3―2



軍本部のメインエントランスに数台の車が滑るような動きで停車した途端、その場の空気が張り詰め、喧噪がやみ、誰もが息をのんだ。
「…やっべぇ、マジで来たよ『キセキの世代』」
「オレ、やつらが全員揃ってるところはじめて見たかも…」
この場所からの出入りが許されていない一般兵卒たちは、車から降りたった『キセキの世代』と呼ばれる男たちを遠巻きに見つめ、そんな囁きをかわしていた。
そう、それぞれの部隊を抱え単独で行動することが多くなった彼らが、そろった姿を人前に見せたのはどれくらいぶりのことか。
一種異様ともいえる事態に、いやが応にも現場の空気は緊張感を増していく。
しかも――
「…って、おい、あれって」
「…マジかよ、オヒメサマじゃん」
目にも鮮やかな赤毛を持つ男――個性派ぞろいの『キセキの世代』をまとめあげるリーダーであり、実質的な軍の支配者でもある赤司の手をとり車から降りたった小柄な人影に、それまでギリギリ保たれていた沈黙がいっきにやぶられる。
『オヒメサマ』
そんな揶揄と侮蔑のこもった呼び名に、それでも言われた本人である黒子は眉ひとつ動かすことはなかった。
「すっげぇ、レアなもん見ちまった…!」
「…さすがキセキの世代の抱き人形なんて言われるだけのことあるよな。こんだけ注目されてんのに、反応ひとつしやしねぇ」
「…おいおい、アレがお人形なんて大人しいタマかよ…食いちぎられんぞお前」
「はっ、あのちっちぇお口に咥えてもらえんなら本望だとよ。…野郎、おきれいな顔で澄ましやがって。ああいうのって、めちゃめちゃにしてやりたくなるよなぁ」
ギャラリーたちから放たれる視線や言葉には、純粋な興味や驚きだけでなく、あからさまに下卑たものが交じっている。
赤司はそんな男たちに一瞬だけ視線を走らせると、優雅な所作で肩をすくめてみせた。
そのまま黒子の肩を抱き、移動を促す。
「…まったく呆れるな、下の奴らが集まるとすぐこれだ。さぁ、さっさと行こうテツヤ。じゃないと…」
「…あぁ?今テツになんつったてめぇ」
「…てかどいつもこいつも黒子っちのこと見すぎでしょ。…マジでむかつくんスけど」
そんな2つの低い声に台詞を遮られた赤司は、歩み出していた足をいったんとめて、チラリと背後を振り返った。
「…あいつらが我慢できなくなる、って言おうと思ったんだけど…遅かったみたいだな」
その視線の先にあったのは、普段から黒子のことに関して抑えのきかない2人の男が、集まった兵士たちに向かっていく姿。
同時に、人が殴打される鈍い音と複数の悲鳴があがる。
「…まったく、いつものことながら気の短い奴らだ……赤司、放っておいていいのか?」
「…まぁ、いいさ。あの2人にテツヤに関することで冷静になれと言うほうが無理だろうし……なにより、腹がたっていたのはお前も同じだろう真太郎」
「…ふん。まぁ、あのような下種な輩には言葉で言ってもムダだろうしな…自業自得なのだよ」
「赤ちーん、オレもまざってきていい?」
「敦が行ったらケガ人だけじゃ済まなくなるだろう。…ここはあの2人にまかせようじゃないか」
冷たく目を細めた緑間や、遊びに加わりたがる子供のような台詞を吐く紫原に、赤司は苦笑をもらした。
「……」
「…テツヤ、どうかしたかい?」
そして、先ほどからずっと無言を貫く黒子に視線を向ける。
「…何か言いたそうな目をしてるな。…僕のやることに不満があるなら、そう言ってごらん」
頬を撫でる手つきはどこまでも優しく、それでも否定や拒絶を一切許さないような赤司の強い眼差しに、黒子は目を伏せ相手が望むままの言葉を口にする。
「…いいえ、まさか。赤司君の意思はボクの意思…この身も含めてボクの全てが、キミのものですから」
「…ほんとに、食い殺したくなるほどかわいいなテツヤは」
言いながら黒子のやわらかな頬に軽く口付けると、赤司は未だに収まる気配のない騒ぎの中心へと視線を向ける。
赤司のそのわずかに幼さすら残した顔には酷薄な笑みが浮かんでいて、それを目にした黒子、緑間、紫原――その場にいた全員の背筋に冷たいものが走った。
「…さてと、それじゃあ……大輝!涼太!」
赤司の呼びかけに、すでに数人の男を沈めていた青峰と黄瀬がしぶしぶその手をとめる。
「…んだよ、まさかもうやめろとかぬかすんじゃねーだろうな赤司」
「…冗談でしょ。黒子っちを汚した野郎どもを、こんな程度で許すつもりっスか」
不満を隠そうともしない2人に、あくまで笑みを浮かべたまま赤司は言葉を続けた。
「…まさか、むしろ逆だよ。これからしばらくテツヤもここで過ごすことを考えるなら……そうだな、見せしめの為にも、5、6人ほど再起不能なまでに叩きのめしてもらおうか」
――僕たちのテツヤに対して、二度とふざけた口をきかせないようにね。
赤司の宣言を聞き、その場の空気が凍り付く。
「…ひ…っ!?」
「…やべっ、にげ、にげろ…っ」
一瞬で恐怖による恐慌状態に陥った男たちは声にならない悲鳴をあげ、我先にと駆け出していく。
しかしそんなささやかな保身の行動も、『キセキの世代』の前ではあってないようなもの。
「…はっ、んな必死になって逃げてんじゃねーよみっともねぇ」
嘲笑と共に、軍服の長い裾を翻しながら軽く一跳び――人間ばなれした身体能力で苦労なく適当な男を捉えた青峰は、その顔を見て顔をしかめた。
「…あん?てめぇたしか、さっきテツの口につっこみてぇとかぬかした野郎だよな…ちょうどいいや、テツを汚してくれたその喉と目、使えなくしてやるよ」
ほんとは脳みそごと潰してやりたいとこだけどよ、んな薄汚れたもんテツに見せたくねーし?
口元を歪ませ笑いながら、青峰は懐から大型のナイフを取り出す。
銃や腰に提げた刀で楽に済ますつもりはないらしい相手の意図を悟り、捕らえられた男は失禁しそうな程の恐怖を抱きながらも、追い詰められた人間特有の無謀さで青峰に噛みついた。
「…ちくしょう、何が『キセキの世代』だ!いつもいつもオレらのこと虫けらみたいに扱いやがって!…オレは忘れねーからな、お前らは勝つためには仕方ねーと、オレがいた部隊を丸ごとつぶしやがったんだ…っ!」
お前らのことはぜったいに許さねぇと涙を浮かべる男の訴えに青峰は――いかにも興味なさげな様子で、小指で耳をかいてみせた。
「…はぁ?」
そして、呆れたような声と共に男の体を地面に投げ出すと、その腹部をブーツの踵で踏みつけながら、恐怖と痛みに歪んだ顔を覗き込む。
「…何言ってんだ。んなの、弱いお前らが悪いんだろうが」
あー、マジうぜぇよお前。もういいからさっさとくたばっちまえ。
青峰は心底嫌そうな表情で吐き捨てると、ナイフを持つ手に力を込め、
「…再起不能の範囲ってどこまでだろうな……ま、いっか。殺すなとは言われてねーし」
そう呟きながら腕を振り下ろした。
しかし、その次の瞬間――
「…てめぇらいい加減にしやがれっ!!」
――そんな声をあげた人間によって、青峰の手からナイフがはじき飛ばされた。





main page

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -