4−5



人から愛されることに、臆病……か。
裏社会を牛耳る帝王をはじめ、極上の男達の愛を一身に受ける黒子が抱えた孤独。
その心の奥底を覗いてみたい、伸ばされる腕があるのなら抱きしめてやりたいと思い始めている自分に気づき――いやいやちょっと待てと、慌てて自分の思考を打ち消した。
「…き、気持ちは分かるけど、オレなんかじゃ、出来ることに限界が…」
「まぁ、そうだろうね」
……できれば、ちょっとくらいは考えるそぶりみせて欲しかったかな!
あっさり肯定され泣きそうになっているオレに、桃井は軽やかな笑い声をあげた。
「ごめんごめん。…でも、テツ君が降旗君を気に入ってるのは事実だと思うよ」
「……そう、なのかな」
「自信持っていいんじゃないかな。テツ君、人を――特に男の人を見る目は確かだし、私はどこがいいのかいまいちよく分からないけど、降旗君も意外と大物に……て、ごめん、携帯出ていいかな?」
持ち上げてるんだかバカにしてるんだか微妙なことを言いながら、桃井は着信を知らせる携帯を取り出した。
「…ごめん、ちょっと奥で話してくる。スーツ、ゆっくり見ててね」
そのままパタパタと軽やかな足取りで駆けて行ってしまった桃井を見送ってから、オレは長いため息をついた。
「…はぁ、なんかすっげぇ疲れたかも」
赤司なんていう超大物に関わりのある人間と、こんなディープな会話をするハメになるとは、今朝起きた時には想像すらしていなかった。人生、何が起きるか分からないもんだ。
「……そういや黒子達、いやに静かだな…」
全てのきっかけとなった人物をぼんやり頭に思い描いたところで、その本人がいるはずのフィッティングルームが異様なほど静まり返っているのに気付いた。
桃井は出て行く時、カーテンを開けたままにしていったので、会話なり物音なり、多少は聞こえてきてもよさそうなものなのに。
黄瀬が一緒なわけだし、オレなんかが心配する必要ないんだろうけど…。
それでもやっぱり気になって、オレはドアをそっと開けた。
『……せ、…ダメ……さい』
『…だ……っスよ』
それでようやく漏れ聞こえてくる程度の、小声での会話。
ついつい内容が気になって、こっそり近づき、聞き耳を立ててしまった――後で、後悔しまくることになるとは、カケラも思わず。
『…ダメです黄瀬君……桃井さんはすぐ戻ってくるでしょうし、降旗君だって…っ』
『大丈夫だって!奥に引っ込んだってことは、桃っちの電話は商談だろうし、長くなるんじゃないっスかね……まぁ、降旗クン?には、何を見られようが聞かれようが、別にいいじゃないっスか』
『…そんな訳には…ぁ、ちょ、あ、ん…っ!』
『黒子っち、これだけで真っ赤になっちゃってかわいー。……ね、久しぶりに2人きりになれたんだから、今はオレのことだけ見ててよ』
………おいおいおい、何やってんだこのバカ!?
聞こえてきた短い会話だけで、中で何が起きているのか――何が行われようとしているのか分かってしまい、頭にカっと血が上った。
…ヤバい、見つかったら、本気でヤバい。
黄瀬に睨まれて死にそうな思いをするのは、もう二度と御免だ。
さっさと部屋に戻り、あとは見ざる聞かざるを決め込むのが一番と分かっている……分かっているのに、どうして足が動かないんだろう。
あまりに驚いたから?
恐怖に足が竦んでしまったから?
いいや、違う。
『…ひ、ぁっ…ん…っ』
『…シー、ダメっスよ声出しちゃ。…オレは構わないっスけど、黒子っちはアイツに気付かれるの、嫌でしょ?』
…何をぬけぬけと。
姿は見えずとも、快楽に流されまいと必死に声を抑える黒子を見て実に楽しそうな表情を浮かべているだろう黄瀬を、容易く想像することができた。
もしかして、オレが聞き耳を立てていることにも、すでに気付いているのかもしれない。
『…ほら、汚す訳にはいかないし、これも脱いじゃおうっか』
『ぁ、待って…や、そんな、ダメ…ダメ…っ!』
衣擦れに混ざる濡れた音が大きくなる度、黒子の嬌声は切羽詰まったものになっていく。
そのあまりの甘さに、眩暈すら感じた。
『…ぁ…っ、ね、ここじゃ…いや、です…帰ってから、ゆっくり…っ』
『…ダメ、オレもう我慢できそうにないっスもん……黒子っちが、そんな目で誘ってくるのが悪いんスよ』
『…そ、そんなの知らな…っ!ひっ!うあっ、…も、やぁ…っ!』
切なげに喘ぎ声に、黒子が追い詰められているのが分かる。
しかし、切羽詰まっているのは黒子だけじゃない。
こんなに可愛い鳴き声を聞かされて、オレは正直いろいろ限界だった――主に、下半身が。
声だけでコレなら、その顔を目にし、直接肌に触れている黄瀬の興奮はどれほどのものか。
『…黒子っち…っ』
『…ぁ…っ!』
黄瀬の上ずった声に続いた、再びの衣擦れの音。
フィッティングルームの壁が衝撃に僅かに震えたのは、黄瀬が手をついたせいだろうか。
『ね、いつもみたく、オレでいっぱいにしてあげる…っ』
『…き、せ…く…っ』
うわっ、ちょっと待って!ほんとうに待って!
