4−4



「じゃあ、降旗君どうぞー?」
採寸用のメジャーとまち針を手にした桃井に声をかけられて、オレはふかふかのソファから腰をあげた。
「いってらっしゃい、降旗君」
「お、おう…っ」
未だに慣れない黒子の笑み(お願いだから花を飛ばなさいでくれ)に動揺しながら、足を踏み入れた広いフィッティングルーム。用意されていたのは、スタンダードなデザインのスーツの上下5セットと、カットが微妙に違うワイシャツが10枚だった。
…なんかよく分からないけど、とりあえず全部とんでもない金額なんだろうな。
「何点か見繕ってみたから、気に入ったのがあったら声かけてね……で、その間テツ君たちはどうする?」
「あ、オレ黒子っちの服選びたいっス!」
「…黄瀬君、今日はボクのものを買いにきたわけでは…」
「折角来たんだし、いいじゃないっスか!」
「でも…」
「テツ君に着てもらいたい服、いっぱいあるよ!…お願いテツ君!降旗君の分もサービスするから!ね!」
「……分かりました」
…わー、盛り上がってるなぁ。
適当にさっさと決めてしまおうと思ったが、これはある程度時間をかけた方がいいのかもしれない。
あまり短く切り上げると、間違いなく黄瀬の怒りを買うだろう。『…折角の黒子っちとの時間を邪魔しやがって…』とか言って――あぁ、想像するだけで恐ろしい。
「じゃあ、奥のフィッティングルーム借りるっスね」
「ごゆっくりー。あとで私も行くから、テツ君をめいっぱい可愛くしてあげてね!」
楽しそうな黄瀬の声が遠ざかり、パタンと扉の閉まる音がした。
『さぁ、黒子っちどれから着たいっスか?』
『…お手柔らかにお願いしますね』
流石に完全防音とはいかないようで、2人のいるフィッティングルームからくぐもった小さな声が漏れ聞こえてくる。
…黄瀬のやつ、本当に楽しそうだな。そんなに黒子と2人になれたのが嬉しいか。
まぁ、この短い時間で、あいつの黒子っち大好きっぷりは嫌という程見せつけられたわけだし、今更驚きはしないけど…。
黄瀬だけではない。桃井に、青峰に、赤司、そして火神。この優れた能力や容姿を持った特別な人間たちは、一体黒子のどこにそんなに惹かれるんだろう?
「…見た目が可愛いから、ってだけじゃないだろうし……あ、あれか。危なっかしくて、放っておけないとか…」
「…テツ君のこと?」
「うん…って、えぇっ!?」
「あ、ごめんね。あんまり静かだから、どうしたのかと思って」
オレがぼうっとしている間に、フィッティングルームのドアからひょっこり顔を覗かせていたらしい桃井に声をかけられ、心臓が止まるかと思った。…脱ぐ前で、本当に良かった。
「よかったら、手伝おうか?」
「いや…でも…」
「恥ずかしがらなくてもいいよ、これでも一応プロなんだから。……それにほら、テツ君のこと、気になってるんでしょ?」
言いながら桃井は部屋のドアを閉め、更に厚手のカーテンを引いた。
「こうすると、中の音はほとんど聞こえなくなるから、テツ君たちのことは気にしなくて大丈夫だよ」
「…はぁ」
そこまでする必要があるのかと訝しげな表情を浮かべたオレに、桃井はにっこり微笑んでみせた。
「実は、降旗君とゆっくり話してみたかったんだ。…テツ君が気にかけてる相手だもん、降旗君がテツ君をどう思ってるか、確認したいと思うのは当然でしょ?」
もし万が一にでも、テツ君を傷つけるような相手であれば、容赦しない――冷たく細められた桃井の目は、確かにそう言っていた。
「…べ、別にそんなんじゃねーって!あいつがオレみたいなのを意識するとは思えないし、てかオレ自身、黒子の事ほとんど知らないし!」
「でも、降旗君はテツ君のこと気になってるんだよね?」
「…いや、オレはただ、なんていうか……黄瀬や青峰、赤司に火神までもが、なんであいつに夢中になってるのかな、って」
我ながら言い訳くさい台詞だし、聞きようによっては随分と下世話な内容だ。
うっかり本心を口にしてしまったことを後悔しはじめていたオレに、桃井は僅かな沈黙を挟んだ後、小首を傾げながら口を開いた。
「…それは、ちょっと正しくないかな」
「…え?」
「そのメンバーに、最低でもミドリンとむっくんも入れてあげなきゃ」
「み、みどりん…?」
「緑間真太郎に、紫原敦…テツ君に聞いたよ。降旗君も刑事さんなら、名前くらいは知ってるんじゃないかな」
…知ってるなんてもんじゃない。緑間に紫原――赤司征十郎の、腹心中の腹心じゃないか。
