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――話しは、少々さかのぼる。


「…オヒメサマ、ねぇ」
「まぁ実際は、そんなかわいらしーモンじゃねぇんだけどな」
『キセキの世代』をひと目見ようと、詰所になっている建屋からメインエントランスへと移動する兵士たち。その一群に混ざりながら、火神と日向はそんな会話をかわしていた。
「…つーかかわいーもなにも、男なんすよねそいつ」
「いや、見かけだけならほんと女みたいに綺麗な顔してんだよ。その無表情さと合わせて、お人形なんて呼び名もあるくらいだしな」
「…姫だろうが人形だろうが、どっちでもいいけどよ…」
『キセキの世代』がそろってソッチの趣味だったとは…そちらの方が衝撃だ。
そう言いながら憮然とした表情を浮かべる火神を見て、日向は思わず苦笑を浮かべた。
「ほんと分かりやすい奴だよなお前。…何だかんだ言って『キセキの世代』に憧れてた部分もあるんだろう。期待してたのと違ってガッカリか?」
「…いや、別に憧れてたわけじゃねーすっけど…でももっとこう、戦うことに一本気な、男くさい奴らを想像してたんで…」
複数人で『女』を共有するような、ドロドロした関係を築いているとは想像もしていなかった。
げんなりと愚痴をこぼす火神の凹みように、日向は慰めのつもりでその逞しい肩を軽く叩いてやった。
「…まぁお前の気持ちもわかるけどよ、そう落ち込むなって」
「…落ち込んでねーよ。奴らが稚児趣味の変態だろうが、オレが目指すもんに変わりはねーわけだし……要するに、そのオヒメサマとやらに不用意に関わらなきゃいいんだろ?男になんか興味ねーし、オレには関係ねぇっすよ」
「…いや、そう単純な問題でもねーんだよ」
「…はぁ?」
これ以上ほかに何かあるのかと顔をしかめる火神に、日向は真剣な眼差しを向けた。
「…今でこそ、オヒメサマが軍部に顔を見せることはほとんどなくなったが、ほんの数年前まではバリバリの現役軍人だったからな。最近の『キセキの世代』の動向をみればまぁまずないとは思うが、万が一にでも任務で一緒にならないとは言い切れねー。しかも…」
これはあまり大きな声では言えない事だがと、実際に声をひそめながら日向は続けた。
「…ぶっちゃけ、オヒメサマが強いか弱いかと聞かれれば…まぁ、『キセキの世代』と比べるまでもなく、戦場で使いもんになるレベルじゃねー……でも奴の本領は、暗殺にあるからな」
正確に暗器を使いこなす、そのスキルの高さ。しかも体力はないが身軽な為、捕えるのは至難の業だ。そして何より、気配を消すことを得意としている。
「…そんな奴に本気で命を狙われてみろ……考えただけで、オレなら恐怖で眠れなくなるね」
「…でも、戦闘能力自体は大したことねーんすよねソイツ。なら最初の一撃さえ防げれば、あとは何とでもなるんじゃ…」
そう考えれば大した脅威ではないと、火神は珍しくも頭を働かせ、分析してみせた。
「…おお、さすが戦うことに関してだけは頭がまわるな。たしかにお前の言うとおりだ。…だから奴は絶対に失敗できない任務にあたる場合、もっとも確実な方法をとる」
「…一言余計だ…ですよ!…んで、確実な方法って?」
「…なぁ、男の弱点ってなんだと思う?」
「…はぁ?」
突然何を言い出すのかと怪訝そうな表情を浮かべる火神に構わず、日向は右の人差し指で、自らの下腹部を指してみせた。
「ナニかと聞かれれば、そりゃナニだよな」
「…あぁ?ナニって…」
「…言っただろう、オヒメサマはそりゃ可愛いらしい顔してるって。…考えてもみろよ、男娼に化けた華奢な美少年に今夜の客にと望まれた男が、ベッドで散々いい思いして…そこで警戒感を持てってほうが無理だろうが」
「……あぁ、そういう…」
日向の言葉の意味することに気付き、火神は嫌そうに顔をしかめた。
「…待てよ。んじゃ『キセキの世代』は、自分らの愛人を別の男に差し出したってことかよ…」
「それが『キセキの世代』の意思なのか…それともオヒメサマの独断なのかは知らねーよ。でもいずれにしろそれくらいしなきゃ、この世界で這い上がることなんざできねーのは確かだ。…オヒメサマだけじゃねぇ、『キセキの世代』が今の地位に上り詰める為に何をしてきたか、思わず耳を塞ぎたくなるようなことだらけだ……だからどいつもこいつも、どうしようもないくらい歪んじまってんだよ」
日向の語る『キセキの世代』像に、火神の背中にゾッと不快な感覚が走った。
萎縮した訳ではない、それでも自分が超えようとしている存在の異常さと恐ろしさを、改めて認識せざるをえなかった。
「…まぁそんな訳で、お前も『キセキの世代』の危険さは分かっただろう。…忘れんなよ、奴らに対して警戒しすぎってことはないからな」
そこまで言われたら、流石の火神でも反論する気にはならない。
大人しく頷きながら、それでもひとつ疑問が残ったので、それを口にしてみせた。
「…それにしても隊長、随分と奴らについて詳しいっすよね」
公になっている事ではないんじゃと尋ねる火神に、日向はアレという顔をした。
「…そうか、お前はまだ知らねぇんだっけか。…うちの部隊には上層部から天下りしてきた奴がいるからな、そこ情報だ」
「…は?それって…」
誰の事かと質問を重ねようとした火神だったが、突然前方から聞こえてきた悲鳴に、その話題はそこで打ち止めになってしまった。
「…?一体なにが…っておい待て火神!」
日向が何事かとためらった一瞬の間に、走り出してしまった火神。その背中に静止の声はとどかない。
足を止めた男たちをかき分けるようにして走り続け、そしてたどり着いたメインエントランス前の広場――そこにあったのは、混乱だ。
「…なんだよ、これ…」
「ぼやぼやしてんじゃねぇよっ!奴らに殺されたいのかてめぇはっ!」
火神の目の前には、逃げ惑う多くの兵士たち。
その中の一人が身をよろけさせ半ば火神に体当たりしながら、それでも足を止めることなく走り去って行く。
「…やつら、って」
逃げ出していく兵士たちが背を向けた方に、火神は視線を向けた。
そこにいたのは、上官の軍服を身につけた全部で6人の男たち。
手前から、一方的な暴力を振う体格の良い男が2人。
更に先には、背後の人間らを庇うようにして片腕を横に広げている大男。
その後ろで堂々と佇む赤髪と、その横のメガネをかけたこれまた長身の男。
そしてそんな彼の腕に抱かれているのは――
「……って、なんの冗談だ」
薄い存在感。それでも一度気付いてしまえば忘れることのできない、その白い肌、真夏の早朝の空のような水色の瞳。
「…なんで、なんでお前がそこにいるんだよ黒子…っ!!」





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