7−6



その時青峰は、昨日から姿の見えない相棒の姿を探して、軍の宿舎内を歩き回っていた。
「…医務室にもいなかったし、まだ赤司んとこか…?」
こんなことなら、緑間の忠告など聞き入れず、昨日の内にさっさと迎えに行っておけばよかった。
『…お前が顔を見せれば、黒子はムリをしてでも一緒にいようとするだろう。今は赤司に任せておくのが一番なのだよ』
黒子の体調を思いやっての発言だと分かっている。緑間だけでない、隊の皆が黒子の存在を受け入れ、大切にしてくれていることは、喜ぶべきことだ。
しかし正直、青峰はそれが少し面白くなかった。
黒子が自分以外の誰かに笑顔を見せる度、自分以外の誰かが黒子に触れる度、叫んでしまいそうになる。
――それは、オレのものだ。
オレが見つけ、この手で護ると誓ったのだと。
『…青峰君』
昏く淀んだ独占欲に飲まれ、全てを壊してしまいそうになる青峰を引き留めてくれているのは、黒子の幸せそうな笑みだった。
楽しい時、一緒に笑ってくれる人たちがいる。
悲しい時、話しを聞いてなぐさめてくれる人たちがいる。
そんな人たちの力になりたいと、努力することを許された自分がいる。
これ以上の幸せはないと、本当に嬉しそうに黒子が笑うから。
「…テツ…」
大丈夫。大丈夫だ。
共に在りたいと望んでいるのは、青峰だけではない。黒子もまた、青峰を求めてくれている。
心も、体も、そして未来も、自分の全ては青峰のものだと、恥ずかしそうに目を伏せながら黒子が口にする言葉を、青峰は信じていた。
「…ちゃっちゃと出世して、そしたら2人だけで住みてーなー」
自分の、自分たち2人の家を買いたい。そこで寝起きし、食事をとり、時にケンカして仲直りして、そうやって2人で生きていく――ずっと憧れていた、家族のように。
いつも一緒に過ごせるように、小さな家がいい。でも窓は大きくして、太陽の光に満ちた明るい家にしよう。ペットが欲しくなるかもしれないし、庭もあったほうがいいだろう。そしてもちろん、ベッドは一つだ。
そんなことを黒子と話し合うところを想像しただけで、青峰は自分の頬が緩むのが分かった。
「…一緒に、オレ達の『家』をつくらないか、ってな…」
まるでプロポーズの様で気恥ずかしいが、ライバルが増えつつある今、悠長なことは言っていられなかった。
あぁ、早く頬を真っ赤に染めて、幸せそうに笑う顔が見たい。もしかしたら泣いてしまうかもしれないが、そうしたら強く抱きしめてやろう。
弾む心に、青峰は駆け出した。
赤司に与えられた個室は、もうすぐそこだ。
そして――
「入るぞ赤司、なぁ、テツの奴どこいったか知らねーか?」






