7−3



「…あいつら、いつまでやってるつもりなんだ」
2人の世界をつくり、すっかり周りが見えなくなっている青峰と黒子にため息を吐いたのは、赤司だった。
その右側に並び立つ緑間は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、更に左側では紫原が唇をとがらせている。
「…まったくだ。いい加減訓練に戻れと言いにきたのに、あれではいつまで経っても口をはさめないのだよ!」
「…こういう場面で無駄に空気読んじゃうのが、ミドチンらしいよねー。さっさと邪魔しに割り込んじゃえばいいのに」
紫原の不満気な発言に、緑間は意外そうな表情を浮かべた。
「…どうした紫原、お前が不機嫌になることはないだろう」
「…緑間、紫原は黒子を独り占めされて、ヤキモチをやいてるんだよ」
笑いを含んだ赤司の言葉に、紫原がますますふくれっ面になった。
「別に、そんなんじゃないけど……ただ、黒ちんいないとつまんねーし。オレだって黒ちんと一緒にお菓子たべたり頭なでたりしたいのに、峰ちんばっかずるい」
「…子供かお前は。全く、どいつもこいつも…」
「まぁ、そう言うな緑間」
思わず頭を抱えた緑間に赤司は苦笑を浮かべ、視線を黒子に向けたまま、静かに言葉を紡ぐ。
「…お前もオレも、人の事は言えないはずだぞ」
「…赤司?」
「実際、オレ達にとって黒子の存在は大きいからね」
軍人としての能力は、決して高いとは言えない黒子である。赤司をトップに据えたこの優秀すぎるほど優秀な隊に所属するにはふさわしくないと、陰口を叩かれ、時には直接嫌がらせを受けることもあるようだ。
「…それでも決して逃げ出そうとせず、オレ達の力になろうと必死に努力してくれている。オレはそんな黒子を護りたいと思うし、ずっと共に在りたいと思う……だからこそ、何があろうと迷いなく進んでいけるんだ」
まぁどこもかしこも小動物っぽいから、単純に癒されるってのもあるかもしれないけどな。
冗談っぽい口調とは裏腹に、真剣な表情を浮かべた赤司は言葉をつづけた。
「…黒子の為に生きると口にできる青峰が――その心も体も、未来さえも捧げられた青峰が、オレは正直うらやましいよ…」
お前たちも、思っていることは同じなんじゃないか?
そんな問いかけにとっさには答えることができず、答えを求めるように、緑間も紫原も黒子へと視線を向けた。
「……オレは…」
「…あーっ!赤司っち発見!みんなこんなとこにいたんスねーっ!」
口を開きかけた緑間を遮ったのは、黄瀬だった。
息を切らせながら駆け寄って来た彼は、随分と不満そうな表情を浮かべている。
「もう、黙っていなくなるから、オレすっごい探したんスよ!…てかまた青峰っちと黒子っちいちゃいちゃしてるし、ズルい!」
「…オレを探していた…?黄瀬、何かあったのか?」
今すぐにでも黒子に駆け寄りたくて仕方がないといった様子の黄瀬は、赤司に問いかけられ、ようやく己の使命を思い出したようだ。
「…あ、そうだった!大佐殿が赤司っちを呼んでこいと……何か大切な話があるらしくて、1人で来るようにってことなんスけど…」
「……そうか」
隊をまとめる立場にある赤司が上官に呼ばれるのは決して珍しいことではないが、こんな風に前置きされたのは初めてだった。
通常とは異なる事態に、黄瀬を含めた3対の瞳に心配そうな色が宿る。
「…赤司、何か問題でも?」
「いや、特に心当たりはないが……まぁ、そう心配することはないだろう。オレに構わず、お前たちは訓練を続けていてくれ」
赤司は皆を安心させるように小さく微笑みながら、軽く肩を竦めてみせた。
「……ついでにあのバカ2人を、いい加減現実に引き戻してやるんだな」



