それにしても言われている意味が分からない。
その言いようではまるで、自分が誰かをかばっているようではないか。
不思議に思い、背後を振り返ってみる――と、
「って、うおぉぉぉっ!!?」
そこには確かに、1人の人間が立っていた。
「…なんだよ!?てめぇ、いつの間に!?」
長身の女か、小柄な男か、顔を覆うフードと細身の体つきのせいで詳しいことは分からなかったが、いずれにしろほんの一瞬前までは、そこに存在していることに気付きもしなかった。
人の気配には野生の獣並みに敏感である火神なだけに、その驚愕も半端なものではない。
「…すみません、ちょっと匿ってください」
そのまま驚きに固まっていた火神だったが、耳に届いた小さな囁きに我に返った。
僅かに甘く掠れたその声からするに、まだ子供と呼べる年頃の少年だろう。
…そう気づいてしまった以上、どんな事情があるにしろ、こんな厳つい男たちにほいほい渡す訳にはいかなくなった。
「…おいおい、何があったか知らねぇけどよ、こんなガキにいい歳した大人がムキになってんじゃねぇよ」
「…あぁん?若造が、口のきき方に気をつけろ」
「…まぁ、待てって。見かけねぇ面だし、この町に来て日が浅いんだろ?…なら仕方ねぇ、今回は見逃してやるから、ちゃんと覚えときなよ兄ちゃん。俺らはこの町を仕切ってるもんだ」
なるほど、秩序なく好き勝手していたはずの住人たちが、今や揃ってこちらを遠巻きに見つめている。少なくとも、彼らを怯えさせる程度の力は持っているということか。
だが、火神にはそんな事、かけらも関係ない。
「はっ、そりゃご親切にどーも。…でも、だからといってこいつを渡す理由にはなんねぇなぁ」
「…てめ!調子に乗りやがって…っ!」
「…あのなぁ兄ちゃん、オレらに誘いをかけてきたのはそこのボクなわけよ。散々その気にさせた挙句、寸でのとこで逃げやがって……んなわけで、オレらとしては、せっかく自分から飛び込んできてくれた上玉を逃がすわけにはいかねぇの、分かる?」
男たちの言葉に、火神はちらりと背後の少年に視線を向けた。
見つめられている事に気付いたのか、少年はビクリと身を強張らせる。
そのふっくらとした唇が噛みしめられたのを見て、火神は心を決めた。
「…まぁ、なんだ。同じ男として、あんたらの気持ちがわからねーでもないが…」
言いながら、少年に腕を伸ばして、自分から身を離させる。
「…やっぱり子供にゃ優しくしねぇと、なぁ?」
にやりと笑みを浮かべた火神に返ってきたのは、男たちの怒号だった。
そして――……





「…強いんですね」
あんまり圧倒的なんで、びっくりしました。
そう言いながら、少年が近づいてくる――火神の周りに倒れ伏した男たちを、器用に避けながら。
「…てめぇ、強いんですね、じゃねぇよ。他人事みたいに言いやがって」
ボコボコにされ顔の区別も怪しくなった男たちに対し、火神は僅かに息を乱した程度。
その息切れの合間をぬってでた火神の恨み言に、少年はくすりと笑ったようだ。
「…あぁ、返り血がこんなに…」
赤黒いそれを拭い去ろうと、少年の白く細い指が火神の頬に伸ばされる。
つつ、と輪郭をなぞるすべらかな肌の感触に何だかおかしな気持ちになりそうで、思わずその手を払いのけようとした火神だったが、それが叶うことはなかった。
身長差から見上げる格好になった少年の頭からフードが落ち、露わになったその顔。
そこに存在したのは、雪のように白い肌と、澄んだ湖を凍らせたようなアイスブルーの瞳だった。
その色合いと人形のように整った顔立ちは生を感じさせないほど冷たくて――でもだからこそ美しく、思わず目を奪われる。
「……助けてくれて、本当にありがとうございました」
少年のどこまでも色素の薄い体で唯一、鮮やかな薄紅色を宿す唇がうっすら微笑みの形を描いた。
「…ボクの名前は黒子です。…キミの名前を、教えてもらえませんか?」





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