2−2



額に感じたヒヤリと冷たい感触に、黒子は泥のような眠りから呼び覚まされた。
「……っ?」
「…あ、ごめん黒子っち。起こしちゃったっスね」
重い瞼をこじ開け目にしたのは、キラキラと眩しい色。
「…黄瀬…くん?」
「…うわ、声までこんなに嗄れて……だいじょうぶっスか黒子っち、痛いとこない?」
濡らしたタオルを片手に、黄瀬は黒子の顔を覗き込んでくる。
黄瀬のその、完成された芸術品のように美しく整った顔は今、泣き出す直前の子供のように歪んでいる。
そのアンバランスさが妙におかしくて、黒子は小さく微笑んだ。
そんな黒子の様子に、黄瀬の表情にも少し明るい色が戻る。
「…ほんとごめん…もう少しそっとしとくつもりだったんスよ…でも、黒子っち熱あるみたいだし……コッチも、放っておくにはいかないでしょ?」
言いながら、黄瀬の手が黒子の下腹部に伸ばされた。
「……っ!」
未だ熱を持ち、敏感になったままの素肌に触れられるのが嫌で、わずかに身をよじる。
それと同時に、散々注がれた欲望の残滓があらぬ場所から流れ出て、その不快な感触に黒子はきつく柳眉を寄せた。
何を考えているのか、黄瀬はしばらく黙ってそんな黒子に視線を注いでいたが、やがてポツリと問いかけた。
「…ここで綺麗にしてあげてもいいっスけど、風呂の用意もできてるし……どっちがいいっスか?」
言葉を紡ぎながら、優しく頬を撫でてくれる掌の感触が気持ちいい。
それに再び眠気を誘われながらも、黒子ははっきりと答えた。
「…お風呂、いきたいです」




「…ぁ、ぁ、ぁ―……っ!」
くずれ落ちる体を受け止めた湯が、バシャリと音を立てて揺れる。
「…っと」
黄瀬は慌ててそんな黒子に腕を伸ばし、その小さな体を支えた。
胎内の奥深くをまさぐられ、中のものをかき出される感覚に耐えられなくなったのか、黒子は黄瀬にぐったりと身を預けている。
その、扇情的に赤く染まった頬や濡れる唇を目にし、己の欲がうずくのを感じたが、それに無理やり蓋をすると、黄瀬は濡れそぼった黒子の髪をやさしくかきあげてやった。
「…うん、綺麗になったスよ。頑張ったね、黒子っち」
衣服のまま湯船の外に膝をついて作業していた為、黄瀬自身も今や濡れ鼠状態だったが、胸にすがりついてくる黒子のぬくもりが愛しくて、寒さなどは感じなかった。
「…は、ぁ…っ。…すみ、ません、黄瀬君…っ」
「…いいんスよ。ほら、ゆっくり息して…」
息を整えようと必死に上下する薄い肩をやさしく叩いて宥めてやりながら、黒子が今、他の誰でもない自分自身の腕の中に存在する幸福を、深く噛みしめる。
「…あぁ、やっと、黒子っちを抱きしめられた。…オレ、ほんとうに心配してたんスよ」
黒子っちがいなくなってから、もし黒子っちに何かあったらどうしようって。このまま戻ってこなかったら、どうしようって。
そんな不安に苛まれながらずっと泣いていたのだと、黄瀬は黒子に訴える。
「…なのに、昨日は赤司っちと青峰っちのせいで、黒子っちに触ることもできなかったし…」
黄瀬が口にしたその名に、黒子の体がわずかに強張った。
それを肌で感じ、黄瀬の明るい琥珀色の瞳に、影が落ちる。
「…あの2人の実力はオレも認めてるっスよ。今、オレたちがこうしていられるのも、2人がいたからだって分かってるっス……でも、今回みたいに黒子っちにひどい事するのは、絶対ゆるせない」
――オレの、大事な、大事な黒子っちを、傷つけるなんて。
黄瀬は甘い声でそう囁きながら、黒子の唇に、額に、頬に、鼻の頭に、やさしく口づけた。
「…他の奴らがどう思ってるかは知らないっスけど、オレは黒子っちがそばにいてくれれば、それでいいんス。…いや、もちろん、黒子っちがオレだけのものになってくれたらとは、正直思わないわけじゃないスけど……でも、その為に黒子っちを傷つけるなんて、とんでもない」
湯の中から黒子の両手を引き上げ、そこにもキスを落としながら、黄瀬は言葉を続ける。
「…ねぇ黒子っち。…もし黒子っちが望むなら、オレがここから逃がしてあげるっスよ」
「…黄瀬君…?」
その発言に驚き目を見開いた黒子に、黄瀬は真剣な眼差しを向けた。
「オレは本気っスよ…今のオレじゃあの2人には適わないかもしれない…でもたとえ何があっても、何を犠牲にしても、黒子っちだけは絶対に守るッス、だから…っ」
必死に訴えてくる黄瀬に、それでも黒子は首を横に振った。
「…ありがとうございます、黄瀬君。…でも…」
その切なそうな悲しそうな黒子の表情を目にして、黄瀬は自虐めいた笑みを浮かべる。
「…そ、っスか。…ほんとは、オレもわかってるんスよ。…黒子っちは青峰を切り捨てられない。…2人は、特別な絆で繋がってるんだって」
「……それは」
「…いや、覚悟はしてたけど、実際に振られてみると思ったよりつらいっスね−」
ちゃかすように言いながら、それでも黄瀬の真剣な眼差しが、力を失うことはない。
「…でも、これだけは覚えておいてほしいっス。…たとえ黒子っちがどこで何をしようと、オレは黒子っちの味方だから」
「…黄瀬君」
どこまでも自分を思いやる黄瀬の言葉に、黒子の表情が泣き出しそうに歪む。
そんな黒子をやさしく見つめ返し、もう一度強く抱きしめると、黄瀬はその耳元に口を寄せた。
「泣かないでいいんスよ黒子っち…言ったでしょ?オレは黒子っちがいてくれれば、それでいいんスから……でも、その代わり」
そこで、黄瀬の口調がわずかに変化する。
―――もし、オレを捨てるようなことがあったらその時は、
「     」
「……っ」
耳に直接吹き込まれた言葉に、黒子の背筋が凍りついた。
慌てて黄瀬から身を離すも、そこにあったのはいつも通りの綺麗な顔で。
「…黒子っち?どうかしたっスか?」
自分を大事にしてくれる優しい友人が抱えた――もしかしたら、誰よりも大いかもしれない狂気。
今はじめてそれに触れ、黒子は――ただ、途方にくれることしかできなかった。





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