【WRATH:憤怒】






最初、そこで何が起こっているのか、青峰は理解することができなかった。
天気の良い昼間だというのに窓は閉め切られ、更にはカーテンまでが引かれた室内。
それを不審に思い、青峰は薄暗闇に目を凝らす。
「………え?」
やがて、暗さに慣れた目がとらえたのは、闇にぼんやりと映える白い肌――ベッドの上であられもない媚態をさらしている、黒子の姿だった。
「……テ…ツ…?」
「…いや…ぁ…っ、お願いです、見ないであおみ…うぁ…っ!」
声を震わせる青峰に向けられた黒子の懇願は途中で甲高い悲鳴へと変わり、最後まで紡がれることはなかった。
「…いけない子だテツヤ…ベッドの中で他の男の名を呼ぶのはルール違反だよ……大輝も、人の部屋に入る時はノックをしろと、いつも言ってるじゃないか」
「…赤司、てめぇ…っ!」
黒子を組み敷いたまま平然とそんなことを言ってのける赤司に、青峰の頭にカッと血が上る。
「ふざけんな!なんで、こんな…っ!」
これから先、黒子と肌を合わせるのは青峰だけだと信じていた。
他でもない、黒子自身もそれを望んだはずだ。
――過去は切り捨て、2人で新しい未来を築こうと、そう誓い合ったはずなのに。
「…なんで、なんでだよ、テツ…っ!」
「……っ」
苦しそうに顔を歪めた青峰の問いかけに、黒子は強く唇を噛んだ。
真っ直ぐ己に注がれる強い眼差しから逃げるように瞳が閉じられ、また新しい涙が零れ落ちる。
「…テツ…?」
謝罪も、言い訳すらないのか。
絶望し、立ち尽くすことしかできない青峰に声をかけたのは、赤司だった。
「…落ち着け大輝、話しをしよう」
ゆっくりと自らの衣服を整えてから、黒子にも軽くシャツを羽織らせてやっている。
――一体どれだけの間抱かれ続けていたのだろう、黒子の顔色はいつにも増して真っ白で、起き上がる余裕もないのか、されるがままだ。
「…話すことなんてねーよ、どんな理由があろうと、お前のことは絶対に許さねー…っ!」
震える声で叫びながら、青峰は腰元の刀に手を伸ばした。
「…大輝、僕を斬るつもりかい?」
それで?それからどうするつもりだ?
上官を手にかけるのは、大罪だ。大人しく重い処分を受けるか、それとも逃げ出すか。
「…いずれにしろ、テツヤを護ってやることはできなくなるぞ」
「…黙れ…っ!」
うっすら微笑みながら冷静に言葉を紡ぐ赤司に、青峰は刀を鞘から引き抜くことで応えた。
「…大…」
「…オレの名を呼ぶなっ!」
「…まったく、本当にお前はという奴は……ねぇテツヤ、どうしようか?」
黒子の髪を愛おし気に撫でる赤司に、それを黙って受け入れる黒子に、青峰の怒りは頂点に達した。
目の前が真っ赤に染まり、目の前の憎い相手を切り捨て、自分のモノを取り返すことしか考えられなくなる。
「…ダメ…っ」
刀を強く握りしめ、赤司に向かって踏み込もうとした青峰。その前に、赤司を背に庇うように立ち塞がったのは、黒子だった。
「……ぁ…っ」
「…テツ…」
しかしやはり、体は限界を迎えていたようだ。己を支えることすらできず、黒子は膝から崩れ落ちる。
更に、動いたことで胎内に注がれたものが溢れてきたのだろう、その感覚におぞましい記憶の断片が蘇り――とてもじゃないが、耐えることはできなかった。
「……ぅ…っ」
背中を丸め、苦しそうにえずく黒子。吐いてしまえば多少は楽になるのだろうが、からっぽの胃ではそれもままならない。
いつもの青峰であれば、迷うことなく黒子に駆け寄っていただろう。
大丈夫か、オレがついてるから安心しろと優しい言葉をかけながら、労わるように背中を撫でてやったはず。
しかし、今の青峰にそれを求めるのは酷な話だ。
「…んな苦しい思いして、それでもお前は赤司を庇うのかよ!?…なぁ、嫌だったんだろ?無理やりだったんだろ…っ?」
お願いだから、オレ以外に抱かれたくなかったと言ってくれ。
オレに、お前を憎ませないでくれ。
「……っ」
懇願するような言葉を向けられ、黒子の胸が大きく軋んだ。
痛くて痛くて、そのまま死んでしまうかと思った。
それでも――
「……いいえ」
それでも、黒子はゆっくり首を横に振った。
「…いいえ…ボクは、ボクの意思で、赤司君を受け入れました…」
赤司が、心を半ば壊してまで手を伸ばした選択。呪われた自分達の未来。
『…ごめん、ごめん、ごめん…っ、…でもオレは、お前たちを手放せない…失いたくない。たとえ、お前たち自身を傷つけ、苦しめることになっても…っ!』
何度も繰り返される謝罪と、助けを求めるようにのばされた腕――どうして、それを拒絶できようか。
「…言い訳はしません。許してくれとも、言いません…っ」
――ボクもまた、キミを傷つけることになったとしても、キミを失いたくなかったから。
「…キミの…皆の為に、赤司君を傷つけさせるわけには、いかないんです…っ」
ボロボロとあふれ出てくる涙が、床に水たまりを作る。
顔を上げることはできなかった――青峰が浮かべているだろう傷ついた表情を目にしたら、きっと縋り付いてしまう。
嫌だ、あやまるから嫌わないでと、なりふり構わず許しを乞うてしまう。
しかしそれでは、全てが台無しだ。
「…だから、もし赤司君を許せないというなら……どうしても斬りたいというなら、その前に、ボクを斬ってください…っ」
力のない自分にできることは、この身を捧げることだけ――いいや、そんなのは言い訳だ。
ただ単に、青峰の手で断罪されたかった。
「…テツ、お前、自分が何言ってんのか分かってるのかよ…っ!?」
青峰の叫びに、黒子はただ小さく頷いた。
「…っ」
黒子に意見を変える気はないと分かって、青峰は絶望に目を見開く。
黒子の、この見かけに似合わぬ強情さをも、青峰は愛おしく想っていた。
意外と口が悪かったり、辛辣なとこもあったり、でもやっぱり優しくて健気で可愛くて、そんな黒子のことを、青峰は心から愛していた――愛していたのに。
「…テツ…っ!!」
その想いの分だけ、生まれた憎しみは大きなもの。
青峰は涙を流しながら、刀の切っ先を黒子に向け――
「……くそ…っ!」
――しかし、それを振り下ろすことは、どうしてもできなかった。
「…くそっ、くそっ、くそ…っ!!」
「…青峰、君…」
刀を投げ捨て、床に膝をついた青峰があまりに苦しそうで、黒子は思わず腕をのばした。が――
「…触るなっ!!」
「……っ!」
「…テツ、オレはお前のこと、ぜってー許さねーからな…っ!」
強く手を振り払われ、傷ついた表情を浮かべる黒子に、青峰は血が出るほど強く唇を噛みしめた。
――何だよ、そんな顔するな。オレのこと、裏切ったくせに…!
「…そうだ、ぜってー許さねー……もう、お前の意思なんか、知ったことかよ…っ!」
「…え…っ?」
言いながら、青峰は黒子の肩を押し、乱暴に押し倒した。
まさか、と青峰の意図を察し目を見開いた黒子に向かって、昏い瞳を向ける。
「…青峰、君…?」
「…黙れよ」
赤司と散々ヤッたくせに、オレの相手はできねーとは言わせねぇからな。
冷え切った口調で言われ、黒子はもう、涙を流すことすらできなかった。






