2−3



「黄瀬君…キミは…」
震える声で黒子が黄瀬の名を口にした、その時
「黒ちーんどこー?ぶじー?」
のんびりした声が浴室にこだまし、黄瀬と黒子の間にあった空気が緩む。
「……もぉ、何なんスか紫原っち。せっかくのオレと黒子っち2人きりのバスタイム、邪魔しないでほしいっス」
「だって、あんまり遅いから様子見てこいって赤ちんが……あーほら、黒ちん、具合悪そうじゃん」
2メートルを超える大きな体を窮屈そうに折り曲げて、紫原は黒子の顔を覗き込んだ。
「おいで、黒ちん」
そしてそう呼びかけながら腕をのばし、大人が子供にするように軽々と、黒子をバスタブから引き上げる。
「あー!ちょ、何勝手に黒子っち連れて行こうとしてるんスかっ!」
「黄瀬ちんうるさい。黒ちんに触らないで」
腕をのばして追いすがろうとする黄瀬に対し、紫原は黒子を高く持ち上げることで抵抗する。
その様はまるで、オモチャの取り合いをする子供のようだ。そんな彼らのやりとりは――内容はともかくとして――ほほえましくさえある。
が、巻き込まれた黒子はたまったものではなかった。
ただでさえ体調が最悪な状態だというのに乱雑に扱われて、ひどいめまいと吐き気に襲われる。
「…すみません紫原君、あんまり動かないでください」
口元を手で覆った黒子の顔色の悪さに、さすがの2人もピタリと動きを止めた。
「だ、だいじょうぶっスか黒子っち」
「ごめんねー黒ちん。てかひどい声。…あ、オレ飴持ってるよ、いる?」
珍しくその手に菓子袋の類を持っていないと思ったが、やはりそこは紫原である。よく見ると、服のポケットが大きく膨らんでいるので、そこに隠し持っているのだろう。
軍服を汚せばまた赤司から叱られるだろうにと、子供を見守るような気持ちになった黒子の顔に、思わず笑みが浮かんだ。
紫原はそんな黒子を抱えたまま、件のポケットから飴玉を取り出そうとしたが、ふと己の両腕がふさがっていることに気付く。
今の絶不調な黒子を万が一にでも落とすわけにはいかないと、わずかに考えをめぐらせ、
「…あ、ここにあった」
ちゅっ、と、己の口の中にあった、まだ大きい飴を口移しで黒子に譲ってやる。
「………イチゴ味」
「うん。甘くておいしいでしょ」
「あー!ずるいっス!オレもしたい!」
そんなやりとりを間近に目にし、黄瀬が大人しくしているはずはないわけで。
再びぎゃんぎゃん騒ぎだした大きな子供2人に、黒子は深いため息をついた。
「…2人とも、いい加減に…」
「…いい加減にするのだよ」
黒子の台詞を引きついだのは、今までここになかったはずの声。
3人そろって振り向いた先、尊大な態度で腕を組んだ美丈夫が、不快そうな表情で佇んでいた。
「…緑間っちまで……なんなんスかみんなして。オレと黒子っちが2人になると、いっつも邪魔してくるっスよね」
不満げな黄瀬の言葉を、緑間はメガネのブリッジを指で押さえながら鼻で笑い飛ばす。
「自覚があるなら何よりだ。…お前が何を考えているのかは知らないが、実際、赤司はお前のことを油断ならない奴だと思っているようだからな……それは、オレも同意見なのだよ」
「てか、オレ達の部隊に入ってきたの一番遅いくせに、黒ちんにべっとりしすぎー。赤ちんに言われるまでもないよね――あんま調子のってると、ひねりつぶすよ」
「……なんスか、それ」
緑間に続いての紫原のそんな発言に、その場の空気がいっきに重くなる。
そう狭くないはずの浴室にもかかわらず、ひどい圧迫感を感じるのは、ここにいる人間のほとんが人並み以上の背丈を持っているからという理由だけではないだろう。
「言葉のままなのだよ。…少なくともオレに事を荒立てるつもりはないが、そうじゃない連中の方が多い事を忘れるな。…これは警告だ。あまり、赤司を刺激するようなことは考えないほうがいい」
緑間の言葉に心当たりがある黄瀬は、不満げな表情を浮かべながらも、押し黙るしかなかった。
「……それで、ボクはいつまでこのままでいればいいんですかね?」
そこで、頃合いを見計らっていた黒子が口をはさむ。
「…あぁ、そうだった、黒子っちは早くベッドに…」
「黒子はオレが連れて行く。黄瀬と紫原は赤司のところへ…今度あたらしく編成する部隊について、話があるらしい」
緑間の指示に、黄瀬だけでなく紫原までが不満そうな表情を浮かべるが、任務にかかわることをないがしろにするわけにはいかなかった――そんなことを、赤司が許すわけがない。
「…ちぇー、んじゃ緑間っち、黒子っちのこと頼んだっスよ」
「じゃーね、黒ちん。お休みー」
そんな声に見送られながら、黒子は緑間の腕に抱えられ、その場を後にした。
「……まったく、あいつらもお前も、難儀な輩なのだよ」
2人の姿が見えなくなったあたりで、緑間は黒子にそう言い放った。
「…すみません」
「…オレ自身は、黄瀬とも他の連中とも考え方が違う……それでも、お前を手放そうとは思えない以上、結局は同じ穴の貉なのだろうな」
珍しくも苦い笑みを浮かべた緑間を見上げながら、黒子はポツリと口を開いた。
「…さっき、黄瀬君と話していて思ったんです……果たして、手放せないでいるのはどっちなんだろう、って。…肩を並べて戦う力もないくせに、キミたちをつなぎとめ自由を奪っているのは、ボクなんじゃないかって…」
黒子と、『キセキの世代』と呼ばれる彼らの関係。
自分たちは、仲の良い友人でり、信頼できる戦友であり、大切な仲間であるはずだ。そのどれをとっても、かけがえのない存在であることは間違いないのに――今、こんなに心がバラバラなのは、何故なのだろう。
「…少なくとも、オレたちが互いに依存しあっているのは事実だろう。だが、それを考えてみたところで何が変わる?…お前をツライ目に合わせているのはしのびないが……実際、この均衡をうちこわすほどの強い力など、存在するとは思えないのだよ」
そんな緑間の言葉を聞いて、黒子の脳裏に一瞬よぎるものがあった。
「……強い、力」
「…黒子?」
『オレは誰よりも強くなりてぇ。いつか、キセキの世代の上にいってみせる』
そう、どこの誰とも知らない自分に語ってみせた、彼のまっすぐな眼差しがよみがえる。
「…いいえ、すみません。なんでも、ないんです」
胸のうちにわきあがった淡い期待と、一瞬でもそんなことを思ってしまった自分に自己嫌悪を抱き、黒子は口を閉ざした。
そして、今はもう何も考えまいと緑間に体を預け、目を閉じたのだった。





main page

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -