3−4



地面に這いつくばった男を庇うように、青峰の前に立ちふさがった人影。
その顔を見て小さく息をのんだ黒子に気付いたのは、その体を腕に抱きしめていた緑間だけだった。
(――いや、おそらくは、そのはずだ)






青峰の手から叩き落とされたナイフが、硬い音を立てて地面に転がる。
油断していたとはいえ、あの青峰が反応すらできずに後れをとるとは。
ありえない事態を目にし、逃げ惑っていた兵士たちは足をとめ、その場で起こったことに――これから起きることに注目していた。
「…てめぇ、何のつもりだ」
「…何だもクソもねぇだろうが…っ!」
それだけで人を殺せそうな鋭い視線を向けられ、それでも怯むことなく、火神は目の前の青髪の男を睨み返した。
「…何があったかは知らねーけどよ、こんな一方的な暴力があっていいのかよ!?とっくに戦意なくしてる奴をいたぶるような真似、してんじゃねーっ!」
「…あぁん?突然なに言い出してんだてめぇ……あぁ、なるほど、新兵か」
そのまっすぐな言葉と眼差しを受けて不快そうに眉をしかめた青峰だったが、火神が身に着けた一般兵卒の真新しい訓練服に気付くと、呆れたように軽く肩を竦めてみせた。
「…かわいそーになァ、お前。ろくな教育もしてくれねークソみてぇな上官の下についちまったんだろう?」
じゃなきゃオレにたてつくなんてバカな真似、普通はできねーもんな?
「…『キセキの世代』に逆らうな、そう教えてもらわなかったか?…しかも、よりによってテツを貶めた男を庇うなんざ……てめぇ、覚悟はできてんだろうな?」
「…あぁ、てめぇらが『キセキの世代』なのか」
「…はぁ?ほんとナニ言ってんのお前」
なぁ赤司、このバカどーするよ?
背後にそう声をかける青峰の視線を追って、火神もまたそちらへと顔を向けた。
(……黒子…)
火神にも、とてつもなくヤバい事をしでかしている自覚は、一応あった。
しかしそれより、こんな状況でも静謐さを宿す水色の瞳を前に、じっとなんてしていられなくて。
再会の喜びと、自分でもよく分からない焦燥につき動かされるまま、なりふり構わず駆け寄ろうと足を踏み出した。
――がもちろん、青峰がそれを許すはずもない。
「…って、どこに行こうとしてんだてめぇ…っ」
一部の隙もなく動きをガードされながら、それでも火神は小柄な人影に視線を注ぎ続ける。
「…お前らが『キセキの世代』ってのは分かった。…んじゃあいつは?なんであいつがここに…お前らと一緒にいるんだよ?」
「…はぁ?あいつって…」
火神の視線の先に、誰がいるのか――
それを確認した青峰の顔から、表情が消えた。
「…おい、てめぇ、まさかテツのこと言ってんじゃねぇよな?」
「…テツ?よくわかんねーけど、あいつ黒子なんだろ!」
火神の口調には紛れもない期待と喜びの感情がこめられていて、それを聞いた青峰の瞳が冷たく細められる。
「…青峰っち、一体なんなんスかそいつ」
「…オレが知るかよ」
痛めつけていた男を放り出し怪訝な表情を浮かべた黄瀬が問いかけてくるが、青峰は低い声でそう一刀両断すると、再び火神へと視線を向けた。
「…てめぇが誰だとか、どういうつもりでオレらに食ってかかってきやがったんだとか、んなのもうどーでもいいや。……テツの名前だしやがって、楽に死ねると思うなよ」
そんな台詞と共に、腰に提げていた刀を抜き放つ。
「…ちょっ、待てって…っ!?」
そのまま流れるような動きで、横に振り払われた銀色の刃。
頬に一筋傷をつくりながら、それでも火神は持ち前の反射神経で間一髪それを躱した。
「…へぇ、よけやがったか…だが…」
ヒュッ!
と、続いたのは風を切るような鋭い音。
攻撃をよけきったと安心したのもつかの間、切り込んだ勢いを殺すことなくそのまま放たれた青峰の回し蹴りが、火神の腹部へきまる。
「…っが!?」
「はっ!最初の一撃を防げたくらいでぼやぼやしやがって…どんだけ甘ちゃんだてめーは!」
バカにしたような青峰の台詞にも、咳き込みながら痛みに耐えるだけの火神では、言い返すことすらできやしない。
「…たく、手間かけさせやがって」
そんな火神を見下ろしながら、青峰は手にした刀を大きく振り上げる――とどめを刺すつもりだ。
「…え、ちょっと、いろいろ聞き出さなくていいんスか……って、黒子っちっ!?」
相変わらず直情型の青峰に呆れて肩を竦めた黄瀬だが、その台詞の後半は驚愕にかわった。
いつの間かすぐ近くにあった黒子の存在に気付き、あわてて腕を伸ばす。
「…なにしてるんスか黒子っち!あぶないっスよ!ほら、こっち来て…っ」
「…なにしに来てんだ、テツ…」
抱きあげようとしてくる黄瀬を視線で牽制し、黒子は青峰に声をかけた。
「…そこをどいて下さい青峰君。それ、ボクの知ってる人みたいなんで」
「…あぁん?」
そこではじめて振り返った青峰は、獰猛な獣のような眼差しを黒子へと向けてくる。
「テツ、なに言ってんだてめぇ…こいつがお前の何だって?」
「…ボクの好きにしていいと、赤司君の許可はもらいました。…もう一度言います、そこをどいてください」
青峰に睨み付けられながら、それでも眉ひとつ動かすことなくそう返す黒子。
その瞳には、青峰すら思わず息をのむほどの迫力が込められていて。
