4―1



「あ、ここにいたのか日向。火神の手当ておわったぞ」
「…あぁ、突然呼び出して悪かったなコガ。水戸部にも礼を言っておいてくれ……んで、どんな様子だ?」
「うーん…深い傷かと思って一瞬びびったんだけど、まぁ見事なまでに太い血管や重要な筋肉はよけてあるみたいだし、大したことねーよ。狙ってやったなら、相手はかなりの腕前だな……って水戸部が」
「……?…そう、なのか。…てか相変わらずすげーな、お前の水戸部翻訳能力」
「だからむしろ心配なのはケガじゃなくて……なぁ、なんで火神の奴あんなに凹んでんだ?そもそも、なんであんなケガするはめになったんだよ?本部で一体、何があったんだ?」
「…何がって……んなもん、こっちが知りたいわ」
小金井の疑問に、日向はそう言って肩を落とす。
せめてこれ以上面倒なことにならなければいい――そう願いながらも、これからやってくるだろう大嵐を前に、すでに覚悟を決めている自分がいることを、日向は自覚していた。





「…あー、だめだ。やっぱり血って落ちにくいっスねぇ」
『キセキの世代』だけが使うことを許されている談話室。
ソファに腰を下ろし、黒子の顔にこびりついた返り血を拭ってやっていた黄瀬は、愚痴りながらその柳眉を寄せた。
穢れのない雪原のような黒子の肌を汚す赤い色が、どうしようもなく不快だった。
「…だからいっそシャワー浴びてきちまえって。いつまでもあんな野郎の痕残してんじゃねぇよ、胸くそわりぃ」
「…そうだな、大輝の言う通りだ。ついでに少し横になってくるといい…久しぶりに血を見たせいか、顔色が悪いぞテツヤ」
壁に背を預け、されるがまま大人しく身をまかせている黒子に視線を注いでいた青峰の苛立ちがこもった発言に同意の声をあげたのは、赤司だった。膝の上の書物から顔をあげ、黒子に微笑みかける。
「……いえ、ボクは別に…」
具合の悪さを指摘され、内心それに焦りながら反論しようとした黒子だったが、それを許してくれるような人間は、ここにはいなかった。
「え、ごめん黒子っち…オレ、全然気づかなかったっス。…ほら、ムリしちゃダメっスよ、いっしょに部屋行こ?」
「…黄瀬君、だから…」
「…テツ、それ以上強情はるようなら、今ここにいる全員で可愛がってやろうか。そしたらあの野郎が残したもんなんて気にならなくなるほど全身ドロドロになって、その後は大人しくおねんねできるもんな?」
本気なのか冗談なのか真顔の青峰に、黒子は慌てて首を縦に振った。だって万が一にでも実行されたら眠るどころじゃなくなってしまう――気絶はするだろうが。
「…わかりました、でも、ボクひとりで大丈夫ですから…」
「えー、ダメっスよー。だって黒子っちにまかせると、髪も体も石鹸でテキトーにごしごしやっておわりでしょ?…このキレイな肌が荒れちゃったら、オレ悲しいっス」
黒子っち変なとこでものぐさなんだからと頬を膨らせて怒る黄瀬に、赤司は苦笑を浮かべる。
「…まぁ、涼太が言うのも最もだ…テツヤはあまり自分を労わってくれないから、その分僕たちの手で大事にしてやらないと。さて、それじゃあ真太郎、お願いできるかい?」
そこでとつぜん名指しされて、新しく手に入れたレコードを物色していた緑間は驚いたように顔をあげた。
「…オレは、別に構わんが…」
「えーっ?なんで緑間っちなんスか!?」
「お前だとなんだかんだ構いすぎて、テツヤをゆっくり休ませてやれないだろう。…それに、テツヤも真太郎がいいんじゃないかと思ってね」
なぁ、テツヤ?
含みのある赤司の言葉に警戒心を抱きながら、特に逆らう理由は見当たらないので、黒子も大人しく従うしかない。
「…じゃあ、そうさせてもらいます。…あと、いろいろすみませんでした…初日から騒ぎを起こしてしまって…」
「…何を言っているんだテツヤ、お前はそんなこと心配しなくていい」
緑間が差し出した手をとりながら詫びの言葉を口にした黒子に、赤司は優しげな声でそう返す。
「…安心していいよ。テツヤに免じて、彼――カガミタイガに対しても、今回の行動すべてを不問とするつもりだからね」
「…………え?」
「…なんだよ赤司、お前にしちゃずいぶんとあまい処置だな」
「あれだけの人数の前でテツヤ自身がはっきりケジメをつけたんだ、それで十分だろう…少なくとも今の時点で、僕は口を出すつもりはないよ」
「…まぁ確かにこれ以上騒ぎにして、ここの野郎どもに黒子っちにおかしな興味もたれても、それはそれで気分悪いっスからね」
「…そんな訳だから、テツヤはこれ以上何も考えなくていいよ……いいから、ゆっくりお休み」
「……っ」
にっこり微笑む赤司に黒子が抱いたのは――絶望だ。
「…いくぞ黒子」
何に対しての動揺なのか、顔色を真っ青に染め小さく体を震わせる黒子に気づいた緑間は、何か言いたそうな表情を一瞬浮かべたものの、結局は何も口にすることなく、黒子を促してそのまま部屋をあとにした。
「…赤ちんさー、今度は何たくらんでるの?」
そんな2人を見送ったあと再び手元の本に意識を向けていた赤司だったが、それまで一言も発していなかった――菓子を食べるのに忙しかったのだ――紫原の呟きに、おやという顔をした。
ちなみに、黒子がいない場所で大人しくしていたためしのない黄瀬と青峰の2人は、とっくに退室している。
「…へぇ。敦は何か気づいたのかい?」
「なにもー?てかオレに赤ちんの考えよめるわけねーし」
ただ、と、紫原は新しい菓子袋をあけながら続けた。
「黒ちんが怯えたようなめちゃくちゃかわいー顔してて、それを見た赤ちんの笑顔がめちゃくちゃ怖かったから」
「…それに気づいただけで、大したもんだよ。こういう事に関しては、変な勘ぐりをしないほうがいいみたいだな。…大輝と涼太は、何もわかっていなかったようだから」
「オレは、赤ちんが何をすればいいか全部教えてくれて、好きな時に黒ちん可愛がれて、あとはお菓子がおいしければそれでいいからねー」
紫原の子供のような言葉に、赤司は楽しそうな笑い声をあげた。
「敦らしいな。…でも、僕も同じようなものだよ。お前がいて真太郎がいて大輝がいて涼太がいて…そしてテツヤをこの手の中におさめておければ、それでいい」
言いながら赤司が思い描いたのは、自分と似た色合いを持つ――しかしその中身は正反対だろう男の顔。
「…覚悟するがいい。……すべては、これからだ」
そう言いながら笑う赤司はそれはそれは楽しそうで――やっぱりそんな笑顔が一番怖いんだと、紫原はこっそり思った。





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