【GLUTTONY:暴食】



「…ひっ、紫原…っ!」
突然首根っこを掴まれ、何をするのかと罵声を浴びせようとした男は、振り返った先にいた人物を確認して、顔を青ざめさせた。
「…やべ、逃げろ!」
途端、その場にいた残りの男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行ったが、紫原は興味なさ気に一瞥しただけで、追おうとしなかった。
「…た、たのむ、許してくれ!わ、悪いのはオレじゃ…」
仲間に見捨てられ、絶望の表情を浮かべた男が口にした懇願と弁解に、紫原は不快気に眉を寄せる。
「アンタさ、自分が何やったか分かってんの?群れなきゃなんもできない、弱っちークズのくせに……ヒネリつぶすよ」
「…ひぃ…っ!?」
大きな手で頭をわし掴まれ、男は悲鳴を上げた。
紫原が力を加えるたび、ミシミシっという嫌な音が大きくなっていく。言葉通り、このまま男の頭を潰す気なのかもしれない。
「…紫原君、もうやめてください」
そこで挟まれた制止の声は、小さく掠れていた。紫原が来るまで口を塞がれ、声を出せないまま必死に制止の言葉をあげ続けていたせいだ。
「…なんで黒ちんはそうなの?このバカどもに、ヤられちゃいそうになってたんでしょ?」
それともまさか、同意の上だったわけ?
不機嫌そうに見下ろしてくる紫原を、黒子は床に横たわったまま見返した。
別に、好き好んでそんな首が痛くなるような真似をしたわけではない。後ろ手に腕を拘束されていたせいで、起き上がりたくても起き上がれなかったのだ。
「…そんな訳ないでしょ。いいから離してあげてくださいよ……本当に死んじゃいますよ、その人」
黒子の言葉に視線を向けると、男は恐怖と痛みに白目を剥いていた。
「…ショボすぎ。抵抗くらいしてみせてよね」
あまりの張り合いのなさに興味を失ったのか、紫原は男の頭から手を離した。鈍い音を立てて崩れ落ちた体に蹴りを入れてから、改めて黒子に向き直る。
「…んで?黒ちんはそんなショボい奴らに、また好き勝手されちゃったわけだ」
ほんと黒ちんってば、どうしようもないほど弱いよねー。
バカにしたように言いながら、黒子を抱き起こし、腕の拘束を解いてやる紫原の手つきは優しかった。
だからこそ余計に苦しくなって、黒子は唇を噛みしめた。
「…そんなの、分かってますよ」
「分かってるならさ、どうして峰ちんのそばにいないわけ?」
ズタズタに引き裂かれた軍服をかき合わせ俯く黒子に、紫原は容赦なく言葉を浴びせかける。
「…何度も危ない目にあってきたんだし、軍部の中にも外にも、オレたちにはたくさん敵いるって分かってるでしょ?それでも今まで黒ちんが無事だったのは、峰ちんがいつも一緒だったからじゃん」
紫原が口にした青峰の名前にか、黒子は体を震えさせながら、ますます下を向いてしまった。
しかし紫原はそれを許さず、黒子の顎に手をかけ、強引にその視線を捉えた。
「…ね、峰ちんと……あと、赤ちんもか。いったい、何があったの?」
「……っ」
苦しそうな表情で息を呑んだ黒子に、それでも紫原は追及の手を緩めない。
「…黒ちんと峰ちん、こないだまで所構わずいちゃついてたくせに、この一週間は目も合わせようとしないよね。…峰ちんに、何かされたの?それとも、黒ちんが何かしちゃったの?」
「…それ、は…っ」
「…黒ちんも峰ちんも、それに赤ちんまで……みんな、ほんとおかしいよ」
急にお互いに対する態度を変えた3人。赤司などは、纏う雰囲気まで変わってしまった。
困惑した黄瀬や緑間が赤司に問いかけてはみたものの、答えが返されることはなかった。
全て、時が来れば分かることだから、と。
「…でも、オレはもう、教えてもらえるんだよね?」
「……え?」
「さっき、赤ちんに呼ばれてね。先にオレだけには話してもいいだろうから、黒ちんに全部聞けって。その上で…」
そこで珍しく、紫原は言いよどんだ。