「…っ」
確かに気圧された自分に舌打ちしながら、青峰はしぶしぶ身を引く。
「…黒子っち?」
「…大丈夫ですから、黄瀬君もいい子にしててくださいね」
心配からか、顔を青ざめさせる黄瀬に微笑みかけると、黒子は未だ立ち上がれないでいる火神の傍らにしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。
「……大丈夫ですか?」
「…くろ…こ…?」
火神の頬に走った傷に指を這わせながら、黒子が浮かべていたのは労わるような表情だ。
――それなのに、
「…思ってもいなかったですよ、まさかほんとに『キセキの世代』にたてついてみせるとは―――まったく、救いようのないほど愚かな人ですね」
次の瞬間、そんな言葉と同時に傷口にきつくたてられた爪。
「…っ!?」
その鈍い痛みと何より台詞の内容に、火神は思わず目を見開いて驚愕をあらわにした。
「…おまえ、何言って…っ」
「…あれ?もしかして、キミなら『キセキの世代』を超えられるってボクの言葉、信じちゃってました?…すみません、一晩いっしょに過ごしただけの相手の言葉を鵜呑みにするバカがいるとは、思わなかったもので」
ただのリップサービスのつもりだったんですよ。可愛らしく小首を傾げながら、それでも紡がれる辛辣な言葉は容赦なく火神に突き刺さる。
「…まぁ、キミが珍しい反応をしてくれたので、ボクも少々やりすぎたのは確かですが…でも、勘違いしないでくださいね?」
くい、と火神の顎に指をかけ上向かせながら、黒子は笑みを浮かべた――赤い唇を淫蕩に吊り上げた、美しい娼婦のような笑みを。
「…キミごときを、ボクが本気で相手にするわけないじゃないですか」
まったく、自分の身をわきまえて胸に収めてればいいものを、変に騒ぎ立ててくれたおかげで面倒なことになってしまった。
「…今まで何人もの男に声をかけてきましたけど、キミほどめんどくさい人ははじめてです……ほんと、火遊びなんてするもんじゃないですね。ねぇ?青峰君、黄瀬君」
「…うわー、それをオレらに言うんスか黒子っち…」
「…だからてめぇは、いい加減ふらふらすんのやめろって言ってんだろーが!」
あれれマズいな、これってまたオシオキコースでしょうか。
嫌そうに呟きながら、黒子は青峰と黄瀬に向けていた視線を火神へと戻す。
「…まぁそんな訳で、自分のまいた種ですから今回はボクが責任をとりますけど……次はないですからね」
よく覚えておいてくださいと聞き分けのない子供を諭すようにやさしく言いながら、乱暴な手つきで捕えていた火神の顎を解放する。
そして興味を失くしたような未練の欠片もない様子で立ち上がり、踵を返そうとした黒子だったが――その軍服のズボンの裾に手を伸ばし引き留めたのは、それまで無言を貫いていた火神だった。
「…それが、お前の本音かよ?」
「……離してください」
「…あの日のお前の涙も、言葉も…全部ウソだったって言うのかよっ!?」
「……」
「オレは…ただ、お前のために…っ」
「……うるさい…っ!」
火神の必死の言葉が、最後まで紡がれることはなかった――
「……っ!?うぁ…っ!」
――振り返りざま黒子が放った細長いナイフが、火神の肩口へと突き刺さったのだ。
「…言ったはずです、次はないと……その顔、二度とボクの前に見せないでください」
飛び散った血を浴びながら、黒子は不快げに歪ませた表情でそう吐き捨てる。
「…もう気が済んだろテツ。おら、行くぞ」
「ってか黒子っちの綺麗なお顔が血で汚れた…っ!うわーん、すぐにオレが綺麗にしてあげるっスからねー!」
背後に2人の男を付き従わせ、小さくなっていく細い背中。
焼きつくような肩の痛みに脂汗を浮かべ、それでも諦めきれない火神はよろめきながらも立ち上がろうとする。
「…まて、よ…っ!」
「いい加減にしろてめぇは…っ!」
そんな火神を取り押さえたのは、それまで傍観することしかできないでいた日向だった。
「…離せ、って…っ!」
「だアホ!…『キセキの世代』にたてついて命があるのが信じられねーくらいなんだぞ、これ以上何する気だよお前は…っ!」
「…だって、あいつが…っ!」
「…あいつ、って…」
火神の視線を追った日向は、困惑したような表情を浮かべる。
その先にあるものを理解すると、正面から火神に真剣な眼差しを向けた。
「…なぁ、頼むから言う事をきいてくれ。…お前がアレと何があったかは知らねーが、いいか、死にたくなけりゃ全部忘れろ。あいつには二度と関わるな」
「…なんで、隊長がそんなこと…っ」
「…いいか、分かってねーみたいだからハッキリ言うぞ……お前にこの肩の傷を負わせたあいつ――あいつが、オヒメサマだ」
「……え?」
その言葉が理解できなかったのか――したくなかったのか、一瞬呼吸すらとめた火神に、それでも日向は容赦なく言葉を続ける。
「…何人もの男の血を吸って咲き誇る花みてぇに、誰をも魅了する綺麗な綺麗なオヒメサマ…その正体はキセキの愛人で稀代の娼婦で冷酷な暗殺者――それがあいつ、黒子テツヤだ」





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