自慢じゃないけど、本番なんて画面の向こうでしか見たことないんだぞ!
そんな童貞君に、お前らはあまりに刺激が強すぎる!
「…か、勘弁してくれよ…っ」
戸惑いが一時の興奮を上回り、オレはすでに泣きそうになっていた。
いっそ、今からでも悲鳴のひとつでも上げてみるか。
…でも、それで黄瀬がストップしてくれるとは思えないし、黒子に嫌な思いをさせるだけだよな。
なら、もう逃げるしかないか。
よし、ほら、足を動かせオレ!
黒子がどんなに愛らしい嬌声をあげたところで、それがオレのものになる事はないんだ。なら、ここで未練がましく張り付いていたって、意味がないじゃないか!
その場に居座りたがる自分を叱咤し、オレはようやく一歩後退することに成功した。
「……ちょっときーちゃん何やってんのっ!!?」―――げ。
その瞬間あがった怒声に顔を青ざめさせたのは、オレだけではないだろう。
『…も、桃っち!?…随分と早かったっスね…?』
「早く切り上げてきたの!…テツ君本気で嫌がって泣いてるじゃない!今すぐ大人しく投降しなさい!」
『…え、そんな、立てこもりみたいに……い、いや、だって黒子っちもノリノリで…』
「ウソ言わないの!……そこ監視カメラついてるし、全部筒抜けなんだからね」
『えぇっ!?それって盗撮じゃないっスか!犯罪っスよね!?』
「マフィアの幹部が何言ってるのよ……前にも灰崎君がテツ君を連れ込んで無理やりしようとしたことがあったから、赤司君に許可取って設置したの!」
…うわ、流石というか何というか。ほんと黒子の為なら、手段を選ばないんだな。
『…えっと、でもほら、桃っちも子供じゃないんだし、ここまで来ちゃったら男が止まれないのも分かって…』
「…冷たい氷水でも、バケツに入れて持ってきてあげようか?」
『…え?かぶって頭冷やせってことっスか!?いやいやいや……えーっと、ほら、ここでやめたら、黒子っちもツラいんじゃないかと…』
「…テツ君、このままにした方がいい?」
『……今すぐ、この駄犬を引っ張り出してください』
『うわーん、ヒドいっスよ黒子っちーっ!』
黒子にズバっと切り捨てられ、流石の黄瀬も諦めざるを得なかったようだ。
それでも懲りずに、桃井に与えられた5分の猶予の間に衣服を整え、フィッティングルームから出てきた時には、随分と恨めしげな表情を浮かべていたが。
「…いろいろ言いたいことはあるけど……トイレ行くなら、あっち」
「…いろいろ言いたいことはあるっスけど……すみません、お借りするっス」
背中を丸め、トボトボと去っていく黄瀬。…あーあ、超絶イケメンが台無しだ。
「…まったくもう、ほんとテツ君に関して我慢がきかないんだから!…降旗君も、気づいたなら何で止めてあげないの!きーちゃんが怖いのは分かるけど、男でしょ!」
「…え、いや……ごめん」
怒りまくる桃井に、「すみません、黒子の喘ぎ声に夢中になっていました」とは言えず、オレは大人しく謝罪した。
「それはそうとして……テツ君、大丈夫?」
『……すみません、あまり大丈夫ではないので、しばらく1人にしてもらえますか?』
未だフィッティングルームから姿を見せない黒子を心配した桃井の問いかけに返された、そんな応え。
――まぁ、あんだけ感じまくってたんだし、ムリもないか。
「…分かった。何かあったら呼んでね」
『あ、その前に、監視カメラを切ってもらえると…』
立ち去りかけた桃井に、黒子が慌てて声をかける。
「……うん、了解!」
一見、快く承諾したようだが――オレは気付いてしまった。桃井が悔しげに、小さく舌打ちしたことを。
…あれか。そんなに黒子の乱れた姿を見たかったのか。
可愛い顔して、この人もやっぱり肉食獣だよ恐ろしい!
「…じゃあ私は行くね。…あ、降旗君は、一応そばに付いててあげてもらえるかな?」
「え!?…あ、あぁ、別にいいけど…」
「お願いね」
今度こそ桃井が立ち去り、その場に静寂が戻った。
『……降旗君、すみません、また迷惑をかけてしまいまし…あっ!』
「黒子っ!?」
僅かな沈黙の後、黒子が口にした小さな謝罪の言葉の最後が、悲鳴に変わった。
続いて聞こえてきた、ドンっという物音。どうしたんだろう、転びでもしたか。
「だ、大丈夫かよ?」
『…足に力が入らなくて……すみません降旗君、ちょっと手を貸してもらえますか?』
「わ、分かった…」
―――ん?
咄嗟に了解してしまってから気付いた。
…当たり前のことだが、手を貸す為には、フィッティングルームの中に入らなくてはならない。
そして中には、黒子が――腰が抜けるほど、黄瀬に愛撫され、乱れたままの黒子がいるわけで…。
「…んなの、やっべぇに決まってじゃん…!」
戸惑いと、恐れと――しかしそれを上回っているのは、期待なのだろうか?
ドキドキ高鳴る胸と、いろんな感情ぐじゃぐじゃになる頭。
もう何を考える余裕すらなく、オレは震える手をドアに伸ばした。





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