「2人とも微妙に素直じゃないけど、テツ君のこと大好きだよ。大ちゃんやきーちゃんとは違った形で、テツ君のこと大事にしてる…あのね、ミドリンはテツ君のお小言係りで、むっくんはケンカ友達なんだ」
小言に、ケンカ…?裏社会を支配する大物たちを当て嵌めるには、違和感ありまくりの単語だ。…まぁ、相手があの黒子なら仕方ないのかもしれないが。
「さっき降旗君が言ってたことだけど…みんながテツ君が好きなのは、まず第一に、やっぱり可愛いからだよね!」
「…はぁ」
「なんかね、小動物っぽいっていうか、とにかく愛でて大切にしたくなるような……あ、でもね、可愛いのと同じくらい、かっこよくもあるんだよ!テツ君、やるって決めたことは何としてでも成し遂げるし、そんな時のテツ君はほんと綺麗なんだー!…でもねでもね、そのくせ目を離すとチョウチョ追いかける子猫みたくどっかフラフラーっていなくなっちゃうような天然さんなとこもあったりね、ちょっといたずらっ子で小悪魔っぽい面もあったり、あとは、あとは…」
…このテツ君語り、しばらく終わらないんだろうなぁ。
早くも現実逃避モードになりかけたオレだったが、その予想は見事にはずれることになった。
「…あとは、みんな色々だと思うよ。私にもよく分からない」
「…は?色々って…」
「…みんな、テツ君とどういう形で出会ったのか、その後何があったのか、本人たちしか知らないから」
それは、意外な事実だった。彼らのボスである赤司を軸にして、そこから各々の関係が出来上がっていったのだと思っていたから。
「…みんながみんな、それぞれ違ったテツ君との関係があって……それが、すごく大切な宝物なんだよ」
黒子のことを語る桃井があまりに幸せそうだったからか、つい口が滑ってしまった。
「…あの、ちなみに黒子とは、その、えと……黄瀬とか青峰みたく、そういったご関係で…?」
「…それ、聞いちゃうんだ」
さすがにペットと飼い主なんですかとは聞けず、最大限に言葉を濁したつもりだったが、それでも桃井はお気に召さなかったらしい。
青峰との関係について触れた時と同じように目を据わらせた桃井に、背筋に冷たいものが走った。
が、それは一瞬のこと。桃井はひとつ大きなため息を吐くと、苦笑を浮かべながら肩を竦めてみせた。
「…私はそうなりたかったんだけどね…『桃井さんには、ちゃんとした人と結婚して、幸せな家庭を築いてほしいです』って、振られちゃった」
「……えと、ごめん」
「…いいの!私はそれでもテツ君が好きだし、近くであの笑顔を見られればそれで幸せだもん。…それよりも、テツ君がテツ君自身をあまり大事にしてくれない方が、ずっとずっと悲しいかな」
その視線の先に黒子を思い描いているのか、桃井は切なげに眼を細めた。
「…私だけじゃないんだ。大ちゃんやきーちゃんにもね、申し訳ないって、そう言ってるんだって」
「…申し訳ない?」
「…一緒にいてもらってるのは、自分のワガママだって言って…『ボクはキミ達のことが大好きだけど、それに縛られる必要はないんです……もし誰か好きな人が出来たら、遠慮せずにその人の手を取ってあげてください』って…」
それが、テツ君の優しさと、精一杯の強がりだって分かってるんだけどね。
小さな声で付け足しながら、唇を尖らせる。
「…それ聞いて、大ちゃんもきーちゃんも、すっごく怒ってた。…正直、私も怒ってる」
「…え?」
「…だって、大ちゃんもきーちゃんも赤司君も…テツ君の周りにいるみんなが、こんなにテツ君のことが大切で、あの笑顔を護る為だったら何でもしてあげたいって思ってるのに、テツ君だけが自分の価値を分かってくれてないんだもの」
桃井がはじめて漏らした、黒子への不満。それは何とも、愛情に満ちたものだった。
「…それにね、絶対ないことだけど、もし万が一、たとえば大ちゃんが傍から離れていったら、テツ君ぜったい泣いちゃうよ。…ああ見えて意外と強情だったり、強気な面もあったりするんだけど――誰よりもさみしがり屋で、孤独を恐れる人だから」
だからね、と、オレに語りかける桃井は、慈愛にも似た笑みを浮かべていた。
「…できれば降旗君も、仲良くしてあげてくれると嬉しいかな……人から愛されることに臆病なあの人に、幸せになってほしいから」





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