戸惑いと、不安と、そして僅かな欲望がない交ぜになった視線を、黒子へと向けてくる。
「…その上で、黒ちんのこと、抱いていいって」
「……そう、ですか」
動揺し、肩を大きく揺らしながらも、拒絶するつもりはないようだ。顔を青ざめさせながら諦めたように瞳を閉じた黒子に、むしろ紫原の方が戸惑いを覚え、眉根を寄せた。
「そうですかって、それだけ?…ね、黒ちんは本当にそれでいいの?だって黒ちんには峰ちんが…」
「…っ、そんなの、どうでもいいじゃないですか」
「でも…」
「紫原君には関係のないことです!!」
紫原の腕の中で黒子が上げた声は、悲鳴に近いものだった。
その彼らしからぬ態度と言葉に、紫原は目を見開く。
「…黒ちん…?」
「…紫原君は、赤司君に言われたからボクを抱くんでしょ?なら、いつもみたく赤司君の言う通りにすればいいじゃないですか…っ」
赤司の言葉、赤司の命令、赤司の存在。それが紫原にとっての、行動原理の全てであるから。
「…キミにとって興味があるのは強さを持った人間だけで、キミにとって価値があるのは赤司君の言葉だけ……なら、ボクのことなんか、どうでもいいはずです。お願いだから、放っておいてくださいよ…っ」
苦しそうに言葉を吐き出す黒子を、紫原はしばらく感情を窺わせない瞳でじっと見つめていたが、やがてポツリと口を開いた。
「…オレはさ、人を殺すことしか、教えてもらわなかったから」
「……紫原君?」
「オレ、こんな図体だし、家はびんぼーだったし、まだちっちゃい頃に軍に売られたわけ」
静かな口調で語りながら、紫原は戸惑ったように瞳を揺らす黒子の髪を撫でた。無意識に、慰めを求めたのかもしれない。
「教えてもらったのは、戦い方とか、戦場で生き延びるための知恵とか、人の殺め方だとか…」
それは、躊躇なく人の命を屠る為――人間兵器を作り上げる為の、訓練だった。
「…おかげで今ではどれだけ人を手にかけてもなーんも感じないし、弱い奴が蹂躙されようが国が滅びようが知ったこっちゃないよね……でもだからこそ、何をすればいいのか教えてくれる人がいないのは、すっごく困る」
何の為に生きればいいのか、分からなくなってしまうから。
「だから、オレは赤ちんが好きだよ。オレより強いし、やるべきことを教えてくれる……今までは、それだけでいいと思ってたんだけどねー…」
そこで紫原は自分の代わりに泣きそうな表情を浮かべている黒子に気付き、眩しそうに目を細めた。
「…でも、黒ちんはさ、弱いとか強いとか、そんなの関係なく好きなった……自分のモノにしたいと思った、初めての人だから」
赤ちんがいて、隊のみんながいて。みんながいるから、黒ちんが笑っててくれる。
「…だからオレは、この隊を、みんなの関係を、失くしたくない…」
赤司は教えてくれた。
このままでは、自分たちは共にいられなくなる。ならばそんな未来を回避する為に、どうすればいいか――
「…その答えが黒ちんを抱くことなら、オレは喜んでそうするよ。だって、オレはずっとずっと、黒ちんが欲しかったんだから」
「…紫、原…くん…っ」
「泣かないで黒ちん……黒ちんの苦しみも悲しみも、全部オレが食べちゃってあげるから」
言いながら、紫原は黒子の目尻に、頬に、唇に口づける。
おそるおそる唇を舐め舌を挿し入れても拒絶されることはなくて、そのことにこっそり安堵しながら自分よりずっと小さな体を抱き上げると、首の後ろに腕が回された。
「……ん…っ」
漏れ出た甘い声と従順な態度に嬉しそうに目を細めながら、紫原は笑い声をあげた。
「…なんで、笑うんですか…?」
「んー、黒ちんってどこもかしこも甘いんだろうなって思ってたんだけどねー……涙はやっぱり、しょっぱいんだね」




【GLUTTONY:暴食】
――それは、誰の罪?





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