【GREED:強欲】





「…あぁっ!」
青峰を受け入れた黒子が、掠れた悲鳴を上げる。
他の男が残した所有の痕跡に眉を顰めながら、それでもずっとずっと望んでやまなかった存在を手に入れた満足感と想像以上の快楽に、欲望が萎えることはなかった。
「……ぁっ、あお、みね…っ」
「…テツ…っ」
自分を受け入れ、素直に嬌声をあげる黒子がこの世の何より愛おしく――殺してしまいたいほど、憎かった。
「テツ、テツ…っ、お前は、オレのもんだ…っ」
たとえ自分だけものにできなくても、手放してやるつもりはない。
「…ひっ!あ、も、いやぁ…っ!」
己の存在を刻み付けるよう容赦なく腰を使う青峰に、黒子はいやいやと子供のようにかぶりを振った。
体力はとっくに限界を迎えている。すぎる快楽は、苦痛でしかないのだろう。
黒子の辛そうな様子を見て、口を出す気はなかった赤司も、さすがに黙っていられなくなったようだ。
「…大輝、いい加減に…」
「…邪魔すんじゃねーぞ赤司、んなことしやがったら、例えテツが何を言おうが、この場で叩き切ってやる…っ!」
青峰の本気の殺意を受けて、赤司はしばらく厳しい表情を浮かべていたが、
「…もちろんだよ、大輝。存分に、テツヤを愛してやればいい」
やがて軽く肩を竦めながら、うっすら微笑みを浮かべてみせた。
同時に、ずっと手に構えていた小ぶりの銃から手を離す。
青峰が黒子を一方的に傷つけるとは思っていなかったが、共に死を選ぶ可能性はあった。
「…お前が、テツヤとの未来を選んでくれて、良かったよ…」
赤司の言葉も、今は嫌味にしか聞こえないだろう。
赤司は、憎々しげに睨み付けてくる青峰と、その腕の中で諦めたように目を閉じ身を投げ出している黒子に一瞬だけ悲しそうに眉を顰めながらも、そんな自分の感情に即座に蓋をした。
――自分の痛みなど、どうでもいい。
それが、大切な仲間を血に塗れた道に引きずり込もうとしている事への、せめてもの贖罪だ。









さぁ、歩き出そう。
歪んでいてもいい、偽りでもいい。
軍への、国への、世界への、そして自分への怒りを糧に、大切な仲間たちの為に、自分たちだけのユートピアを築きあげるのだ。








【WRATH:憤怒】そして【GREED:強欲】
――それは、誰の罪?





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